第22話 病院

 王立病院は、ギルドから歩いて20分くらいのところにある。全3棟からなる国内最大級の病院で、王城と同じ魔導レンガで建てられた外装は固さと明るさを共存させている。


「お、お腹すきました……」

「飯食っててもいいぞ。小遣いは渡す」

「ふぇ? い、いえ、それは悪いので……それに、クロトさんのお父さんには、お挨拶をしておかないと」

「なんでだ?」


 そんな必要はないと思うのだが……。ただ、俺の疑問が聞こえなかったのか無視したのか、ニフェルは足を止めることなく本当の中へ入っていってしまった。


「まあいいか」


 扉を開いて院内へ。日中も多くの人が往来しており、順番待ちをする老若男女が椅子に掛けている。それを横目に受付に向かい、面会を申請する。

 親父の状態はそこまで悪くないらしく、すぐに許可が下りた。


「お父さんはどういった病気なんですか?」

「別に、年なだけだと思うぞ。体が思うように動かなくって、力が抜けるんだと」

「それは……大変ですね」

「どうだかな。特段気にしてる感じもしないんだよな、あれで。親父はいろいろ適当だから」

「いえ、そうではなくて」

「ん?」


 ニフェルはどこかひきつった笑みを浮かべながらこちらを見上げた。


「クロトさんが、です。5年前って、私と同じくらいですよね。夢を諦めて、お父さんの看病をして……。尊敬します」

「……別に大したことでもない。看病は全部病院に任せきりだからな」

「医療費だってバカにならないでしょう?」

「フリーターやっててもまかなえる」

「ずっと、そうするわけにはいかないんですよ?」

「……」


 どうにも痛いところをついてくるな。実際、このままだと俺は、ずっと同じような日々を過ごすことになりそうだ。

 ろくな資格も技術もなく、誰にでもできるような単純労働をして日々の生活を賄う。


「部屋に貯蓄は無かったですよね。貯金だって無いんじゃないですか?」

「……」

「こんな子どもにって、思うかもしれないですけど。私、知らなかったんです。同じような年なのに、そんなに大変な思いをしている人がいること。私、何不自由なく生きてたんだなって思います」

「自慢のつもりか」

「そ、そうじゃありません! そう聞こえてしまったら、謝ります。その、すみません」


 足を止め、頭を下げた。歩き続ける気にもなれなくて立ち止まる。ちょっとだけ、周りからの視線が痛い。


「冗談だ。頭を上げてくれ」

「……だから」

「ん?」


 背を向けようとして、出来なかった。顔を上げたニフェルの視線が、あまりにまっすぐ俺の目をとらえていた。


「だから、もう1度だけチャンスをください。今回の件が解決して、まだ時間が余っていたら。……私ともう1度だけ、ダンジョンに潜ってくれませんか?」

「はぁ?」


 思わず声が出た。ぽっけに突っ込んでた手が、それでも支えられないくらい力が抜けた。


「何を言い出すかと思えば、お前は――」

「お願いです。無理強いはしません。ただ、真面目なお願いだってことは、分かってほしいです」

「……そうか。覚えておく」


 ほんと、調子が狂う。病にあふれたような場所に、長居するのは好きじゃない。俺にまでうつりそうだ。

 15歳の子どもに何言われたって、気にする必要なんてないと、頭では分かってるつもりなんだけどな。


 どうしようもない体の重さを引きずって、親父の病室まで向かった。親父の症状はそこまで珍しくなく、個室ってわけじゃない。相部屋だということを伝えて、ニフェルに静かにするよう言ってから扉を引いた。


 中には、親父しかいないようだった。


 それが分かったのは、ベッド同市を遮るカーテンが全開になっていたから。窓も全開で、扉を開けた瞬間に風が吹き込んできた。なんだか、異様に静かだった。


「ん? おお、クロトリニスじゃないか。なんだ、彼女でも紹介しに来たのか」


 扉を開く音が聞こえたのだろう。俺たちを見つけた親父は、開口一番そんなことを言ってきた。


 もとは俺と同じく黒髪黒目だった、今では白髪が目立ち始めた中年。冒険者やってただけあって体格はいいが、最近はだんだん細くなってきた。活気のない目と、張りのない声がますます目立ってる。


「俺はロリコンじゃない」

「ロっ⁉ だ、誰がロリですか!」

「ははっ、仲がいいんだな。見たところ、冒険者仲間か?」

「そんなとこだ」

「そうか。……よかったな」


 朗らかで、優しい笑顔だ。今まで見せたことがないような。

 

 いつだって、親父は厳しくたくましかった。俺に何を言う時も厳格で、教育だって容赦はなかった。そんな親父が浮かべる笑みを、気味が悪いと思ってしまうのは、おかしなことじゃないはずだ。


「それで? 今日はどうしたんだ。今月の見舞いはもう済んだだろ」

「聞きたいことがあってきたんだよ」

「なんだ。結婚の相談なら、俺にされても分からんぞ」


 茶化すように、ごまかすように浮かべた笑顔に、どうしようもない怒りが湧いてくる。


 ああ、そうだろうさ。お前に結婚の話なんて慕って、何も分からないだろうよ。

 孫の顔が見たいだなんてわがままを言い始めたら、それこそ一発引っ叩いてやる。


「単刀直入に聞く」


 そう前置きし、置かれている椅子に目をくれることもなく、俺は問い詰める勢いで言う。


「俺のランクを上げさせたの、親父だろ」

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