身代わりおじさん、弟子を取る ~元伝説の前衛、身代わりスキルで駆け出し探索者の少女たちと現代ダンジョンを探索する~
朴いっぺい
身代わりおじさんは弟子を取る
第一章 身代わりおじさんと三人娘
1-1
久世マモルは三人前の定食のプレートを見て、目を輝かせた。
一皿に二人前を無理やり乗せてもらっているので、実際は六人前の量である。
(さてさて、やっと食事だ)
雑然とした食堂は昼下がりという時間帯もあって、そこそこにごった返している。
ぼさっとした黒髪に無精ひげを生やした中年が、この量の定食を前にしている光景は、さぞかし異様に映ることだろう。
実際、先ほどからテーブルの脇を通りすがる者が、さりげなく視線を向けてくる。
だが腹の音が緊急事態を告げている今のマモルにとって、そんなことはどうでもよかった。
(足りなければ、あとで特別定食も頼むかねえ……)
食前の挨拶の代わりに手を合わせ、箸をつけようとした時。
テーブルの脇に、誰かが立った。
「……ねえねえ、オジサン! 今、ヒマでしょ?」
(今この瞬間の、どこをどう見れば、ヒマに見えるんだ?)
悪態をつきたくなる気持ちを抑えて、声のほうに視線を向ける。
声の主は、まだ少女と言っていい年頃の女性だった。肩先に届かないくらいの赤髪。気の強そうな顔立ちは、マモルが会ってきた女性の中でも上位に入るくらい整っている。
だが服装は今どきの少女のそれではない。ケブラー素材の服を着こみ、急所をカーボン製のプロテクターで固めている。
(
現代にダンジョンとモンスターが生まれ、選ばれた人類がモンスターに抗し得る力――
この力を駆使し、ダンジョン探索とモンスター退治を生業とする者たちが、
当時生まれた子供が、
かくいうマモルも、ケブラー素材の戦闘服の上から、全身を
こんな服装をしていれば、
「アタシたちとパーティ組んで……」
「断る」
「……はあ? どういうことよっ!」
赤髪の声に、周囲の席に座っていた者たちが振り向いた。
そんな中、マモルは呆れを隠さずため息を吐く。
「どうもこうも言ったとおりだよ。パーティ入りは断る」
「だってあなた、
赤髪が言うとおり、マモルの
その名の通り、盾を使った
複数人数によるパーティを組むのが基本のダンジョン攻略においては、魔法使いなど打たれ弱い
錫杖を背に負っているあたり、この赤髪は後衛系の
「
のんべんだらりと応じると、赤髪はテーブルに並んだ料理をじろりと見た。
「そんだけ大食いで? オジサンだって同じ
「生憎、ひと稼ぎした後でね。
この食堂、
当然、パーティの募集も多い。
赤髪もそこを当て込み、椅子の大盾を見て声をかけてきたのだろう。
「……アイリちゃ~ん、そんなお願いの仕方しちゃダメだよ~」
ほんわかとした声とともに、栗色の髪の少女が近づいてきた。
年頃も服装も赤髪と似たようなものだが、顔立ちは負けず劣らず整っている。赤髪が狐なら、栗毛は犬だろうか。
憮然とする赤髪を見て苦笑しつつ、栗毛のほうが頭を下げる。
「不躾なお願いでごめんなさい。あたし、
本来、
アイリのパーティ勧誘は、なかなか非常識な部類である。
「
「そう、ですよね……。同じ
アイリとフウカの首元には、マモルと同じ小さな瓶を
上部についているプレートは青――
戦力外とされる
荷運びや採取、簡易なモンスター討伐で経験を積むのがセオリーとされている。
「すまねえな。他をあたってくれ」
話は終わったとばかりに食事を再開すると、フウカがアイリを促してその場から去っていく。
二人が支所の入口まで行くと、影から湧き出るようにもう一人が加わった。三人パーティだったらしい。
「なんだよ、オッサン。行っちゃえばよかったのに……」
「枯れてんなあ」
「可愛い子だったのに」
「入口にいた
「
「お前よく見てんな~」
(だったら、お前らが誘ってやれよ)
聞えよがしに話す声に笑いたくなるのをこらえながら、定食を平らげていく。
ここは”ダンジョン大国”の異名をとる日本でも、探索のメッカとされる東京だ。
遺構や史跡、果ては道端の地蔵までダンジョンが現れる中、下級向けのダンジョンはたまに出てくる程度である。
そんな場所で、駆け出しの
実際、マモルも席についてしばらく経つが、パーティの誘いは一切なかった。
食事を済ませて外に出ると、二人の
「さっきの子たち、可愛かったなぁ~」
「パーティ探してたみたいだったけど、さすがに
「ま、ここらで面倒見るのは、ちょいとキツイわな」
「でもさ、あの子ら行ったほうって、オーク村ダンジョンくらいしかなくね?」
「まさか。いくら三人だからって
オーク村ダンジョン――。都内某所の公園に出現するダンジョンである。
それなりの経験を積み、装備も整った
逆に言えば、
(オークがわらわらいるところに、女の子が三人、か……。嫌な予感がする)
何とはなしに、オーク村ダンジョンのほうへ足が向く。
少し歩くと、錨が置かれた噴水のような設備が見えてきた。
登録履歴を確認すると、先ほどのフウカとアイリ、そしてちらりと見えた黒髪の
立ち寄ってから、すでに三十分近くが経過している。
(
ため息をひとつ吐き、さらに奥へ進む。
やがて、公園の奥に光の玉――ダンジョンの入口が見えてきた。手前には見張り役であろう
「お疲れさん。ここに女の子が三人、入っていかなかったかい?」
「ああ、来たよ。かわいい子たちだったな~。
「まあ入口のあたりだったら、ギリ行けるんじゃねえの……? 無茶しなけりゃいいんだがな」
男たちは、マモルをじろりと見た。
装備と
「あんた、あの子らの知り合いか?」
「ってわけでもねえんだがな。バカやりそうだったから、連れ戻しに来たんだよ」
「あんただって
男たちに手を振って応えると、光の玉に近づいた。手を触れると、一瞬で風景が切り替わる。
鬱蒼とした森の中に、藁や木材で作られた簡素な小屋が立ち並ぶ集落だ。だがそこかしこから聞こえる人ならざる吐息が、ここが異形の住まう地であることを物語っている。
(オークどもがいない……。さてさて、無事でいるかな)
考えつつ、森の奥へ進むことしばし。
案の定、前方でオークの群れと戦っている者たちの姿が見えた。遠目にもはっきり分かる、黒髪と茶髪と赤髪。先ほどの三人組に間違いない。
腕に嵌めるタイプの短剣――カタールを装備した
人類が魔法を使えるようになったのも、
(
幸いにして三人の
(意外とがんばってるじゃないか。
などと思った矢先、
倒れ伏した
「こらあっ! カエデを返せっ! ちょっ、やめろ、放せえ……っ!」
「アイリちゃんっ! あっ、こっ、来ないでえっ……!」
他のオークたちが息を荒くしながら、次々とフウカやアイリに襲いかかっていく。
ほんのり見える二つの
(……と、やっぱりこうなったかっ!)
息を吐き、盾を前に構えて駆け出した。
間合いを詰めながら、意識を集中する。身体が勝手に動く感覚――
「<
手をかざすと、マモルと三人娘が、瞬時に光の帯で結ばれた。
対象のダメージを肩代わりする、いわゆる“身代わり”の魔法である。
かけたと同時に、いくばくかの痛みが身体を襲うが、気になるほどのものではない。
「なに、今の……⁉ 詠唱、早すぎ……!」
「あれ……さっきの、久世さん……⁉」
呆然とする二人の声には応じず、マモルは
「<
気合とともに放った盾の一撃で、フウカとアイリの周囲にいたオークたちが吹き飛んだ。さらに同じスキルを放つと、
少女たちが、おぼつかない足取りで起き上がった。一方、オークたちは呻き声すら上げず倒れ伏している。
「……間に合った、みたいだな」
マモルは、呆けた顔をする少女たちに微笑みかけた。
*――*――*――*――*――*
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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