1-3
森の道を、ハイオークを引き連れた巨大オークが、ゆっくりと近づいてくる。
余裕たっぷりな挙動は、暗に「逃げ場などない」と言っているかのようだ。
「な、なによ、あれ……」
「
マモルがそう言った途端、フウカとアイリの顔から血の気が引いた。
「いや、いやいやいや、マズすぎますてっ!」
「無理ムリむりっ!
この現代に生まれた
並々ならぬ強敵なので、大抵は歴戦の
倒せば大量の
だが歯が立たない者たちにとっては、いきなり歩道に突っ込んでくるトラックと変わらない。
「そうは言うがよ、どう見たって俺らを待ってたろ。わざわざ入口のほうから来るんだからな」
「ウソ、でしょ……?」
「ほれ、ぼさっとしてるヒマあったら準備しろ。カエデさんと俺で
カエデはこくりと頷くと、ゆらりと前に出た。
三人の中で唯一、怯えている様子がない。彼方の巨体を見据える目には、確かな闘志が宿っている。
「アイリさん、複数の動きを封じられる
「覚えたてのがある、けど……。でも詠唱が……」
「よし。俺が時間を稼ぐから、その間に詠唱しとくんだ。突っ込んできたタイミングでぶっ放せ」
「あたしはどうしたら?」
「俺は多少のダメージなら耐えられる。カエデとアイリの支援を優先するんだ。防御魔法はあるか?」
「矢や
「よし、ここには弓使いもいたはずだ。そいつが見えたら使ってくれ」
そこまで話したところで、
近くで見ると、二メートル近いハイオークよりも頭ひとつ分、背が高い。
頭には羽飾りがついた兜をつけ、丸太のような両腕には、大人の背丈ほどもある大剣と盾。
獰猛な赤い目が、マモルの姿を捉えた。
「懐かしき気配に惹かれ出てきてみれば……。久しいな、人間よ」
図太い声が、牙を見せる大きな口から紡がれる。
「おう。相変わらず、
マモルは敢えてカエデより前に出て、不敵な笑みを返す。
「フン、お前こそ少し老けたのではないか? 人の身とは、ままならぬものよ」
「よく覚えてたな。でも今日は、あんたと
そう言うと――
「……ッ! グワッハッハッハッハッ!!」
周りのハイオークたちも、合いの手を入れるように笑い出す。
「なかなか言うではないか。であれば、
そう言って、周りの三人の娘たちをじろりと見まわす。
「悪いが、あいにく差し出せるようなもんがないんだ。この
「そうか。ならば……押し通るがいいっ!」
吠え声とともに、ハイオークたちが殺到する。
視線の行く先はばらばら。振る舞いからして、大した力はないと侮っているのだろう。
マモルは口の端を吊り上げて、盾を構えつつ――
「今だ、やれっ!」
声高に叫んだ。
「<
アイリの声とともに、周囲に白い霧が立ち込めた。
駆け来るハイオークたちが霧に巻かれる。白が通り過ぎた後、そこには無数の氷像が生まれていた。
倒れた個体がいないあたり、ダメージはわずかだろうが、動きを封じるには十分だ。
「ほう、やるではないかっ! 雛鳥の分際でっ!」
そこへ、カエデが突っ込んでいく。
「<
接敵する直前、光の帯がカエデとマモルを結ぶ。
カエデはそれを分かっていたかのように、躊躇なく
「ガアアアッ!」
「ふ……っ!」
振り下ろされた大剣の一撃を、呼気とともにすり抜けるようにして躱す。
そのまま背後に回り込み、足の腱のあたりを斬りつけた。
だが傷というにはほど遠く、薄い赤い筋が残るのみだ。
「その程度の力で……っ!」
嘲りとともに、振りかぶられた盾がカエデを襲う。
「……我が身を傷つけられると思うなあっ!」
直撃する瞬間を捉えて、マモルは
「<
カエデの身を盾が叩く。
届くはずの痛みが、
「お前も相変わらずよなあっ!」
嗤う
「<木行・
――轟音。
晴天から振り来た落雷が、緑色の巨躯を打ち据えた。
この間、カエデのカタールが
落雷と同時に斬り込んだカタールは、雷を帯びたかのように閃き、今度は肉を裂いた。
「……っぐぅ! 小賢しい……雛鳥どもめえっ!」
皆、手に弓を持ち、アイリに向けて矢を番えている。
さらには、ハイオークたちを覆っていた氷が一斉に砕け散った。
縛めから解き放たれた青い身体が、ふたたび動き出す。
「<
アイリに向けて手をかざすと、光の帯がアイリとマモルを結ぶ。
さすがに<
マモルは自身の
「アイリさん、さっきのをもう一度! ……<
アイリに群がるハイオークたちを、盾の
例によって衝撃で意識が飛んだか、吹っ飛んだ先から動かない。
その間、弓使いたちの二の矢が、距離を取っていたフウカへと放たれた。
しかしフウカは慌てず騒がず、輝く手を地面へ向けた。
「<
光る雲に似た防壁が、降り注ぐ矢を弾き散らした。
これまた
そこへ――
「<
ふたたび放たれた白い霧が、ハイオークと弓使い、さらには
霧氷が緑の巨体を包み込み、黄金の装飾さえ凍てつかせていく。
「……ッグアゥッ!」
ハイオークと弓使いたちが倒れ伏し、
数度の斬撃を入れた後、カエデが大きく跳び退る。
そこへ――
「<
「<木行・
フウカとアイリの声が重なった。
同時、
緑の巨躯がぐらりと傾いだ。フウカとアイリが手を打ち合わせる。
だがマモルは、半ば呆れた表情でそれを見つめていた。
(おいおい、それ先に取ったのか……? 普通は後回しだろ……)
<
有用ではあるが、他に優先したい支援
おそらくこういうシーンを想定して優先したのだろうが、色々ツッコミどころの多いトリオである。
その時――
「……ッウオオオオオオアアアアアアッ!」
盾を投げ捨て、大剣を両手で構える。その身から、赤い雷に似た気が迸った。
「たかが雛鳥と甘く見たようだ……! もはや……加減もいるまいっ!」
凶暴な、しかしどこか楽しげな笑みを浮かべながら、大剣を振りかぶる。
構えからして横薙ぎ。四人全員を巻き込むつもりだろう。
「ヤバいヤバいヤバいヤバいッ! もういいでしょっ⁉ 脇すり抜けて逃げようよおおっ!」
「あんなのムリですっ! いくらマモルさんだって……!」
泣きつくアイリと、焦った表情のフウカを優しく押しのけ、マモルは前に立つ。
「カエデさん、下がってろ。俺がやる」
カエデは一瞬、呆けたような表情を浮かべた。
が、すぐにアイリとフウカの近くまで下がっていく。
マモルは盾を構え、腰に帯びていた剣を初めて抜いた。
刃渡り六十センチほどの短い剣――これで十分だ。
意図を察したか、
刹那の間を置き――
「……ッオオオオオオオオッ!」
先ほどとは比べ物にならない速さで、マモルを目がけて突っ込んでくる。
マモルもまた、駆け出した。
彼我の距離が、またたく間に詰まっていく。
赤い雷を帯びた大剣が振るわれる。
そこを狙って、マモルは盾をかざす。
「……<
囁くように、
瞬間――
大剣を受け止めた盾が、輝いた。
オーロラに似た光の波が、
「ッゴォッアアアアッ……!」
巨体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。
吹き飛ばした勢いそのままに踏み込み、剣を逆手に構える。
瞬間、空気が一閃の圧を孕んだ。
「……<
渾身の力を込め、そのまま胸元へと突き立てる。
鋭い音とともに、
「フン……何があったかは知らんが、随分と、苦労しているようだな……」
声に釣られて見てみれば、
口から血を流しているが、表情は楽しげだ。
「……うるせえ。さっさとくたばれ」
「ブワッハッハ……。そう、言うな……」
その身体が、光になって消えていく。
四肢はすでに見えなくなり、大きな
「ふたたび、相見えたその時は……また、死合おう……
言い終えるが早いか。
最後まで笑みを浮かべていた豚面が、羽根兜と共に光へと融けていった。
*――*――*――*――*――*
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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