C-2グループ
天気を読んだだけですが、名軍師として迎え入れられました。
今、私は大勢の軍勢がぶつかり合っているところを丘の上から見ている。
先ほど放たれた火が敵の背後を突く。これで彼らは逃げ場がなくなり、火に飲みこまれるか目の前の敵に殺されるしかないだろう。
こちらに来る前、地球上でも戦争はあちこちで起こっていて、多くの人たちが亡くなっていることは知っていた。
けれど、こうやって肉眼で見ることになるとは思わなかった。しかも私の一言で人の命が簡単に奪われるなんて、怖いことこの上ない。今まで異世界に転生、もしくは転移してきた勇者たちは、どんな気持ちで戦いを仕掛けて来たのだろうか。
下から巻きあがる熱風と土埃は、無情にも簪でまとめられた私の髪の毛を掬いあげる。
こちらに来て丸一日洗っていないからか、それとも私が手を出してはいけない領域に手を出してしまったからかわからないが、今までとは違う香りが私の髪から漂っていた。
「うまくいきそうだな」
「はい。彼女が言ったとおり風が強く吹いているようで、どんどん火の勢いが強くなっていきます」
「そうか」
「攻略に苦労したあの平原をようやく一掃できますね」
「ああ」
目の前にいる銀髪の男と茶髪の副官さんのやりとりに、胸を撫で下ろす。とりあえず首の皮は繋がったようだ。
「リヒト、とりあえずこの女になにか飯でも与えろ」
「アサミさん、よかったですね。天幕に戻りましょう」
「あ、はい」
銀髪男は私なんか見ず、あとは頼んだと丸投げして、どこか、べつのところに行ってしまった。銀髪男もとい、ゲラルトさんの相変わらずの態度に腹が立ったが、それでも生かしてもらえるだけでも、ありがたい。
茶髪の副官さん、リヒトさんに付いていくと、天幕の中にはすでに食事が用意されていた。
この世界に来てはじめて簡易的な椅子に座らせてもらえた私は、ふうとため息をついてしまう。
「いきなり首を刎ねろなんて言われて、生きた心地がしませんでしたよね」
私の気持ちに気づいたのか、リヒトさんに穏やかにそう言ってくれた。
「はい、まったくです」
「すみませんね。ですが、我がライジーナ王国とウィンゼ王国の戦場のど真ん中に落ちてきたアサミさんを敵ではないと断言するのはできなかったからで」
「それはわかっていますよ。でも、さすがに首を刎ねろは言いすぎじゃありませんか!?」
そう。私、
肌寒い未明、道のど真ん中に落ちていたなにかに足を滑らせてからの記憶がない。
ツッコミどころ満載だろうが、実際にそうなんだよ。
できることならこの地球の文明と違う世界からさっさとおさらばしたかったけど、セオリーを踏むならば無理だろうと思っていたときに出会ったのが、ライジーナ王国の将軍であるゲラルトさんとその副官のリヒトさんだったのだ。
リヒトさんのほうは最初からただの迷子だと思って助けてくれようとした一方で、ゲラルトさんにいきなり首を刎ねようとされた。
「それは仕方ないですよ。むしろ、本当に刎ねなかっただけ、よかったと思ってください」
「え゛……」
「昔、ゲラルト様と仲が良かった方が同じようにあなたのような迷子の少年を拾ったのですが、その迷子、じつは敵方の工作員で」
「その方はまさか……」
「ええ、亡くなりました。文字通り内側から腐らせられて」
そうか。だから、か。
戦場にしては美味しい食事だけど、これ以上、喉を通りそうにない雰囲気になってしまった。
「でも、アサミさんが天気の変化について詳しいとは。元の世界ではだれでも知っているのですか」
「知っている人は知っているでしょうけれど、たまたま私は気象学を学んでいたので、ある程度、天気を読むことができた、というだけで」
急な話題転換だったけど、リヒトさんなりの配慮かな。
ま、気象学という言葉さえ、日本ではマイナーだろうだけどね、と泣きたくなる話題でもあるが。
「テンキヲヨム、ですか。それに聞いたことがないですね、キショウガク、という言葉も初耳です」
おもわず唖然としてしまった。
この世界には天気を読む、という概念さえないのか。
だから私がああ言ったとき、全員、なに言ってんだ、こいつという冷たい視線で見てきたのか。
これで、その反応が理解できた。
「そうですね。天気を読む、とは『太陽が沈むときに空がオレンジ色になっていたら、明日は晴れる』とか『朝に虹が出ていたらすぐに雨が降るとか、ツバメが低く飛んでいても雨が降る』というように、天気の移り変わりの前に起こる、自然現象のことです。そして、気象学とは私がいたところ、地球というところ全体で、長い目で見たとき、どう気候、天気や気温、湿度といったものが変化する理由を科学的に理由を考えたり、それを未来に役立てたりするための装置を作る学問のことですね」
「なるほど、そんな学問があるのですね。さぞかし学ぶのが大変だったのでは?」
リヒトさんの指摘は、痛いところを突いてきたものだった。
「そうかもしれませんね。でも、もともと気象学を学ぶつもりはなかったんです。本当はお医者さんになろうと思っていたんですけど、その専門の学校に力不足で入れなくて、しょうがなく。やりたいことじゃないから漠然と勉強してましたが、それでも最近はだいぶ理解してきたからか、楽しくなってたんですよね」
「それなのにこんなことに」
「はい、まったくですよ」
研究の内容上、あちこちに飛ばされるので、非常に人気がない我が研究室。毎年定員割れするわ、辞めていく人も毎年かならず出る。もちろん中にはやる気のある人も入ってくるのだが、そういった人ほど大学院へ内部進学するシステムはあるのに、外部進学していく。
そんな過疎研究室に誕生した、初の大学院生である私は教授に大歓迎されたのだが、残念なことに異世界に飛ばされてしまった。
「で、あなたは先ほど、あの山のほうから風が強く吹くんじゃないかと言っていましたけど、どうやってそれを
まあ、そうだよね。
気象学という言葉や天気を読むという概念がないんだから、なぜ予測できたか説明しなきゃね。
近くにあった枝を取って、ここの地形を地面に描いた。
「敵が陣取っていた山。ここの頂上に雲が出ていました。こちらは笠雲といいます」
これだけでも雨は降ることがある。でも、私が気になったのはべつの雲。
「ランプが吊るされたような形の雲、吊るし雲が平野側にあったんですよね。このとき、より山のほうから湿った風が流れこむことが多いんです。だから『今ならばあちら側から、強い風が吹いている』って言ったんですよね」
もちろんこれはあくまでも予測なだけ。
確実ではなかったから、実際に強い風が山のほうから吹いてくるまで正直、冷や汗が止まらなかった。
「まさかお前に、未来予知する能力があったとはな」
「いやぁ、私はあくまで予測しか言えません。確実なことは無理ですよ……って、え、えぇ?」
いつの間にか背後にゲラルトさんがいて、気づかずに普通に返していた。
「お前、この軍の指揮を取れ」
「はぁあ?」
「ほかの者たちも、お前がライジーナ王国の軍師として、加わることに賛成している」
「待ってください、ゲラルト様」
なぜか、私の知らないところで、話が進んでいるのは、気のせいだろうか。いや、気のせいじゃない、な。
ストップかけられそうな人は一人しか見当たらない。あとは任せたぞ、リヒトさん。
「それはいくらなんでもやりすぎですよ。アサミさんはただ、この世界に落ちてきて、たまたま予想が当たっただけです。それなのにすべてを押しつけるのは、無茶というものではありませんか!?」
「いや、落ちてきたわけないだろう。これを見ろ」
私の気持ちを代弁してくれてありがとう。心の中で盛大な感謝をするが、ゲラルトさんが机にどさっとおいたものを見て、おもわずなんだこれと言ってしまった。
「これはこの女の鞄に入っていたものだ」
なにがどうなって、
「東国の言葉で書かれていますね」
「そうだ。これは東の大国、
その私が大学で使っているはずの参考書がなぜか見知らぬ文字で翻訳されている。しかも、私はそれを
ゲラルトさんの独断場に冷や汗が流れる。リヒトさんもツッコむことができないようだ。
まあ、だろうな。
「ライジーナ王国の軍師として、ウィンぜ王国との戦争に勝利せよ。嫌だと言うならば、この場で、首を刎ねる」
「指揮なんて、できっこありません」
「そんなこと知るか。ただひたすら勝利に向かって策を立てろ。一回でも勝利できなかった折には、すぐさま命で償え」
……えーっと、ごめんなさい。
私の生殺与奪の権利はこの人に握られているのは、重々承知していましたが!
天気を読むことだけで、勝利に導くことはできるはずなんてできるわけないんですが!
でも、一秒でも長く生きるにはそうするしかないヨネ!?
私、地球上でなにか、しでかしてましたかね!?
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