あなたと出会わなければ……

初めて見た時、息が止まるかと思った。


日本人離れした……というよりは人間離れしたという表現の方が正しい整いすぎている顔立ちは、思わず触れてしまいたくなる様な魔力を秘めていた。

雪の様に白い肌も、世界を冷たく見やる氷の様なアイスブルーの瞳も、神が造形したと言いたくなる整った顔立ちも、それらを包み込む限りなく色素が薄い透き通る様な金色の髪も。

昔、私が両親に欲しいと強請ねだったフランス人形の様だった。


可愛いとか、美しいとか。そういう感情を抱くよりも前に欲しいと思った。

絹糸の様に流れ落ちている髪を触ったらどの様な感触がするだろうか。

綺麗なドレスを着せて、可愛らしいアクセサリーを付けて、着飾った姿を見てみたい。


今、着ているような……どこにでもあるセーラー服では無く、彼女だけの服をオーダーメイドの服を……。


由希子ゆきこ由希子ゆきこ!」

「は、はい! お母様!」

「何を放心しているのですか! 一条家の人間としての自覚を持ちなさいと、いつも言っているでしょう!?」

「っ! 申し訳ございません。お母様」

「まったく。ただでさえ汚らしいドブネズミが家に入り込んでいるというのに、貴女まで面倒を起こさないで頂戴!」


八畳しかない狭い和室の中でお母様のヒステリックな叫び声はよく響き、お母様の正面に座っているお父様の肩がピクッと震えた。

しかし、お父様の隣に座っている少女は少しも変化を見せない。

それが余計に彼女を人ではない物にしている様でもあった。


「まぁまぁ。落ち着いてくれ。佳奈子」

「これのどこに落ち着ける要素があるのです!? こんなみすぼらしい娘を一条家に入れて!」

「ハァ……」

「あなた!」


あぁ、と私は目を伏せた。

怒りに任せて暴走しているお母様は気づいていないが、お父様の雰囲気が変わったのだ。

酷く冷たい目でお母様を見やるその目は、まるで使えなくなった道具を見ている様な物で、少女とよく似た目をしていた。


「黙れ、と。僕は言ったんだけど、聞こえなかったのかな」

「っ!」

「一条、一条と騒がしいが、君は所詮この一条家に嫁入りしてきただけの人間。部外者だ」

「し、しかし、私は由希子を」

「男を埋めなかった女が何か意見出来ると思っているのか?」


お父様の冷たい目と言葉で、お母様は完全に言葉を失ってしまい、膝の上で両手を強く握りしめて震える。

怒りか、悲しみか……憎しみか。


「まぁ良い。僕はそこまで血筋という物に興味は無いからね。由希子で優秀な男を引き込む事が出来れば、まぁ、お爺様達も納得するだろうさ」


お父様は指でテーブルを叩きながら、酷く怖い顔をして笑みを深めた。

どこを見ているのか分からないが、あまり良くない事を考えているのだろうという事は良く分かる。

そんなお父様を見ていると、私は思わず右後ろにある扉から外へと飛び出したくなるのだ。

しかし、この場から逃げる事は出来ない。

私が一条家の人間である限りは。


「しかし、由希子が良い男を捕まえられなければ……先ほどの話は無しだ。お前たちは一条家から出ていけ」

「そ、そんな! それでは一条家の血は」

「君ごときが心配する必要はないが、佐奈さなには間違いなく僕の血が流れているよ」

「っ!」


お父様の言葉に、お母様の顔が怒りに染まる。

だが、お父様に冷たい視線を向けられ、お母様は再び顔を伏せてしまった。


「話は以上だ。由希子。佐奈は来月からお前と同じ学校に通う。準備を手伝ってあげなさい」

「……はい」


私はお父様の怖さに俯いたまま返事をしてしまった。

しかし、お父様は特に何かを仰る事もなく、そのまま部屋を出て行ってしまう。

続いてお母様もよろよろと立ち上がって部屋を出て行った。


残されたのは私と、佐奈という名前の少女だけ。


「あ、あの」

「……なに?」

「その、えと。ま、まずは自己紹介をしましょうか。私は一条由紀子と申します」

「佐奈」

「え、と……はい」


淡々と何の感情も見せないまま呟かれた名前に、私はただ頷く事しか出来なかった。

心の底から私に興味がないのだと全身で示している。

しかし、それでも折れたくはなかった。

私は、彼女と仲良くなりたいのだ。


「さ、佐奈ちゃんは!」

「佐奈で良い」

「あ、はい。その佐奈は、何年生になるんでしょうか」

「知らない」

「知らないって」

「私はずっと家に居たから、何年生とか、知らない」

「え……なんで」

「学校なんて知らなかったから。勉強とかは家でやってたし」

「そ、そうなんですね」

「だから……」


不意に、私から外れていた視線が私の方に向いて……佐奈ちゃんと視線がぶつかった。

瞬間、胸が締め付けられる様な息苦しい感覚に襲われる。


「これからよろしくね。お姉ちゃん?」


薄く口元を引き上げて笑う佐奈ちゃんに私は意識がのみ込まれるような感覚を受けた。

まるで悪魔と出会ってしまった修道女の様に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る