首なしは真実の愛の証

 そのダンジョンには呪いがかかっている。


 誰が、どんな意図で仕組んだのかは分からない。ただ一つ確かなのは――歌い続けなければ意識を失うということだ。


 間奏とみなされるのか、一分程度ならだんまりでも問題ないらしい。音の高低差さえあれば喋り続けることでも代用可能だという。けれど、息苦しさを感じたら、すぐにでも歌った方がいいようだ。


「やったらめったら♪ ほいほいほい♪」

「踊れよ歌え♪ わっはっは♪」


 陽気に歌いながら進む俺たちに襲いかかるのは、わずかなコウモリや、ぷよぷよとさまよっているスライム程度。天然の小さな落とし穴にさえ注意すれば、ダンジョンとしての難易度はかなり低い。


 ギルドから報酬をもらう方法は二つある。


 一つは素材の採取だ。ダンジョンの奥にある岩に囲まれた泉のほとりに咲く小さな花には癒しの効果がある。傷薬の材料になるので、冒険者はその花をギルドの用意した籠につめて持ち帰り報酬をもらう。季節によってキノコなど、採取対象は変わる。


「やったらめったら♪ ノリでいけ♪」

「なんとかなるさ♪ どっこいしょ♪」


 ……などと、から元気を出してはいるものの、俺たちには肝心の採取用の籠がない。


 もうひとつの報酬方法。それが――、『恋人限定☆試しのダンジョン』への挑戦だ。


 挑戦者には、どちらかの首にネックレスのような痣が現れる。わずかに発光するらしい。その印をギルドに見せるだけで、数ヶ月は遊んで暮らせるほどの報酬が支払われるという。


「扉があったぞ」

「えっ、早っ!」


 ダンジョンに入ってすぐに、『恋人限定』と書かれた木製の看板の指し示す脇道を見つけた。そこから進んですぐだ。『試しのダンジョン』なる通称はあとからギルドが名付けたらしい。内容は「扉を開けば、愛が試される」――ただ、それだけ。


 と、聞いていたものの……。


「扉しかないな」

「うん。やっぱり怪しいよね」

「お前が酒飲んで酔っ払ってカジノで借金さえこさえなければ……」

「あはは、言いっこなしだよ。親切な人が肩代わりしてくれたじゃん」

「まぁな。このダンジョンに入るまで見張られてたけどな」


 大金をコイツが賭けて大損して頭を抱えたところで、颯爽と現れたのが、どこぞの親切なカップルだ。


『私たちね、真実の愛を見つけるお手伝いをしているの! 知ってる? ギルドにある依頼。冒険者じゃなくても受けられるし報酬も破格! その依頼を受けてくれたら借金は私たちが返してあげる。恋人たちの愛を試せる、とっても素敵な試練だよ。あの素晴らしさを他の人にも知ってほしくて!』


 男は一言も話さなかった。だがその首には、よく見るとネックレスのような光る痣があり、覆うようにチョーカーもつけていた。


『胡散臭すぎるな。他人の借金を返すメリットがどこにある?』

『私は、みんなに真実の愛に目覚めてほしいの!』


 ディーラーは何かを知ったふうで、より胡散臭さが増したものの……借金は返したい。翌日にギルドで話を聞いてみたところ、危険性はなさそうだったので受けることにした。


「開けるぞ」

「うん」


 塗装の剥げた安っぽい扉。けれど、触れた瞬間、ぞくっと冷たい感触が背筋を駆け上がる。


――開けては、いけない。


 そう、本能が叫んでいる。それを無視して、俺は扉を押し開けた。


「うわぁ、これ部屋だね。本当にダンジョンの中なの?」

「……別の場所に繋がってないか? 壁もゴツゴツしていない。まるで完全な室内だ」

「え、すごい。お風呂まである! これ、何日も泊まれちゃうよ。あれっ、ご飯まで転送されるらしいけど、なにその魔法! あ、でも七日目が限界だって」


 アレッサがはしゃぎながら部屋を探索する中、俺は壁に掛けられた額縁の文字に目を奪われた。


『真実の愛』


 そのタイトルの下には――。


「嘘……だろ……」


 指先が震える。背後にあるはずの扉を振り返るも、そこにはもう何もない。


 冷たい絶望に立ち尽くす。


「楽しい呪いなんて……あるわけがなかったんだ」


 アレッサも気づいたようだ。

 一瞬で顔面蒼白になり、その場に崩れ落ちた。


『期限は七日。どちらの命を捧げるか、決めたらこちらの剣をお使いください』

『命を失う方には首に一本の紐と三十粒の光の痣が現れ、一日一粒消えていきます』

『解呪の手段はただひとつ。三十日以内に、代わりとなる恋人をこの部屋に迎えること。その時点で首の痣は消えます』

『この仕組みを口外することはできません』

『一度訪れた者は、二度とここへ入ることはできません』


 ――あのカップルは、身代わりを探していたんだ。


『恋人のために命を捧げられますか?』


 ネックレスのような痣は、球がいくつも連なっているように見えた。一日ずつ球が消えていき、ただの紐のようになったなら……そのまま首がゴトリと落ちるのだろうか。


 さっきまで陽気に歌っていた俺たちの間には、今はもう重たい沈黙しかない。


 ♣


「こんな、ことって……」


 激しい心臓の鼓動を落ち着かせるために深呼吸しようとするも、上手くいかない。


 脱出手段があるなら、これまでこの部屋に囚われた誰かがとっくに見つけているはずだ。俺たちだけが偶然に突破口を見つけられる可能性は――低い。


 くそっ、あのカップル。最初から俺たちを身代わりにするつもりだったんだ。


「ねぇ、ルーク」


 無表情でアレッサが立ち上がった。


 しまった。目の前の状況を呑み込むのに精一杯で、ショックを受けているアレッサを気遣う余裕を忘れていた。


「おう、大丈夫だ。まずは脱出口を探そう」

「この剣、どうやって使うんだろうね。あの人たち、傷もなさそうだったし。切りつけるんじゃなくて……強く念じるとか?」

「お、おい! 触るな!」


 思わず声を荒げた。


 アレッサの手から短剣を奪い取り、そっと台座へと戻す。漆黒の木製の台座に据えられたそれは、鞘に収まっているというのに、触れただけで骨の髄まで凍りつくような冷たさが伝わってきた。


 ――呪いの剣だ。


「私、呪われてあげよっか?」


 あまりにも軽い口調で放たれた言葉に、血の気が引いた。


「はあ!?」


 アレッサは、ふわりと笑った。


「私、別に生に執着ないし」

「駄目だ!」


 俺は即座にもう一度剣を取ろうとするその手を押さえつける。


 アレッサは家出少女だった。

 俺と旅をするようになってからは、ずいぶん明るくなった。けれど――あの頃の傷は、まだ癒えていない。


『なんでもするから私も旅に連れてって』

『男にそんな言葉を使うな。何されても文句は言えないぞ』

『毎日、両親に家畜以下だって罵られるの。なんの利益ももたらさないから、家畜の方がずっとマシだって。私、不器用だから。迷惑ばっかりかけるから。お願い、もうここにいたくないの』

『もっと酷い世界はいくらでもある。男によっては簡単にお前を売るぞ』

『あなたならしない。絡まれてた女の人を助けていた、あなたなら』

『……見ていたのか。でもな、女と旅して何もしないほど無害な男じゃねーんだよ、俺は』

『なんでもするから』


 そんなこんなで押し切られ、「両親の許可を得られたら連れて行く」と約束してしまい――、子沢山なこいつの両親は簡単に娘を手放した。


『食い扶持が減るなら都合がいいわ』


 最後のあの母親の言葉が、重く深く鋭くアレッサの心を抉った。


「俺が背負う。脱出する方法が見つけられなかったら、俺が呪いを背負うから」

「ルーク……。でも、私のせいでここに来たんだから、責任はとらせて」


 そう言って、また手を伸ばそうとする。アレッサは、きっかけがあるとすぐに何かの犠牲になりたがる。自分の存在に意味を見出したいのだろう。


 まずい。このままじゃ、本当にアレッサは――。

 

「だ、大丈夫だ。ほら、この呪いをなんとかできたらさ、今後ここに来るカップルも救えるはずだ。いや、そもそも来なくても済むようにしよう。何か糸口を見つけよう。な、短絡的に考えたら駄目だ。だから……そうだ、今後の犠牲者を一人も出さないようにすることを考えよう」


 しどろもどろになってしまう。焦りすぎて、うまく言葉がまとまらない。


「ルーク……ふふっ、やっぱりルークって優しいね。すごいな」


 まったくすごくない。今後の奴らなんて、どうでもいい。アレッサの自傷行為を止めたいだけだ。


「あ、そういえばさ。あのカップルの男の人、変なチョーカーしてたよね。あれも何か関わってそうな気がする」

「あー……、そうだな」


 アレッサはそう言って、部屋にある家具の引き出しを開け始めた。少しでも前向きになってくれたなら、それでいい。


 ……あのチョーカー、なんか見覚えあるんだよな。


「うわぁ、いっぱいある!」

「へ?」


 アレッサの手元を覗き込むと、引き出しの中にジャラジャラと大量のチョーカーが詰め込まれている。あの男がしていたのと同じだ。中央には深い碧色の宝石がはめ込まれ、周囲には刻印のような文字が彫られていた。


「日付だな。今年なのかは分からない。こっちはメモ用紙か。『どこかに置いてきてくれ』……?」

「ここに来た誰かが残したのかな……。あ、呪いの詳細を口外できなくても、次にここに来そうな恋人たちに何かを託すことはできるもんね」


 あのカップルみたいに『真実の愛の記念品を用意したの!』のような理由でも考えて託したのだろうか。


「身代わりが来なくても、このチョーカーをしておけば死なないのかな」

「それは、分からないが……あ!!!」


 脳裏に、昔読んだ奇妙な絵本がよみがえった。絵が不気味で覚えている。主人公は、なけなしの自分の首に、碧色の宝石がはまったチョーカーをつけていた。これと同じ形だ。ギルドにもなぜかその絵本があった。


 ――主人公は生きてはいたものの、首がなかった。


「どうしたの? ルーク」

「読んだことがある」

「へ?」


 きっとあれは、同じ経験をした者が残したヒントだ。チョーカーを託した本人かどうかは分からないが、命は救われるかもしれない。


 だが――。


「首にこのチョーカーをした主人公が、呪いを受けて首なしとして生き続けた絵本だ……」

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