10日後に死ぬ女の子の話

「俺、やっぱ種田たねださんのこと好きだわ」

「……ふぇ?」


 それは、梅雨の貴重な晴れ間。

 空気が湿っていて、太陽までもにじんでいるような日のこと。

 何の変哲もなく過ぎていって、また1週間始まっちゃったなぁなんて言うだけになるはずだった、普段と何ら変わらない月曜日。

 わたし──種田たねだ亜茶妃あさひにとっても、そんな風に、ごくごく当たり前の1日として過ぎていくはずだった。


 ……だったんだけど。


 放課後の教室で突然、クラスメイトの林原はやしばらくんがそんなことを言い出した。急に、何の脈絡もなく。ていうか林原くん、いたの?

 もう、いろんな意味ですごくびっくりした。思わず職員室に出しにいく学級日誌をその場に落としてしまうくらい──、あ、拾ってくれた、ありがと。

 でも、え、えぇ??


「えっと……な、なんで?」

 わたしが返せることと言ったらそれくらい。だって、林原くんは他の男子と一緒でもわかるくらい輝いていて、もちろんひとりのときだってお日様みたいに眩しくて、あとわたしにも分け隔てなく優しくしてくれる……そんな、童話の王子さまみたいな人なのに。

 それに比べてわたしなんて、地味で目立たなくて鈍臭どんくさくて……友達を呆れさせてしまうこともしばしばで。なんというか、こう、自分でも好きになれる要素が見当たらないくらいなのに。

 だから──


「ええとええと、あのあのあのね、そういうことあんまり簡単に言っちゃうのってどうかと思うんだ! わ、わわわわたしみたいなの好きなんて、なんか、なんかそのちょっとほらえっとあのその、あたおか、えっと」


 ああああああああああああああ!!

 どうしようなんかわたしすっごい失礼な言い方しちゃったかも!!? どうしようどうしよう、別に好かれたいわけじゃないいやいや嬉しくないわけじゃないんだけどとにかくでもいきなりそんなこと言われて混乱するっていうかでもでも敢えて嫌われるような言い方なんてする必要ないよね! ないよねわたし!?? どうしようどうしようあわわわわわわわ


「種田さん……?」

「あわわわ、ごめっ、ごめんなさい! え、えぅ、あの、うぅぅあぅ、ごめんなさぁーい!」


 頭ん中グルグルする!

 つい教室から逃げちゃったけど、どうしよう!

 ほんとわたし何してるの、どうしよう、どうしよう……せっかく好きって言ってくれたのに嫌われちゃったかな? でも好きって言われても困るし……でも嫌われたくなくて、うわわわ、グルグル止まんない!

 顔が熱くて、心臓がドキドキ跳ねて。


 日誌を出し忘れたことに気付いたのは、家のシャワーで火照った身体を冷ました後のこと。

 ど、どうしよう!!


 目の前が暗くなるような感覚のなか、日誌と連動するように放課後の林原くんのことまで思い出してしまって。


 あぅあぅ~。

「うぅ~、どうしよう…………」

 なんだかいろいろ混乱して、小さく声を漏らすことしかできなかった。その後お姉ちゃんから『すっごいのぼせてるよ!?』なんて心配されたけど、違うよ、そういうんじゃないんだ……。


 ご飯食べても、クッキー食べても、メンタルーエナジー飲んでも、なんだかいつものわたしに戻れなくて。


「うぅぅ、寝れないよ……」

 窓の外をビュンビュン走る車の音を数えながら、その日の夜は更けていった。


   ● ● ● ● ●


種田たねだ、ちょっといい?」

「……ほぇ?」


 朝、登校してすぐのこと。

 昨日からずっと心臓が騒ぎっぱなしで疲れたから、本でも読んで落ち着こうと思って『椿姫』を読み始めたとき、突然声をかけられた。

 顔を上げると、そこにいたのはクラスメイトの正岡まさおか雲雀ひばりさんだった。正岡さんはいつもみんなに囲まれている人気者で、すごくキラキラした美人さんだ。今まで芸能事務所にスカウトされた回数は10を超えてるらしくて、本人よりも正岡さんの友達の方がすごく嬉しそうにしているのが、このクラスの日常風景だ。


 そんな正岡さんが、友達何人かと一緒になってわたしをじっと見ている。あぅ……なんか怖い顔してる?

「ぁ、あのあの、わたし本を……」

「本とかいつでも読めるじゃん。いいから来なよ」

「ぁう゛ぁあっ……!?」


 腕を強く引かれた拍子に、手から本が落ちる。慌てて拾おうとしたけど間に合わなくて、床に落ちた本がそのまま正岡さんの友達に踏まれてしまう──あ、ごめん、なんて何気なさそうな声ですぐ足をどけてくれたけど……酷いよ。

 埃を軽くはたいて机の上に乗せられた『椿姫』の表紙には、うっすらと足跡がついてしまっていた。大事に読んでたのに……。


「よし、泊まったね。ちょっとで終わるからさ、来てよ、早く」

「うぅっ!」

 射竦いすくめられるような目付きでわたしを見てから、どこかへ行く正岡さん。仕方なく付いていくと、行き先はトイレで。


「あのさぁ、林原はやしばらに何したわけ?」

「え?」


 周りを囲まれて逃げられないようにされてから、正岡さんに問い詰められてしまう。その目は、今まで見たことないってくらい鋭くて、怖かった。

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