6 風を呼べ!

「ダメだ、デューク! けろぉ――っ!」


 マークは叫びながら同時に青いドラゴンの頭部へ目掛けて急降下していく――どこにその瞬発力を秘めていたのか、目標までわずか3秒! グリップを両手持ちにし、肩の前で握りしめると加速を一切殺さず、そのままドラゴンの頭部へ突っ込んでいく!

 ハロージョブの担当者が上を見上げて呟いた。

 

「うわ! 何だあのスピードは!?」


 そしてその刹那せつな――口を開けたドラゴンの頭を標的にしたマークの脳裏に、ある記憶がよぎっていた。


 ◇


 竜嶽城りゅうがくじょう入り口広場――。

 15になったばかりの頃。マークはガルシアから「風をまとう剣技」を学んでいた。お昼過ぎ、ナツは宿題もすませ、近くの切り株に腰掛けて二人の特訓をご機嫌な口元を作って見ていた。


(ルッソ爺ったら、今日は一段とリキ入ってんじゃん。至近距離攻撃用のカカシを持ち出して来たりして……!)


 広場の中央に、鋼鉄で作った二メートル弱の人形が甲冑姿で立っている。見た目はボロボロ。既に何度か仕留められた形跡が見て取れる。


『お前はワタリの血を引いとることで、既に風を「読む」才能は持っとる……じゃがな、もっと風と心を通わせてみろ。そうすれば必要な時に「呼ぶ」ことも出来るぞ。お前の身体が風と一体になった瞬間、剣もまた、風の一部に出来るんじゃ』

『風と心を通わせる……?』

(ガルシア、また詩人みたいなこと言ってんな……僕はラッセルみたいな優等生じゃないってのに)


 幼少からラッセルの背中を仲良しのスタンと二人で見ていたマークは、そんな事を考えながら半信半疑でガルシアの構えを見つめた。


『……目を閉じて、風を感じろ』


 マークはその瞬間をの当たりにした。ガルシアが正面に構えた剣のブレードが、グラグラと揺れ始めたのだ。よく見るとブレードの周囲には、ちりや砂が帯状に集まってきている。


『目を閉じて、風を感じるんじゃ……』


 ゴクリ。マークの喉が上下する。


『呼び寄せた風をまとって逃がすな。いいか――風は、仲間だ――!』


 カッと目を見開くと、2メートル前方の甲冑のカカシに向かって右足を大きく踏み出す!

 その一突きで、幅7センチの細身の剣が、甲冑の胸部に直径20センチの風穴を開けていた――!


『す……すげぇ――!』


 ◇


 (風を……呼べるか?  今、この瞬間に……!)

 上空から、加速をつけながら落下する。すると空気の流れが剣にからみつき、白い帯を作った――風を纏ったのだ。それはまるで、風が剣を目標まで導くかのようだった。

 一瞬で全身の力を腕に集中させ、叩き込む必殺の一撃。足枷あしかせの鉄球を後ろに引く速度で突っ込む!


「……風は、仲間だ――風神墜槍ゲイルランサー――ッ!」


 ドォォォォォ――ッ!


 剣先が落下速度と風圧をまといながら、ドラゴンの頭頂部を貫くように叩き込まれる。周囲の木々が風圧でぐらりと揺れ、地面が震えるほどの衝撃が走った!


「グオオオオオオォォォ……ッ!!」


 氷の吐息は不発に終わった。悲鳴を上げ、のけ反ったドラゴンは轟音ごうおんと共に、地面に沈んだ。




 マークは白い翼を大きく広げ、静かにドラゴンの頭上へと降り立った――。

 

「……マーク――」


 デュークは絶句するしかなかった。マークの足には依然、自分と同じ重い鉄球がついているのだ。それでも飛び――そして、仕留めた。

 マークは肩で息をしながら、しばらく踏みつけている青い巨体を睨んでいた。そして空を仰ぐ。


「……風、ちゃんと掴めたよ、ルッソ爺」


 ドラゴンはついに地に倒れた。しかし二人の気付かないところで、ドラゴンの翼の傷からほんの一滴ひとしずく侵蝕生命体バルク特有の流動する黒い水がその血液と共に流れ出していたのだ。

 ドラゴンの体は次第に崩れ去り、最後には20センチ程度のトカゲへと戻っていった。


「お前ら! 本当にやりやがったな! その足枷あしかせと鉄球がついたままで!」


 遠巻きに見ていたハロージョブの担当者は、驚愕きょうがくの表情で走り寄る。

 するとマークの頭の中にルシファーの声が響いてきた。


(喜ぶのは早い。あれは蒸散せず、皮膜ひまくの翼から流れ出ていった。次はどこで、何を器に選ぶか――厄介だぞ)

「くっそう! やっぱりか……けど、お前たちにも『敵』ってやつがいるのか? 同族同士で争ったりするのか?」


 マークは、頭の中のルシファーに問いかける。あの黒い液体のような存在が、どうやって戦いを繰り広げるのか、純粋に疑問だった。


(我々は、お前たち下等かとうな人間のように喜怒哀楽きどあいらくを必要としない。分かるかね? 欲しいものは、すべて手に入る。生きられない環境でも、現地の生物に侵入すればいい。捕食、支配、操作……すべて可能だ。争う理由がないのだ)


 淡々と語ったのはルシファーだ。それに対し補足するようにイグニスの思念が割り込んできた。


(ところがだ、このルシファーが最近、意味のわからないことを言い始めた。空を飛びたい――とね。ハヤブサに侵入しただけでは物足りないようだ。やりたいことが出来ただと? 正気の沙汰さたとは思えない)

「いや、だからって僕の中に入って何がしたいんだ」


 マークが問うと、再び沈黙が二人を包んだ。


 だが――7万年振りに地上へ出られた知的生命体ルシファーの、その胸に芽生えた「興味」と「欲求」。

 それこそが、やがて侵蝕生命体バルクの運命すら巻き込み、世界の流れを大きく変えてゆく。

 そのことに、今はまだ誰も気づいてはいなかった。

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