第1章 未知の空へ
1 ワタリの村
「早く来いよ――! 渡るぞ! あの谷まで競争しようぜ――!」
柔らかな風が少年の頬を
「ラッセル――ッ!」
眉はキリッと
「ちゃんと剣持って来たろうな? 谷まで勝負すんぞ、手加減なしだ!」
その声に応えるように、ラッセルが元気よく走ってくる。ツンツンに逆立つ
「はーん、今日は負けねーぞマーク! てか、渡りは譲ってやらねぇ! 今日もオレが一番乗りだ!」
彼らが育ったワタリの村は、断崖と谷、そして針葉樹の森に囲まれた山岳地帯にある。家々は丸太を積んで作られ、人口はわずか百数十人。
マークは剣をくるりと回してベルトに差し込む。ゴーグルを目元に下ろして頭の後ろでセットし、バンドを指で引っ張る。バチンと音を立てるのは飛ぶ前の、いつもの癖だった。ラッセルがマークの隣でゴーグルをセットした時、マークは何やらニヤニヤしていた。
「何? お前また何か妙なことしてないだろうな」
「おーい! 待ってくれよ――っ!」
スタンは茶色の髪を後頭部の上で一つに結んでいる。その短いしっぽが、走る度にぴょんぴょん揺れる。
「スタン! 遅っせぇよ、相変わらず妙ちきりんな髪型してんなぁ……プッ」
マークが笑ったのはスタンの髪型ではなかった。
「何だよ、ちゃんと見てみろ。これガルシアっぽくっていいだろ!? 真似すんなよー!」
スタンが白い
マーク、ラッセル、スタン。
放課後、三人は隣村の小さな
「いいか、ラッセル、スタン。僕ら三人で絶対にガルド・ロワイヤルを目指すぞ! 今日は僕がガルシア役だ! 剣の腕はガルシアが一番なんだからな」
マークが木製の剣を空へ向けて掲げる。
「しゃーない。じゃぁ今日はオレがバート役な! 見てくれ、昨日オレが作ったバートの炎の両手剣!」
と、ラッセルはマークの剣に重なるように木製の剣を空へ掲げた。そして最後にスタンも自前の剣を二人の剣に重ねる。
「結構イケてんじゃん! じゃぁ僕がディラン役やる! ディランが一番身が軽いんだぞ! ガルド・ロワイヤルはこの国でたった三人しかなれないからな。オレ達三人でアルバータ王国の英雄になるぞ!」
三人の剣が空に突き上げられ、太陽の光を受けてきらりと輝いた。
背後には針葉樹林の森と切り立った断崖。周囲を厳しい自然に囲まれたその村は、農業と畜産で自給自足の生活を営み、独自の文化を育んでいた。
――しかし、村人たちは全く
周囲は三本のフレームで組まれており、そこに帆布が張ってある。持ち手は、前方から後方のフレームへ向かって緩やかにカーブした二本のリブで、強度を上げる目的もあった。
これらは村の民が長年かけて生み出した、風を効率的に受け止める構造だ。
「いいか、マーク。フェイントは無しだ。スタン、準備はいいか? 同時に出るぞ?」
村一番の滑空の名手であるラッセルは、マークとスタンが目指すリーダー的存在。三人は同時に
「……来るぞ……! 今だ!」
今日もラッセルが先に風を読んだ。
バサッ!
三つの帆が同時に開く!
三人は崖っぷちで一瞬だけ息を呑むと――。
「せーのっ!!」
300メートルもある谷底を目指し、
風に身を任せ、帆にぶら下がるようにして空へ体を躍らせる……!
「ふぅ――っ! サイッコ――に気持ちい――い!!」
このようにして村の人々は自由に山を越え、谷を渡って隣町まで出かけていた。馬や馬車で行けば危険で数日かかる道のりを、
風を読む感覚は村人にとって厳しい環境で生きる為の技術だった。
空を渡る――風の動きを感じ、適切なタイミングで帆を広げれば、まるで空の一部になったように舞うことができる。子供たちも遊びながらこの技術を習得した。木の上や崖から飛び降り風に乗って谷を越える遊びは、もはや息をするのと同じくらい自然な行為だ。
三人は澄みきった空の下、風を切って
「ラッセル――ッ! いきなり加速すんなよ、ズルいぞ――!」
二人の数メートル先を滑空していくラッセルは、タイミングよく風を捉えて急加速し、マークやスタンとの距離差を広げた。
「言ったろ、マーク――! ちゃんと風の通り道を読めよ――っ!」
ラッセルが笑いながら振り返る。その一瞬、マークの左目が――金色に光った。
(あれ? マークの左目……?)
しかし次の瞬間にはいつもの淡いグリーンに戻っていた。
ラッセルは風に
その時だ。次はマークの頭の中に妙な声が響く。
(素晴らしい。これが『快感』というものか……)
「え……? だ、誰だ……!? 今の声……!?」
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