6-2

 普通の人生を送ることができない恐怖に苛まれていた。

 未来を生きることが怖くて仕方なくて、だから若い内に死んでやりたいと思っていた。

 死んで未来から逃れようとしていた。

 だが、もしも十一月十日に世界が終わり私も死ぬのであれば未来を考える必要性はない。

 つまり予言が当たることが私にとって希望となっているのだ。

 私は予言から希望を見出し、冬香は予言から絶望を見出した。

 たった一つの希望。それもあくまで友人の憶測とわずかな可能性。

 そんなもので、未来への恐怖を――死にたいという感情を追い払えるものだろうか。

 いや、きっとそれは無理だ。

 希望があれど、死にたいと思う時はある。

 しかし、一つでも希望があれば――私は死ねない。

 死ぬ勇気が持てない。

 人間はみなそうなのだろうか。ならば人間は、私が思っているよりずっと弱い生き物なのだろうな。

 ただ一縷の望みができただけなのに。生きれてしまうのだ。

 しかし、もし外れたとしてもまた元の自殺願望者に戻るだけ。

 十一月十日、この予言の行方を見届けよう。

 冬香からの手紙を仕舞おうと封筒を持ち上げると、ひらひらと一枚の紙が出てきた。

 なんだ、これは。と思いながら見てみると、そこにはたった一言だけ書かれていた。

『四本の太い根の張った木の下』

 と。

 四本……太い根の張った……木の下……。

 何の話だ? 謎々か? 私はしばらく考えてみる。

 なぜ、冬香はこのメッセージを私に遺したのか、何か意図があるはず。

「まさか」

 少し前に過去にみんなで埋めたレコードの話をしたことを思い出した。

 これはその時みんなでレコードを埋めた場所。そういえば、綺麗に東西南北で四つに分かれている木の下に埋めたような気がする……!

 まだ記憶は曖昧なままだが、前に話題になったしありえるな。

 だいたい、どの辺りに埋めたかは――うん、なんとなく覚えている。学校近くの山を少し登ったところだ。

 あれは確か土の中に埋めていた。そこで私は一つの案を思いついた。

 もしも世界が滅びても――土の中に入れれば、守ることができるのではないだろうか。

 もちろん、それは私ではない。私の身体なんて遺す意味がない。

 私は冬香の鞄の中に入っていた三通の手紙を手にした。

 これを他人に傷つけられるくらいならば、レコードと一緒に埋めてしまえばいいのではないだろうか。

 誰かに見てほしいわけではない。掘り起こしてほしいわけじゃない。

 ただ三人が生きていた証拠を、捨ててしまうのは勿体ないと思っただけだ。

 私は今、死ぬ理由を失っただけでなく、生きる目的まで得てしまった。



 十一月十日。午後十三時三十分。

 ついに、この日が来た。

 あの後、冬香が発見されたが運よく私が縄を切ったことはバレなかった。

 指紋検査まではされなかったようだ。

 しかし、学校内で生徒が首を括ったというのはやはり話題になるようで、学校内だけでなくテレビのニュースまでなっていた。

 無論、学校はしばらく休校。まぁ、今の私にとってはどちらでもよかった。いじりがいのある相手はいなくなってしまったことだし。どちらにせよ、今日は日曜日である。

 学校はなかったが、今日の私は制服を着ていた。特に理由はない。ただ、良い衣装が見つからなかっただけだ。

 私の今日の目的は、レコードを見つけること。そして、春と夏希と冬香の手紙をレコードと共に埋めることだ。

 親は仕事で朝早くから出かけており、今いるのは私一人だけだった。

 それが私の死ねない理由――いや、生きる目的だ。

 朝、鏡で自分の姿を見ていると結んでも収まりきらない長すぎる黒髪が目に入った。

 自分は小柄な方ではあるとはいえ、今からたくさん身体を動かすというのに。

「切るか」

 私は鋏を手に取り、その場で迷いなく自らの髪を切り落とした。

 ザク、ザクという音を立てながら髪は床へ落ち散らばっていく。今この瞬間まで自分の一部だったはずなのに、落ちている髪の毛はひどく汚いように感じた。

 これは流石に親も困惑するだろう。実際、自分でも少し衝動的すぎたな、と反省する。

 雑に切ったせいで毛先が跳ねていた。だが、この髪型も悪くはないなと思う。

 ――せっかくだから、これも着けて行こう。

 そう思い私は自室へと戻り、冬香の耳から取ったピアスを持ちまた鏡の前に立った。ワインレッドに近い赤色のひし形のピアスだ。

 一応、ピアスホールは開けていたのだが、最近はあまりつけていなかったため塞がりかけていた。

 右耳にある穴の位置を確かめながら、私は少し強引にピアスを突き刺した。

「いたっ」

 思わず声が出る痛みだ。血が出たが不幸中の幸いなのか、ピアスの色のおかげであまり目立たなかった。

 私は耳の痛みが引かないまま、スコップとコンパスと手紙を入れた鞄を持つ。

 突然の重みが私の肩を襲う。

「…………」

 そこで一度止まった。

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