1-2

 気絶したオークたちから距離を取った後――。

 マモルと三人の少女は、近くにあった小屋の影に身を潜めた。


 なにせパッと見ただけで、三十以上はいる。

 悠長に倒している間に意識を取り戻されたり、お代わりが来たら、たまったものではない。


「……その。助けてくれて、ありがとう」


 小屋の影で落ち着くなり、アイリが頭を下げた。


「本当にありがとうございました。久世さんいなかったら、って思うと……」


 回復魔法をかけていたフウカも、それに倣う。

 黒髪ショートヘアの暗殺者アサシンは、二人の背後で所在なさげにしていたが、やがてペコリと頭を下げた。


「……ありがとう」


 声は意外と可愛らしい。が、小さいを通り越して蚊の鳴くような声だ。

 マモルは苦笑すると、黒髪のほうを見た。


「どういたしまして。君と話すのは初めてだな……久世マモル、盾士シールダーだ。君は?」


「……っ」


「ほらっ、カエデちゃん。挨拶、挨拶っ」


 小さく震える黒髪に、フウカが励ますように言う。

 黒髪はなおも黙っていたが、やがて顔を上げて口を開く。


「桂木、カエデ。暗殺者アサシン……」


「ご、ごめんなさい。カエデちゃん、人と話すのがちょっと苦手で……」


「構わねえよ。探索者デルヴァーはいろんな奴がいるからな」


 ちょっとどころではない気もしたが、それは胸の内に留めた。

 支所の食堂で二人と一緒にいなかったのも、ひとえにこの性分ゆえだろう。


「それにしても……。いくら三人だからって、いきなりオーク村はダメだろう」


 マモルは苦笑しながら、改めて三人を見回した。

 カエデはカタール、フウカは短杖ワンド、アイリは錫杖。


 得物こそ各々で違うが、防具はケブラー素材にカーボンのプロテクターと、下級コモンらしい装備だ。

 カエデはタイツスタイル、フウカとアイリがスカートスタイル、というのが違いと言えば違いだろうか。


 視線で言わんとしていることに気づいたか、アイリがムッとした表情になった。


「アンタだって同じじゃない……!」


「俺はかれこれ二十年やってるからな。さっきみたいに、不意打ちで立ち回ることだってできるんだよ」


 事も無げに言うと、三人の表情が驚きに変わった。


「にじゅう……っ⁉ 大襲撃グラン・レイドの頃からやってるの⁉」


「おう。つっても、みっともなく生き残っただけだがな」


 大襲撃グラン・レイド――。

 ダンジョンとモンスター出現の契機となった、最初のダンジョン災害である。


 二十年前。

 北極に空いた謎の大穴“深澱デプス”と、世界中に出現したダンジョンから湧き出たモンスターが、各国を蹂躙した。


 天職ジョブ技能スキルに目覚めた人類は希望を捨てず、戦い続けること五年。

 ついには北極に乗り込んだ精鋭部隊が“深澱デプス”の封印に成功することで、大襲撃グラン・レイドは幕を閉じた。


 それから十五年。探索者デルヴァーたちが中心となって世界を立て直し、今日のダンジョン社会を築くに至っている。


「あたしたち、まだ駆け出しで……。パーティ組んでくれる人がいないんです」


 フウカが悲しげにうつむくと、カエデも一緒にしょげ返る。

 こうして見ているぶんには、実に対照的で面白い。


「このあたりみたいに人口が密集してる場所じゃ、初心者向けのダンジョンなんてすぐ討伐されちまう。下級コモンに声なんてかからねえよ。のんびりするにはいいけどな」


「ねえ、そこをなんとかっ……!」


 回復魔法で元気になったか、アイリがずずいっと詰め寄ってきた。


「アタシたちと組んでよっ! さっきの調子だったら、ここの前衛タンクくらい余裕でしょっ⁉」


 続けざまに、フウカも距離を詰めて右側に寄ってくる。


「お願いしますっ! あたしたち、もっと強くなりたいんですっ!」


 カエデはしばしきょとんとしていたが、やがて何を思ったか空いたマモルの左側を埋めた。

 よくよく見れば、アイリやフウカに負けず劣らずの美人である。


「……おね、がい」


「う、っ……」


 三人分の体温とほのかな香りに圧され、視線を逸らす。


(断って別れても、また無茶をするだろうし……。なによりオークども、生命の錨アンカーのことを知ってるんだよなあ)


 侵入者の中に女子がいると、さっきのように生命の錨アンカーが発動しないすれすれまで痛めつけて、村の奥に連れていくのだ。あとはどうなるか、推して知るべし。


 マモルはため息を吐くと、わしわしと頭を掻いた。


「……入口に戻るまでだ。そこまでだって、結構いい数に出くわすはずだからな」


 観念して言うと、三人の表情がにわかに明るくなった。

 かと思うと、一斉にマモルに抱きついてくる。


「やったああっ! よろしくねっ!」


「あたしたちの救世主ですっ! よろしくお願いしますっ!」


「よかっ、た……」


「だあああっ! いいから離れろっ! 騒ぐとオークたちが寄ってくるぞっ!」


 *  *  *  *


 幸い、小屋の影にいる間はオークたちに見つかることはなかった。

 そろりと表に出てみても、集落はひっそりと静まり返っている。


「よし、さっさと行こう。水城さん、支援魔法頼めるか?」


「はいっ! あと、フウカでいいですよ」


 はきはきと応じつつ、マモルに向けて手をかざす。


「<強化加護フォース>! <迅速加護スウィフト>!」


 フウカの手が輝いた。身体に力が漲り、足が軽くなるのを感じる。


 <強化加護フォース>は祝福による腕力と知力の強化、<迅速加護スウィフト>は脚力の強化。

 司祭プリーストの前進である修道士アコライト技能スキルで、必携とされる支援魔法である。


 全員に支援魔法が行き渡ると、マモルは少女たちの横に並んだ。


「ちょっと……。なんで前衛タンクが、アタシたちと同じ位置にいるのよ?」


 それを見たアイリが、怪訝な顔をする。


「戦い方を見たいんでね。カエデさんが前に立ってくれ」


「はあっ⁉ ちょっと、話が違うじゃないっ!」


「危なくなったら、<勇敢雄姿ヴァラー・フォーム>で助けるさ。ほら、行った行った」


 アイリがなおも口を開こうとすると、カエデがすっと前に立った。

 小さく頷くと、入口のほうへと歩いていく。


「さっき会ったばかりなのに、カエデがあっさり言うことを聞くなんて……」


「マモルさんのこと、信じてるんだよ。さ、行きましょ」


「マモルさん、って……。まあいいか」


 口々に言いながら、カエデの後をついていく。

 先ほどの場所に密集していたからか、オークたちが出てくる気配は一向にない。


「なんか、拍子抜けねえ……」


「……いや、そろそろだ」


 アイリの言葉を遮った途端、

 行く手を阻むように、周囲の藪からオークたちが湧いて出た。中には青い身体の上位個体、ハイオークまでいる。

 数、ハイオークが二と、オークが四。


「ちょっ……! なんで示し合わせたみたいにっ……!」


「こいつら、言うほどバカじゃねえからな。ほら、来るぞ」


 言うが早いか、カエデがひと息に飛び出した。

 手前にいたオークの首を、カタールの一閃で斬り飛ばす。直後、もう一体のオークへと襲いかかっている。


(ほう、いい威力だ)


 カエデはハイオークの一体が振り下ろした斧を、ステップで軽やかに回避した。続けざまに来たもう一体のハイオークの斬撃を、左手のカタールでいなす。そのまますり抜け、まごつくオークに右手のカタールを浴びせかけた。


(やっぱりるねえ。さっきの善戦は、この子の力に因るところが大きいみたいだな)


 などと考えていると、ハイオークたちがアイリへと突進した。

 カエデを追えばよかったのだが、少々離れすぎている。


「ちょっ、カエデッ! 全部集めてくれないと……!」


(……周囲との連携が課題か)


 苦笑しながら、技能スキルの発動体勢に入る。


「<勇敢雄姿ヴァラー・フォーム>」


 アイリとマモルが、光の帯で結ばれる。

 ハイオークがアイリに殴りかかる。だが――


「<意志衛壁ウィル・ガード>」


 光の線の中に小さな光の壁が生まれ、刹那のうちに弾け散る。

 意志の力で生んだ盾で、自身や<勇敢雄姿ヴァラー・フォーム>をかけた相手からのダメージを防ぐ技能スキルだ。


 訝しんだか、ハイオークが顔をしかめて手を止めた。

 その隙に、アイリの魔法が完成する。


「<水行すいぎょう針水はりみず>!」


 構えた錫杖の先から、数条の水が放たれる。

 そのすべてが、ハイオークの一体を直撃した。


「ゴ、アアアアッ……!」


(やっぱり五行系か。詠唱、早いな)


 アイリの天職ジョブである祓術士クリアランサは、本人の自覚と得物によって発現する技能スキルが変わる。

 錫杖を見た時に東洋の魔法体系なのは予想していたが、案の定だ。


「もう一回……! <水行すいぎょう針水はりみず>ッ!!」


 ふたたび放たれた水の矢を受け、今度こそハイオークが倒れ伏した。

 この間、もう一体のハイオークの斧のダメージは、すべてマモルが受け持っている。なお<意志衛壁ウィル・ガード>のおかげでダメージが入ることはない。


(ハイオークを二発か。下級コモンにしてはいい威力だが、この子も問題は立ち回りだな)


 突っ立ったまま詠唱を続ける様に苦笑していると、フウカがアイリを見て口を開いた。


「ちょっとアイリちゃん! いくらマモルさんいるからって、もっと動かないとダメだよっ!」


 フウカの小言とともに、もう一体のハイオークが地に伏した。

 この間、カエデも残っていたオークたちをすべて斬り散らしている。


「この人、前衛タンクなんだからいいじゃないっ! その割には、アタシより詠唱早い気がするけど……!」


「ほら、フウカさんも支援魔法をかけ直すんだ。移動が長かったから、そろそろ効果が切れるぞ」


「えっ、あっ……は、はいっ! っていうかマモルさん、硬すぎません……?」


 フウカの言うとおり、散々ハイオークたちの攻撃を受けたにもかかわらず、マモルの存在力オーラは青のままだった。


「みんなが倒すの早いからな。もうちょい位置取りや仲間への目配りができれば、さらに早くなるだろう」


 慌てて支援魔法をかけ直すフウカもまた、周囲への目配りが課題に思えた。

 見たところ、司祭プリースト技能スキルもあまり使えていない。ひょっとすると、まだ習得してないんじゃなかろうか。


「ほれ、さっさと魔素ヴリルを吸収しちまえ。どうせこの後も湧いてくるんだから、売る分は入口の近くで確保するんだぞ」


 オークたちの骸が姿を変えた、光の粒を親指で示す。


 魔素ヴリルと呼ばれる、ダンジョン探索のキーマテリアル。

 天職ジョブを持った者が光体として取り込めば、技能スキルを覚えるための糧となる。

 硬質化したものは、無類の硬度を誇る。しかも有害物質を出さず、エネルギー源にもなるという夢の新素材だ。


 この魔素ヴリルを吸収して己を鍛え、より多くの魔素ヴリルを持ち帰って金に換えるのが、探索者デルヴァーの主な目的である。


「えっ、でもアンタの分は……?」


「俺はいいよ。ほら、早く……」


 言いかけた時。

 視界の彼方に、ひときわ巨大なオークが現れた。十体以上のハイオークを引き連れて、ゆっくりとマモルたちのほうへと歩いてくる。


「……やれやれ、面倒なのが出てきたな」


 その姿を見たマモルは、鼻を鳴らして笑った。


 *――*――*――*――*――*


 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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