第六章 We are MONSTERS
6-1
美術室から出て、自らの教室に戻り、冬香からの最後の手紙を読んだ私はしばらくあっけにとられた。
鞄を少し探ってみると、中からカッターと鋏が出てきた。あと、春と夏希からのあの手紙も。
冬香はおそらく、この二つで生命を終わらせる気でいたのだろう。
だってあれは、私が仕込んでいた縄だったから。
かなり前――八月くらいだろうか。私が絵を描き始めたころ。私は美術室の奥にある段ボールに輪っかになるよう結んだ縄を入れていた。
それを入れている時に偶然冬香が来た時は不味い、と思ったが彼女から何か言われることはなかった。
カッターと鋏を入れていたということは、きっとさっき見つけたばかりなのだろう。
使う気はなかった。いや、きっと私には使えなかった。私には独りで首を吊る勇気など、どこにもなかった。
でも、あれがあるとどこか死が近いような気がして安心したんだ。
時にはそれを自らの首に巻くことによって安心感を覚えていた。死がすぐ傍にあると、どこか落ち着いた。
死にたい私はこの縄に安心感を覚え、生きたかった冬香はこの縄で命を絶った。
冬香の様子が変わったのは、もちろん春と夏希のことが大きく関わっている。それに加え、きっとあの質問も彼女を蝕んでいたのだろう。
『自殺は狂気か否か』
実はあの時、私もあの会話を聞いていた。春の時も、夏希の時も。ドアという一枚の板を通して。
私にはあそこへ顔を出す勇気はなかった。それで黙って盗み聞きをしていた。
そして私自身、一人でその答えについて考えていた。そして生まれたのが先ほどの答えだ。
私はその答えでわずかな希望を持てた。人間はみんな化け物だ。もしくは私たちは化け物ではない。そう思うと少し気が楽になっていた。
死にたい私はあの問いに希望を見出し、みんなを生かそうとしていた冬香はあの問いに絶望した。
そして最終的に私だけが残った。
夏希のお兄さんが別れ際に言っていた『意外なことが分かった』というのはこのことだったのかな。
あの時、先に死を求め旅立つのは私ではなく冬香であったと。
なんて不思議な話なのだろう。
それに冬香が予測した『予言』の話。あれは本当のことだろうか。
冬香は予言について、ある推測を残した。
彼女がこの世界のことについてずっと調べていたのは知っている。だが、あくまで女子高生の一つの推測に過ぎない。
どうせ明日死ぬのであれば、いっそ私も――。
「……できない」
そこで私の思考は停止した。
「――クソッ!」
私が机を思いっきり叩きつけると、机から痛々しい音がした。
今の私は死ねない。
「……生きる目的がある」
誰にも届かない声を上げる。しかし、そこにあるのは私の声だけだった。物音すらしなかった。
今の私には生きる目的がある。いや厳密には予言が当たるというわずかな可能性が見え、死ぬ理由を失った。
憶測でしかないことは確かだが、ゼロではない。明日いきなり隕石が落ちてくる可能性よりもずっと高い。
最初にこの予言を聞いた時は憶測でもない出鱈目だと思ったが、冬香の言っていることは憶測だ。それに、このことは冬香が遺書に遺しても伝えたかった事実。思わず信用できる価値があると思ってしまう。
人類がこのまま滅亡する可能性があるのであれば、死ねない。
なぜ私は予言が当たることによって死ぬ理由を失うのか――それは、私は未来が怖くて死にたいと思っていたからだ。
私の死にたい理由はずっと明白ではなかった。
私は常にぼんやりと今までを生きていた。
そういえば、冬香が化け物部に入った時に話したな。
高校を卒業したら大学か専門学校を出て、もしくはそのまま就職して、結婚して、子供を産んで、またその子供が孫を産んで……みんなに看取られて死ぬ。それが一般的に考えられる普通の人生。
しかし、私には未来の自分がそのような人生を送っているビジョンが全く見えなかった。
第一子誕生の最頻値年齢は二十六歳だそうだ。おおよそ十年後。私がそうなっているとは到底思えない。
だから怖かった。
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