第23話 親父
「……どこでそれを?」
一瞬驚いたような表情を浮かべた後、親父はすぐに目を細めた。昔を思い出させる、厳格な目つきだ。
「聞いたわけじゃない。予想してただけだ。鎌にかかったみたいだけどな」
「クロトリニス、お前!」
「今日はな、文句を言いに来たんだ。昔みたいに叱りつけられるつもりはない」
自分でも分かるくらいイラついている。欠陥が浮き出てるんじゃないかってくらい頭が熱いし、無性に力が有り余ってるような感覚がする。
ニフェル、やっぱり連れてくるんじゃなかったかな。
「だいたいのことは想像がついてる。元Aランク冒険者の親父は他人のランク昇格をギルドに推薦できる。俺が冒険者になってすぐ申請され、ペアパレードの功績もあってそれは承諾された。……自分の体がもうよくないのを分かって、俺に施したつもりか?」
「違う。お前にはそれだけの才能と実力があると確信していた」
「なら、どうしてそれを俺に言わなかったんだ」
「……お前には関係のないことだ」
舌打ちが出た。開け放たれた部屋で、乾いた音はすぐに消えた。
「知ってるはずだ。そのせいで俺がどれだけの嫌がらせを受けてきたか。聞いてないはずないよな。親父は街に山ほど顔見知りがいるんだから。そのうえで、俺の嘘を信じるふりをした」
「何のことだ」
「何が、冒険者としてうまくやってる、だ。俺はペアパレード以降、一切冒険者として活動してこなかった。その原因を作ったのが自分だってわかってて、何も言わなかったんだよな?」
ニフェルがこちらを見上げてくるのが分かった。
ああ、そうさ。俺はずっと親父に嘘をついてた。何もかも順調だ。うまく冒険者として成功して、ちゃんと稼げてるって。
でも、考えてみればそんな嘘、5年も通せるほうがおかしいんだ。親父の見舞いに来る人は冒険者仲間ばっかり。その中には現役だっている。俺が活動してないことくらい、筒抜けのはずだ。
「なんで余計なことをした。親父には、俺がうまくやれるようには見えなかったのか。Bランクになることは夢のまた夢で、だからせめてって、思ったのか」
「違うと言っている。私は何も知らない」
「そんなに力不足か? 努力不足か? 放っておけなくて、心配しきれないくらいにろくでもない子どもか? ああそうさ。俺は冒険者としてまともな経験を積んでいない。周りの奴らの実力だって推し量れない。自分が上位者だって自負? あるわけないだろ」
だから剣術を学ぼうとした。少しでも周りとの差を埋めるために。世間を知って、成長しようと努力した。
「俺は確かにガキだったさ。けどな、やる気だけはあったんだよ。親父はそうは思えなかったのかもしれないが、何年かけてでもAランク冒険者になってやるって心に決めてた。そんな決意が何だ。たった1度の冒険で終わった。親父が付けた足かせが邪魔したんだよ」
「……」
「だんまりかよ」
いつだってそうだ。都合が悪くなれば黙り込んで、睨みつけてくる。それで俺が大人しくなると思ってる。いや、実際そうだったさ。
けど、もう違う。立派とは言えないまでも大人になった。病人の親父にくらい喧嘩で勝てるようになった。もう、そんな目線に怯えることはない。
「俺はな、謝れって言ってるんじゃない。理由を聞きたいだけだ。どうしてあんなことをした。どうして、俺の夢を奪うようなことを!」
「ク、クロトさん!」
思わず、親父の方を揺さぶっていた。そんな俺をニフェルは止めようとするが、掴んだ手の力は、もう自分の意志で緩められなかった。
親父の視線と、真っ向から見つめあってしまったから。
「……お前には才能があった」
「は?」
「俺をはるかにしのぐ才能だ。大人を優に超える空間把握能力、探知の制度、伝達の正確性。母さんに似て感情掌握も得意だった。俺は怖くなったよ」
「何を言ってる……?」
聞いたことのない話だ。
俺に才能? 感情掌握? それに、母さんに似てって、どういうことだ。
「お前は魔力に伝わる感情に敏感だった。感情に魔力を伝える才能も頭一つ抜けていた。攻撃の意志、敵意、協力の意志、防衛本能。そういう、心の中で完結するはずの感情すら読み解き、相手の次の動きを予測した。……お前が力ない者と組んだ時、組んだ相手は混乱することになる。自分の意志さえ上書きされ、身体を操作されるような感覚にな」
「……は?」
なんだ、それは。俺にそんな力があるのか? いや、そんなわけはない。そんなことは、1度だってしたことがないはずだ。
ない、はずだ。
なぜか、5年前、オリヴィエが目にもとまらぬ速さでツヴァイアサシンを打ち払った時の光景が頭に浮かんだ。
あの、圧倒的な実力を見せつけられ、思わず感嘆してしまった光景を。
「オリヴィエ・イェーラとは知り合いだった。ペアは十中八九彼女になるだろうと予想していたし、実際そうなった。そして後日、感想を聞いた」
その先を聞きたくないと思ってしまった。今すぐに親父の肩から手を放して、耳を塞ごうと思った。
なのに、手は動かなかった。
「曰く、クロトリニス・ファリアは、オーニス・ファリアとすら格が違う、正真正銘の化け物だったそうだ」
親父の浮かべた苦笑いが、嘲笑のように見えてしまったのは、気のせいじゃないはずだ。
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