1-4

 鬱蒼とした森の景色が揺らぎ、溶けるようにして消えていく。

 その向こうから、元の公園の風景が現れた。ダンジョンが消滅したのだ。


 もっとも、永遠に消滅したわけではない。

 ダンジョンが力を取り戻すと、ふたたびこの地に再湧出リポップする。


「ふぅ、なんとかなったか」


 頭をわしわしと掻いていると――


「マモルさん……!」


「大丈夫……⁉」


「……っ!」


 振り向くと、フウカとアイリ、カエデが走り寄ってくるところだった。


「ああ、なんとかな」


「なんともなくないですよっ! ……<回復光ヒール>!」


 フウカが技能スキルを使うと、身体がほんのりと温かい光に包まれる。

 自身のオーラの色を見てみると、たしかに黄色く染まっていた。


「色が全然戻らない……。どれだけタフなんですか……」


「はは、それだけが取り柄だからな」


「てかアンタ、一体なにしたの? 最後の光、あれ何?」


「なに、盾士シールダー技能スキルってのはな、ああやって攻撃を跳ね返すやつもあるのさ」


 <反射撃讐リフレクト・アベンジャー>は、使用者を攻撃した相手にダメージをそのまま跳ね返す。

 <犠生命撃ブリンク・バースト>は、自身の“存在のオーラ”を消費して、強力な一撃を見舞う。


 もっとも本当は、下級コモンが使える技能スキルではない。 だがこれを説明すると、色々とややこしいことになるので黙っておく。


迷宮主ダンジョン・マスターって、追いつめられるとさっきみたいに本気出すんだよ。それを利用して、攻撃をそっくりお返ししてやった、ってわけさ」


「……アンタ、大襲撃グラン・レイドの頃から探索者デルヴァーやってたって言ってたけど。本当に下級コモンなの?」


「さっきの迷宮主ダンジョン・マスターだって、マモルさんのこと知ってたみたいでしたよね……?」


「さてね。協会による等級ランク分けができたのなんて、大襲撃グラン・レイドの後からだからな。情報更新なんて一度もしてねえし」


 のらりくらりと応じる中、カエデはマモルの足元をじっと見つめている。

 そこには豚鬼勇者オーク・ブレイバーが遺した魔素ヴリルが山となって転がっていた。


(へえ、こいつは……)


 その中に、気になる物が一つ混じっていた。

 だが今は、まず豚面のメダルを拾い上げる。


豚鬼勇者あいつのベルトに嵌ってたヤツだ。これを持っていけば、ダンジョン討伐の報酬をもらえるだろう。魔素ヴリルもこれだけあれば、しばらく遊んで暮らせるぜ」


魔素ヴリルは最低限だけ残して、吸収に回します。あと……せめて、マモルさんも少し持ってってください」


「分かった、分かった……。支所には、見張りの人たちから連絡しておいてもらおう。大騒ぎになるだろうな」


 マモルはそう言うと、悪戯っぽく笑って見せた。


 *  *  *  *


 見張り役にダンジョン討伐を告げ、のんびり歩いて支所まで戻る。

 扉を潜ると、先ほどまでとは別の種類のざわめきが、場を支配していた。


下級コモンがオーク村ダンジョンを攻略したって……⁉」

「ガセじゃねえのか?」

上級エピックが混ざってました、とかってオチじゃねえの?」

「あそこの迷宮主ダンジョン・マスターは、上級エピックひとりじゃキツいだろうよ」


 そんな中、悠然と支所の受付へと進む。

 代表に立ったアイリが、豚面のメダルをツインテールの協会職員に差し出した。


「あの……。オーク村ダンジョンの、討伐報告で来ました」


 途端、職員の女性の顔色が変わる。

 ネームプレートには丹羽と書かれており、よく見るとなかなかの美人だ。


「えっ……⁉ あ、あなたたちが……倒しちゃったんですかっ⁉」


 どよめきと視線が、一斉にマモルたちのほうへと向いた。


「おいあれ、さっきパーティ募集してた子たちじゃん」

「脇にいるオッサン、食堂でドカ食いキメてたヤツだよな……」

「パーティ断ってなかったっけ?」

「どうしてこうなった」

「美女とオッサンかよ」

「あれ全員が下級コモン?」


 四方八方から聞こえる声に、カエデは元よりフウカまで縮こまっている。

 丹羽もいくぶん緊張気味にメダルを確認した後、静かに頷いた。


豚鬼勇者オーク・ブレイバー魔素ヴリルパターンと一致しました。討伐報告、たしかに受領します」


「えっと、その、これからどうすれば……?」


「このメダルは証拠品として、協会で買い取ります。ダンジョン討伐の報酬に上乗せされますので、ご安心ください」


「あっ、はい……」


魔素ヴリルや他の収集品はどうされますか? 併せて査定しますよ」


「え、ええっと……その……」


(こりゃ、埒が明かんな)


 しどろもどろになるアイリをやんわり脇に避け、前に立つ。

 自身が持ってきた中で、一番大きな魔素ヴリルの結晶をカウンターの上に置いた。


魔素ヴリルはこいつ以外、吸収に回すとさ。んで、だ……」


 マモルは収集した魔素ヴリルの余りの中から、小さな紫色の結晶を取り出して見せた。


豚鬼勇者オーク・ブレイバーが落としたこいつ、いくらになるか分かるかい?」


 それを見た丹羽の表情が、固まった。


魂片結晶ソウル・ピース……⁉ 豚鬼勇者オーク・ブレイバーのですかっ⁉ 取り巻きのハイオークとかじゃなくてっ⁉」


「おう。なんなら、調べてくれてもいいぜ」


 素っ頓狂な声に、周囲のどよめきがいっそう大きくなる。


 魂片結晶ソウル・ピース――。モンスターが極稀に落とす魔素ヴリルの結晶体だ。

 そのモンスターの思念が宿っており、武器や防具に宿すと特殊な力を発現する。

 迷宮主ダンジョン・マスタークラスになると希少価値が高く、効果も強力なものが多いため、一生遊んで暮らせるどころではないお値段になる。


 丹羽は手元の解析機に視線を落とし、何度か結果を確認し直した。

 やがて、呆けた表情でマモルを見つめる。


豚鬼勇者オーク・ブレイバーの、魂片結晶ソウル・ピース……間違いありません」


「ありがとさん。で、いくらだい?」


「そ、そうですね……。過去の実績ですと……このくらいです」


 可動式のディスプレイがマモルたちのほうに向けられる。

 その瞬間、三人娘が目を剥いた。


「ご……っ、五億っ⁉」


「マンション一棟、買えたりするレベルじゃ……?」


「……っ」


「四年前の履歴ですから、今はもっと高くなると思います。買い手がつけば、ですが……」


 アイリやフウカは元より、無表情に見えたカエデも、目を丸くして言葉を失っていた。


 その時――


「おいおいおいっ! いくら何でもデキすぎじゃねえのかよ⁉」


 見ると、茶髪で髪型をビシッと決めた男が、マモルたちを睨みつけていた。

 歳の頃は二十歳過ぎ。細身の身体を薄手の戦闘衣と、最低限の防具で固めている。

 腰の両側にカタールを吊っているあたり、カエデと同じ暗殺者アサシン天職ジョブだろう。


(どこ行ってもいるんだよなあ、こういうやつ)


 マモルはため息を吐くと、茶髪男に笑いかける。


「こうして証拠を持って来てるんだ。デキすぎも何もないと思うが?」


「るせえっ! どうせ手負いのヤツを討ったに決まってるっ! そうだろう、みんなっ⁉」


 茶髪男が周りを見渡す。だが、表立った同意はない。

 すると丹羽が、ため息交じりに茶髪男を見やった。


「……添島そえじまさん、いちゃもんつけるのはやめてください。支所長からも言われてますよね?」


「じっ、実際、怪しいじゃねえかっ! 下級コモンだけで討伐できるなんてよ……!」


下級コモンであろうが、手負いの迷宮主ダンジョン・マスターであろうが関係ありません。勇気をもって立ち向かい、討ち果たしたことは事実です。探索者デルヴァーの鑑ですよ」


「ぐ……っ」


「文句つけるくらいなら、ご自身で迷宮主ダンジョン・マスターを討ち取ってくればいいんじゃないですか? 魂片結晶ソウル・ピースは時の運ですけど、実績にはなりますよ。協会が融通できる魔素ヴリルにも、限りがありますので」


「添島のヤツ、またなんか言ってるよ」

「元々そういうルールだしなあ」

「あれ、議員の息子かなんかだっけ?」

「そうそう。親の金で協会から魔素ヴリル買って、ようやく中級アンコモン

「親の七光りにすらなれてねえじゃねえか」


 丹羽の言葉をきっかけに、周囲の声色も変わっていく。

 顔がみるみるうちに赤くなっていく添島の肩を、取巻きらしき男が叩いた。


「ヤスシ、もうやめとけって。行こう」


(いやいや、何もしてないのに……?)


 心の声が届いたか、ヒロムと呼ばれた取巻きの男がマモルたちに近づいてくる。


「お騒がせしちゃって、すいませんね……。俺、渡辺ヒロムって言います。司教レクターです。あっちは影殺者シャドウの、添島ヤスシ」


司教レクター司祭プリースト系列、影殺者シャドウ暗殺者アサシン系列の中級アンコモン天職ジョブだ。

探索者デルヴァーのボリュームゾーンである、中級アンコモンのパーティといったところだろう。


「久世マモル、盾士シールダーだ。気にしてないよ」


「ホント、すんません。討伐お疲れ様です。……ほら、行くぞ。ヤスシ」


「ヒロム……チッ。くそ、絶対に見返してやるからな……!」


(だから、何もしてないってばよ)


 マモルの心の声など露知らず、添島は渡辺とともに支所の入口から出ていく。

 丹羽はため息ひとつ吐くと、ふたたびマモルたちに視線を移した。


「話、逸れちゃいましたけど……。これ、どうされます? 売りに出すなら協会で代行しますけど……」


「とりあえず、アイリさんの倉庫に入れておいてくれ。他はさっき言ったとおりで頼む」


「は、はい。少々お待ちください……」


 丹羽も添島の乱入で冷静さを取り戻したのか、テキパキと手続きを進めていく。

 面白がっていた周囲の探索者デルヴァーたちも、徐々に散っていった。


「……さてと。ひと稼ぎしたし、メシにでも食いに行くか」


 三人娘に向き直って言うと、なぜか表情を曇らせる。


「アタシたち、魔素ヴリルはほとんど吸収しちゃったから……。外のお店、高いし……」


「だったら俺が出すよ。……でも、ここで食うのはさすがにな?」


 目だけで、周囲を示してみせる。

 人だかりは散ったものの、それとなくマモルたちを見ている者が幾人もいた。

 こんな中で食事をするのは気が引けるし、混み入った話などできるはずもない。


 それを察したのか、フウカが口を開く。


「わ、分かりました。でもあたしたち、この辺のお店は詳しくなくて……」


「俺の行きつけがある。久々に顔出したいと思ってたんだ」


 マモルは店の味付けを思い出しつつ、笑顔で言う。

 ちょうど、丹羽の清算処理が終わるところだった。


*――*――*――*――*――*

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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