義弟に復讐されるはずが、トロトロに甘やかされてます!?

「ああ、我がアングラード家が没落するなんて……!!」


 私の母親であるデルフィーヌ・アングラ―ドは、屋敷のリビングで泣き崩れた。


「……くそっ、どうしてこうなった……!?」


 私の父親であるマクシミリアンも、唇を噛み締めて体を震わせている。

 そんな二人を見て、私、ヴィオレットは溜息を吐いた。私に言わせれば自業自得だ。


 マクシミリアン――お父様は、王都の近くにある農村を治める領主だったけれど、民に重税を課していた為、民はいつも苦しい生活を強いられていた。

 そして、そんな状態にも関わらず、お父様自身は贅沢三昧。高価な食材を使った料理を食べ続け、短距離の移動にも馬車を使っていた。おかげで現在四十歳のお父様は、でっぷりとしている。


 お母様も、新しいドレスを何着も買ったり、化粧品などを買いまくっていた。お父様より一つ年下のお母様は、赤い髪を綺麗に束ね、美しい外見を保っている。けれど、没落した現在、その美しさを保っていくのは難しいだろう。


 そして、そんな二人の娘である私はというと……領地経営を学びながら、堅実な生活を送っていた。

 ウェーブがかった赤い髪に青い瞳をした私は、自分で言うのもなんだけど、お母様に似て美しい。十九歳の私が本気になれば、結婚してくれる男なんてすぐに見つかるだろう。


 それにも関わらず私が真面目に領地経営を手伝っていたのには、わけがある。

 私には、前世の記憶があるのだ。


 私の前世の名前はカナメ。日本で暮らす女子大生だった。しかし、交通事故に遭い、気が付くと五歳のヴィオレットの姿になっていた。

 ヴィオレットは、私が前世で読んでいた小説『成り上がりのオデット』の登場人物。

 『成り上がりのオデット』のストーリーは、おおよそ次のようなものだ。



 孤児院で暮らすオデットは、定期的に街の手習い所で読み書きや算術を習っていた。賢くて知識の吸収の早いオデットは、手習い所の教師の紹介でとある商家の養女となる。

 女性でありながら商家を継ぐ事になったオデットは、商会の従業員であるリシャールと愛を育みながら、傾きかけた商会を盛り立てて行く……。



 ヴィオレットは、オデットが盛り立てるランドロー商会を潰そうとする伯爵家の悪役令嬢。何故潰そうとしているのかと言うと、ヴィオレットはリシャールに惚れているのに、リシャールが全く自分に靡かないからだ。完全な八つ当たりである。

 そして、国も注目する大きな商会となったランドロー商会に嫌がらせをした罪で、ヴィオレットは国外追放となる。ついでに、好き放題していたヴィオレットの両親も咎められ、伯爵家もお取り潰し。

 国外追放となったヴィオレットは、貧しい生活を強いられた上に、流行り病に罹り亡くなるという悲惨な末路を辿る。


 そんな未来を避けたくて、私は真面目に領地経営を学んでいたのだ。私は、小説と同じ末路を辿りたくない。この世界では、恋愛に現を抜かす事なく、領地経営に精を出すんだ! 伯爵家の没落も防いでみせる!

 ……と、先程までは思っていたのだが。


 甘かった。私がちょっとばかり領地経営を手伝うだけでは、お父様の悪評は覆らなかった。お父様の悪評は王家にまで届き、まともだった国王がアングラード家の爵位はく奪を決めてしまったのだ。


      ◆ ◆ ◆


「ああ、明日にはこの屋敷を出て行かないといけないのね……」


 お母様はまだ嘆いている。王家から「お前ら、商会で働いて一から出直せ」というありがたいお言葉を頂き、私達家族は明日から街にある小さな家で暮らす事になっている。


「お母様、嘆いていても仕方がありません。幸い私は領地経営を勉強しているので、経済には強いと自負しております。上手くいけば、お金を貯めてまた成り上がれるかもしれま……」


 私が言い終わらない内に、ドアをノックする音が聞こえた。「失礼致します」と言って入って来たのは、この家の執事だった中年男性。

 彼は、アングラード家が没落したにも関わらず、丁寧な言葉遣いで言った。


「旦那様、お客様がお見えです」

「こんな時に誰だ!?」


 お父様が苛立った様子で聞くと、執事は落ち着いた様子で言った。


「ランドロー商会の方で、リシャール様とおっしゃるそうです。何でも、条件によってはこの屋敷に住み続けられるように王家に取り計らっても良いと……」

「何だって!?」


 お父様が叫んだ。良い話だとも思えるのに、お父様の顔は青褪めている。


「リシャールだって!? そんな、まさか……!」


 お父様の反応に、執事が何か言おうとした時……。


「おや、久々の再会だというのに、随分ですね? 義父上」


 そう言って、一人の青年がリビングに現れた。肩まで伸びた銀髪を一つに纏め、紫の瞳でお父様を見つめる青年。その青年は、私の方に視線を向けると、怖いくらい綺麗に微笑んで言った。


「お久しぶりです、義姉さん」


 そう。その美しい顔の青年は、確かにリシャールだった。


       ◆ ◆ ◆


 小説の中で、リシャールはヴィオレットの義弟だった。といっても、小説の中では、ヴィオレットはリシャールが弟だとは知らなかったのだが。


 リシャールは、ある貴族の家に生まれた。銀髪に紫の瞳のリシャールは、その珍しい外見から「悪魔の子」と忌み嫌われ、彼の両親はリシャールを養子に出す事にした。

 養子に貰ってくれたら大金を渡すと言われ、七歳のリシャールを引き取ったのがヴィオレットの両親。


 しかし、忌み子であるリシャールをヴィオレットの両親は蔑んだ。本邸の近くにある別邸に軟禁状態のようにして住まわせ、食事も最低限のパンと水しか与えなかった。小説の中のヴィオレットは、別邸に行く事を禁じられ、自分に一歳年下の義弟がいる事も知らなかった。使用人達は、ヴィオレットの前でリシャールの話をするのを禁じられていた。

 そして、リシャールは十二歳の時、命の危機を感じ、別邸を逃げ出した。そして、野垂れ死にしかけた所をランドロー商会の会長に拾われ、商才を発揮していくのだ。


       ◆ ◆ ◆


「しかし、こんなに早くアングラード家が没落するとは。……まあ、いずれこうなるだろうとは思っていましたが」


 リビングでお茶を飲みながら、落ち着いた様子でリシャールが言う。今リシャールはソファに座っており、その向かいのソファに私達親子が座っている。彼の紫色の瞳で真っ直ぐに見つめられた私は、ガタガタと身体を震わせた。私の右に座ったお父様も、私の左に座ったお母様も、自分の事で精一杯なのか、私の様子に気付かない。


 どうしよう。このままだと、私は――リシャールに復讐される! だって、私は十年前、リシャールの命を助ける為とはいえ、あんな事をしたんだから……。


 いや、後悔しても仕方ない。あの時リシャールの命を助けるには、ああするしかなかったのだ。ここは覚悟してリシャールに復讐されよう。


 私は、顔を上げてリシャールに問いかけた。


「条件によってはこの屋敷に住み続けられるように王家に取り計らっても良いとのお話でしたが、どのような条件でしょうか?」


 リシャールは、私を真っ直ぐ見たまま、ニッコリと笑って言った。


「それはですね。義姉さん、あなたが僕の妻になる事です」


 私と両親は、一瞬言葉を失った。そして、三人揃って叫び声をあげた。


「ええええええ!?」


 待って、妻って、あの妻? なんで? リシャールは、私を恨んでいるはずでは?


 理由はよく分からないながらもリシャールの条件を理解したお父様が、勢い込んで聞く。


「ほ、本当にここに住み続けて良いのか!?」

「ええ、僕がヴィオレット姉さんと一緒に別邸で住む事を了承して頂ければ、義父上と義母上は、こちらに住んで頂いて構いません」


 リシャールが笑顔で答えた。お母様は、私の方を見て嬉しそうに言う。


「ねえ、ヴィオレット。このお話、受けてくれるわよね? 私達がこの屋敷に住み続けるには、あなたの力が必要なの!」


 二人とも勝手な事を言う。私は、溜息を吐いた後に応えた。


「……承知致しました。私、リシャールの妻となります」


 そんな私を、リシャールは満足そうな笑顔で見つめていた。



 それから、私は自室にある荷物を纏め、すぐに別邸へと向かった。馬車に揺られながら、私はリシャールをチラリと見る。リシャールは、機嫌が良さそうにニコニコと私を見つめていた。――私を自分の膝に乗せて。


「……ねえ、リシャール。どうして私はあなたの膝の上に乗っているの? 確かに私はあなたの妻になる事を承諾したけど、私達、ずっと会っていなかったじゃない。ベタベタしすぎじゃないかしら?」

「ずっと会っていなかったからこそ、一秒でも長くあなたに触れていたいんですよ、義姉さん」


 どうやら、リシャールは私を離す気がないらしい。リシャールが本気で私を愛しているはずはないし、揶揄からかっているのだろう。私は、小さな溜息を吐く。


 リシャールの妻になったら、私はどういう扱いを受けるのだろう。使用人のように働かされる? 暴力を振るわれる?


 色々な事を考えている内に、馬車は林の側にある一軒の家の前で止まった。うちの屋敷よりは小さいけれど、白い壁の立派な家。

 そこは、リシャールがかつて軟禁されていた場所。そして、運命に逆らって私がリシャールと交流を持った場所でもあった。


       ◆ ◆ ◆


 私は九歳の時、こっそりと別邸に行った事がある。当時私には既に前世の記憶があったので、小説の登場人物であるリシャールの姿を一目拝みたかったのだ。


 別邸は、使用人達が手入れをしているだけあって外観は綺麗に保たれており、庭にも綺麗な花が咲き誇っていた。

 庭に入り込んだ私がつい花に見とれていると、どこからか小さな声がする。


「……あ、あの……その花、棘があって、近付くと危ないですよ……」


 振り返ると、そこには銀髪を首の辺りで切り揃えた男の子がいた。私は、すぐにその子がリシャールだと気付いた。

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