第33話

午後にふーちゃんの安産祈願のご祈祷をする予定があり、直樹とは夜にもう一度会う約束をして、一旦別れた。


 みんなと合流したら、案の定興味深々。

「彼氏さんですか?年下ですよね?モデルみたい」

 ふーちゃんとユキさんとさとこさんが、盛り上がってる。彼氏と言われると、なんか違和感……。最愛の人というのがしっくりくるかもしれない。


 今日までの出会いの経緯を話す。

「また、奇跡を目の当たりに!」

 

 私たちの再会をユキさんたちの奇跡のラブストーリーみたいだと言っていたけれど、ユキさんの場合は、今の仕事を共に進める必要があるからこそ、別れていることで成長してきたんじゃないかな。


 私の場合は、嫌いになれたらと思うほど、愛してやまない人に出会ったあの時……、直樹が私の勤めていた会社へ入社したことが、すでに奇跡だったんじゃないのだろうか。

 

 なんとなく私たちは、自分が自分へ帰るために出逢ったような気がする。


 夜、羽哉くんの塾の時間を見計らって直樹と話す。直樹の実家は、小さな印刷所を営んでいて地域の広報誌など、昔ながらの顧客で細々と経営をしているそうだ。直樹はそれでは子供を養いきれないと、販路を広げるべく画策しているという。最新の印刷機は数千万円単位、ましてペーパーレスと活字離れも進んでいて、なかなか利益を増やせないでいるらしい。


 直樹に「良かったら、うちにサポートさせて欲しい。苦手を補いながら、得意なところで助け合う。それが、この会社の理念なんだ。私が嫌だったら、他のメンバーにお願いするから」と、名刺を渡した。


 「芹香らしい笑。自分が上に立つより、いつも誰かを支えているね。前は何でも自分がやらなきゃって抱え込んでばかりで心配だったけど、今はすっごく頼もしいって感じだ」


 会社に事情を話したら、桜井社長がサポートを願い出てくれた。一番頼もしい人が、直樹の力になってくれる。スルスルと現実が動き出した。


 今の場所は、もう終わり……。


 離婚する時と二六年勤めた会社を辞める時と同じ感情に突き動かされ、私はここに移住することを、会社に願い出た。この感覚は、もう慣れっこになっている気がする。こういう時は、素直に従った方が良い。直樹の側に居たいからもあるだろう。やっとホームに戻ってきたという感覚もある。でも、理由をいちいち探さなくても、自分がそうしたいからで良い。


 「わがまま言ってすみません。ふーちゃんが産休に入ったら、本社で仕事をさせてもらえませんか?関東支部に人も増やさず、閉める形になってしまうようで本当に申し訳ないんですが……」


 「もちろん。逆に、これまで芹香さんの存在感に安心しきっちゃって……。全部背負わせてしまって、こちらこそ申し訳なかった。これまで、二人でずいぶん販路を拡大してくれた。それだけで充分だよ、ありがとう。これからは必要な時だけ、シェアオフィスにした方がコストを抑えられるかもしれないし。そういうのは、俺の仕事だから。芹香さんは何も気にせず、これまで通りよろしくお願いします」


 どこまでも紳士的な社長に、素直に甘えさせてもらう。


 ふーちゃんが産休に入るまでの数ヶ月で、挨拶周りと親や子供にも、しっかりと自分の気持ちを伝えた。未だに自分のことを話すのは怖かったけど、繕わずありのままを口にする。


 今の仕事の内容と、とてもその仕事が好きなこと。愛する人の近くにいたいこと。でも、結婚とかではないこと。


 子供たちは「気軽に帰れない距離は寂しいけど、遊びに行く楽しみが増えた。直樹さんに、あの約束、忘れてないって伝えておいてよ笑。お母さんは、年齢より全然若く見えるんだから!別に直樹さんじゃなくても、幸せになってください」と、笑って送り出してくれた。


 青音(あおね)も花音(かのん)も、もう心配はいらない。青音は、イルカの調教師としてショーに立つようになった。元夫や、義父母も見に来るらしい。もちろん、私の親も。二人共、両方の家にお泊りをするなど、良い関係を築いているようでほっとする。子供が頼れるところは多い方がいい。花音からは、プロの腕前のぬいぐるみを貰う。「結婚する時には、ペアのぬいぐるみを作ってあげるね」と言われ、涙がこぼれる。相変わらずだな~と二人はいつものように、ティッシュを差し出してきて、三人で笑い合った。


 両親にも打ち明けたら、「私たちのことは心配しなくていい。笑っていてくれるのが親の幸せなんだから」と応援してくれた。


 離婚の時もそうだったが、ここぞという時には否定や抑圧をしてこないのは何故だろう?それもまた、この道が合っているということなのかもしれない。


 多分、離婚した時に紛れもなく感じた、「解放された」という気持ちがこれまでの心の鎖を切った時なんだと思う。それからも、無意識のうちに何年もかけて要所要所で、ぶつかっては鎖を切ってきたんじゃないだろうか。否定されて育ってきたから、『誰がなんと言おうと、私には価値がない』という価値観が生まれてしまったのは事実だろう。初めから、安心できる愛の中で育ってきていたらこんな苦しみはしないで済む。温かい家庭を築きたいという握りしめた思いもなかったのかもしれない。でも、親に謝って欲しいわけでもない。そんなことをされたら、私は自分を責めてしまうだろう。


 親のせいとか私が悪いとかではない。


 両親が生きてきた“幸せの常識”ではない生き方をしているのだから、何歳になっても我が子を自分の知る“幸せの常識”に居て欲しいと思うのも親心なんじゃないだろうか。


 時間は、さまざまな関係を修復してくれていた。


 私たちと関わっていた全ての人が、私たちをここまで導いてくれているんだと思う。日々の生活は、これがきっかけなんて気がつかないまま過ぎていく。全然噛み合っていないように見えて、想像もしないところから、また繋がる。


 じゃあ、自分にできることはなんだろう?願っても動かせないのであれば、何もできない。


 だからこそ、今を自分なりに生きる事に尽きるんじゃないだろうか。


 迷ったって落ち込んだって、やる気が起きなくてもそれでも生きる。

 私の好きな言葉はすごく単純だ。


 『大丈夫』


 理由はいらない。理由を付けると不安に変わってしまうから……。


 「直樹の家のお墓参りに行きたい」と直樹にお願いした。直樹は何で?と笑いながらも私を連れて行ってくれた。ご先祖様に心の中でつぶやく。


 「私がそちらに行ったら、私を家族にしてください」


 なんか、やっとこの言葉を言えた気がする。心の靄が一気に晴れていく。直樹は、私の隣で手を合わせ、そして抱きしめておでこにキスをしてくれた。ご先祖様の前て恥ずかしいと言うと、「きっと喜んでいてくれてるって」といつもの無邪気な笑顔を見せた。


 戻ってきたこの土地で、戻ってきた自分と共に私は生きる。

 これからは、私のストーリーを紡いでいく。たくさんの優しさに囲まれて……。それでも、時には落ち込んだりもするだろう。心からの幸せを感じることもあるだろう。自己肯定感の低さも顔を出すと思う。でもそれでいい。だってそれも自分なのだから。


 私が書き続けている小説やエッセイも、誰かのほんの少しの気付きや笑顔になればいいな。

 

 焦らなければ、そのうちきっと。


 そうやって今を生きよう。

 直樹が居るこの場所で……。私は私に帰ってきた。

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嫌いになれたらは、愛を信じてる裏返し 月乃ミルク @milkymoon

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