9 敵襲

 マークがルッソに剣を基礎から叩き直されて、約半年。ヴォルフスヴァルトの森にも、冬が訪れていた。


 日々の訓練はマークに「自信」を芽生えさせていたが、それはやがて「勘違い」という形で花開こうとしていた。半年にわたる修練は、ルッソという剣の達人のもとで積まれたものだったが、マークの胸中には、いつしか錯覚にも似た「できる気」が芽吹いていた。


 晴れた空の下、森を鳥が鳴きながら横切っていく。風向きが変わりはじめ、冬の冷たさが空気に混ざる。陽が落ちるのも早くなっていた。


 ナツの母レイラによると、ナツは矢筒を背に東の方へ山鳥やまどりを仕留めに出かけたが、もう半日近く過ぎたのに戻らないと言う。いまだに帰らない娘を待ち続け、レイラの不安は頂点に達していた。マークはどうにも落ち着かず、気づけば腰にブロードソードを差して森の東へ足を向けていた。ナツの装備は弓だけだ。マークよりがあるとはいえ異形の獣も増えて来たこの森で一人きりは危ない。


 マークは茂みの中を進みながら、周囲の気配に意識を集中させる。


(ナツのやつ、僕にはあれ程、東の方はやめとけっつって言ってたくせにな……ここら辺、プロクサス兵がたまにうろうろしてるっていうし。ったくどこまで行ったんだよ)


 そのときだ。女の子の声が右前方の茂みの奥から聞こえた。


「知らないって言ってんでしょ!」


 ――ナツだ!


 声の方へ歩み寄った。茂みをき分けてのぞき見ると、向こうに黒ずくめの衣装に身を包んだ男が、ナツの腕を掴んでいた。


(やっぱり……プロクサスの偵察ていさつ兵……!)


 黒いフードに、鼻から下半分をおおう黒い布マスク。顔は見えないが全員が剣をたずさえている。明らかに訓練された兵士の動きだった。人数は――二、四……十二人。


(これならいけるか……?)


 相手の人数を数えながら既にマークは茂みから飛び出していた。


「誰だ!? なんだ、もう一人ガキが来やがったか!」


 マークはゆっくりと剣を抜いて両手持ちにすると正面で横向きに構え、腰を落とす。


「子ども……いや、妙な構えだ。少しはできるのか? まあ、暇つぶしにはちょうどいい」


 男の中でも一際ひときわ背の高い一人が前に出た。顔を隠していないのは、自信の現れか。鋲打びょううちの肩当てと黒い革コートが目を引く。


「痛い目を見る前に、その子を放せ!」


「お前も竜嶽城りゅうがくじょうの住人か? たった一人でお出迎えとは、絵に描いたような『向こう見ず』だな」


「よく言われるよ。それよりナツを放せ!」


竜嶽城りゅうがくじょうまで案内しろ。そうすれば放してやるよ」


 マークは敵の言葉には耳を貸さず、グリップを握る手に力を入れた。


(またルッソ爺に叱られるな、でもこの人数なら先週習ったあの技が使える!)


 手首を動かそうとした時だ。ルッソの言葉が浮かんだ。


 ――すぐに剣を振るおうとしてはいかん。強い敵ほど、まず〝心″を読もうとしてくる。その前にこっちが相手を読むんじゃ――


 一人の兵が前に出る。マークは息を飲んだ。


(……相手を読む? 分かんねぇよ)


 だが、身体は動いた。剣を構えた敵の一撃をはじき、次の斬撃ざんげきを跳躍でかわす。空中から、防具の隙間を狙って肩口かたぐちを斬りつける。


「チッ、子どもとあなどれんか!」


 その隙に男はナツを放したが、二人はすぐさま囲まれた。四方から迫る黒衣の兵たち。マークは再びルッソの言葉を思い出す。


 ――風を味方として生きてきたお前なら、ワシの技は意外に容易たやすく身に付けられるじゃろうの――


(だろ……? 相手の目はまだ読めない、けど風なら読める……!)


 風を読む――その微細びさいな流れを皮膚でとらえ、全身にまとわせる。

 風の向きを感じ、剣にその流れを乗せて旋回するように振るった……!


「《旋風ヴォルテックス》――ッ!」


 風がうねりを上げ、風の斬撃ざんげきとなって黒衣の兵たちをぎ払う。倒れ伏す十一人。だが、肩当ての男だけはその場から一歩も動いていなかった。

 ほほに一筋の赤い線が静かに伝っていく。


「マーク! すごい! いつの間にこんな技!」


 ナツが初めて見るマークの風の剣技に目を丸くした。


「その動き、聞いたことがあるぞ、風をまとう剣技……まさかガルド・ロワイヤルの? しかし彼らはあの戦争で死んだはずだ」


 マークは驚きに目を見開く。まさか、ルッソが……?


「お前こそ、何者だ!」


「どうせお前はここで死ぬんだ、教えてやろう。俺の名は『迅罰じんばつのザガン』――プロクサスの七罰剣セブンメッサーだ」

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