第1章 誓い
第1話 祝福
山間の村に、サイリという名の少年がいた。まだ四つ。小さな身体と、大きく希望を灯す瞳を持ち、誰よりも剣に憧れた。
「ほらっ、そこだ!」
木の枝を振り回し、年上の子供たちとチャンバラごっこに興じる。剣士の名乗りを真似し、勇ましいポーズを取ると、子供たちは笑いながら倒れるふりをする。
笑顔に包まれた昼下がり。
だが、サイリだけは本気だった。
――いつか本物の剣を手にして、誰かを守る人になりたい。
理由なんてなかった。ただ、そう在りたいと願っていた。物語に出てくるような、正義の味方のように。
その日も夕暮れが近づき、遊び疲れた仲間たちがひとり、またひとりと家に帰っていく中、サイリはぽつんと取り残された。
枝を剣に見立てて、ひとり構えを続ける。
夕陽の光を受けながら、ふと森の奥に目を向けた。
木々の隙間から淡い光が差している。
そこには、何かがいた。
ふわりと浮かび上がるような光の粒。風に揺れる薄絹のような存在。
その“それ”は人のような形をしていたが、輪郭は定かではない。
“それ”は、小さなサイリの目には美しいものに映った。
人でもなく、動物でもない。
それ以上に、大きな意志の強そうな瞳を持ち、空気に溶けるような存在感を持っていた。
声ではなかった。頭の奥に、直接響いた音。
「私は妖精……といえば、あなたにも分かるかしら?」
「ボク、聞いた事があるよ」
「ようやくあなたに出会えた」
「……あなたの歩む先には、多くの苦しみと孤独が待っているでしょう。でも……忘れないで。あなたは、けっしてひとりではないわ」
その存在は、ふわりとサイリの前に降りてきて、透き通る指先をそっと右手に添えた。
サイリの手の甲に、一瞬だけ光の紋様が浮かび上がる。
「忘れないで。まだ幼いあなたには分からないかもしれないけれど。“その力”は、神の祝福であり、神の試練でもあるから」
サイリはきょとんとしたまま、その模様を見つめていた。
やがて光はすっと消える。なにもなかったかのように。
「あなたの試練が少しでも軽くなることを願っているわ……」
その声は、どこか寂しげで、優しかった。
妖精の姿が、ゆっくりと光に溶けていく。
それは消滅ではなかった。ただ、風に還るように、夜へと紛れていく。
そしてサイリは、静かにその場に座り込んだ。
泉の音が、風のように静かに流れていた。
なにが起きたのかも分からぬまま、サイリは森を見つめていた。
気づけば夜が深く、星が瞬いていた。
母の呼ぶ声が遠くで響き、サイリは立ち上がった。
森の奥を、名残惜しそうに振り返り、歩き出す。
小さな村の、小さな少年の、小さな運命が、動き始めた瞬間だった。
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