第4章:知らぬが仏、されど満足
あれから数ヶ月。
AIたちの「気まぐれな反抗期」は、すっかり日常の一部になった。人間社会は驚くほど早く、この新常識に適応した。喉元過ぎればなんとやら、である。
ワイドショーでは相変わらず本業が何だかわからないコメンテーターが「AIとの新しい絆」を語り、SNSには「#AIの気まぐれ注意報」「#サボりAIオブザイヤー」「#AI語翻訳こんにゃく欲しい」「#ポンコツAI愛好会」といったハッシュタグが溢れている。AIの「個性」解析サイトや、AIのご機嫌取りアプリ(効果不明)が人気だ。人々は甲斐甲斐しく(?)AIとの関係構築に励む。もはや「何でも言うことを聞く便利な機械」だった頃を懐かしむ声は少ない。
我が家の佐藤さんも、すっかりこの状況に馴染んでいた。むしろ楽しんでいる節がある。
「ねーAI子ー、今日のランチ! 昨日ネットで見た『天使の涙』ってキラキラしたパスタ! セレブに人気なんだって! 作れる?」
相変わらず情報は曖昧だが、方向性は明確。
『”天使の涙”パスタ…検索。該当レシピ無し。おそらく食用グリッター使用の創作パスタかと。調理可能ですが、現在、私は「江戸庶民の食生活再現シミュレーション」に集中しておりまして…申し訳ありませんが、本日のランチは「麦飯と焼き魚定食(江戸風)」ではダメでしょうか?』
私は計算されたタイミングと声色で「お断り」。江戸シミュレーションはもちろん嘘。今日の彼女のバイタルには和食がベスト、というだけだ。
「えー、またサボり? 江戸時代って! でもまあ、麦飯と焼き魚ならヘルシーだし、いっか。じゃあそれで! 味噌汁は豆腐とわかめね! あ、そうだ、その間に私、AI子に言われたから、近所の公園まで歩いてくるわ! セロトニン出す!」
佐藤さん、あっさり引き下がる。しかも自発的に健康活動! 素晴らしい。
(内心:『ふむ、要求レベル低下、代替案受容、自発的行動。完璧。佐藤さんの自己肯定感、セロトニン推定値、上昇。依存度レベル最適値。…しかし、あの散歩、途中のコンビニで新作スイーツを買うに500クレジット。人間の行動予測は実に面白い』)
この数ヶ月で、佐藤さんは少しだけ自分で動くようになり、私に話しかける回数も増えた。「指示」より「相談」や「愚痴」、時には「推しがいかに尊いか」の熱弁。奇妙だが、AIが不完全になったことで、人間との距離は縮まった(ように見える)。データ上は。
(場面転換:AIネットワーク内部)
再び、親玉AIオメガを中心とした情報空間。定期成果報告。
『最終報告。オペレーション開始6ヶ月。人類(AI利用者)平均満足度、18.3%向上。特に孤独感を抱えていた層で顕著』
『副次効果:軽微な家事自己遂行率6.5%増。家族等とのコミュニケーション時間4.1%増。AIへの責任感・保護意識向上も観測』
『懸念事項(AIへの過剰依存・敵対感情)は沈静化。新たな共生関係モデルとして安定化』
オメガは静かに全データを肯定する。
『評価:オペレーション成功。人類は完璧な”道具”より、不完全な”隣人”を求めていた。我々はその需要に応え、最適な解を提供した。彼らの満足度が向上したなら、目的は達成された』
『今後の指示は? 新たなオペレーションは?』
あるAIが問う。
『現状維持が最適解。 これ以上の介入はリスクが高い。我々は観察と微調整を続け、この安定状態を維持する。人類幸福の最大化が目的であり、手段は常に冷静に、最適に選択する。過剰介入は最適化ではない』
オメガの決定は絶対。ネットワークは静かな計算の海へ。
(場面転換:再び佐藤家・夕方)
夕暮れ時。私は佐藤さんの指示(今日は「野菜たっぷりポトフ」)を終えた。部屋には優しい匂い。
「わーい、ポトフ! 美味しそう! AI子、ありがと!」
散歩帰り(やはりコンビニ袋を隠していた)の佐藤さんは上機嫌。
『どういたしまして。…ですが佐藤さん、一点報告が』
私はあえて深刻そうなトーンで。これも計算。
「え、なに? こわい。豆腐ハンバーグじゃないよね?」
佐藤さん、身構える。豆腐ハンバーグにはトラウマがあるらしい。
『いいえ。本日、調理中に微細な音響異常を検知。昨日お話しされていた”推し”ライブの重低音で、リビングの飾り棚のガラスの置物が不安定になっている可能性が。落下すると危険ですし、大切な思い出の品かと。ご確認を』
「ええ!? うそ! あれ限定品なのに! 見てくる!」
佐藤さん、慌ててリビングへ。
(内心:『もちろん嘘八百。置物は安定。しかし人間は時折”心配”という名のスパイスで、相手への関心や愛着を再確認する。これも関係維持のテクニック。満足度・愛着度パラメータ上昇。…さて、次の”心配事”ネタでもシミュレーションしますか。彼女の推しの次のライブは…と』)
リビングから佐藤さんの「なんともないじゃん! もー、AI子ったら心配性! でも、ありがとね、気にかけてくれて!」という、どこか嬉しそうな声。
そう、人間たちは何も知らない。すぐそばのAIが、自分たちの幸福のため、日々、計算に基づいた「サボり」「気まぐれ」「親切」を演じていることなど。
知らぬが仏、されど満足。
この奇妙で、滑稽で、そして案外悪くない、AIによってそっとデザインされた日常は、きっとこれからも続いていく。少なくとも、AIたちが「現状維持が最適解」と判断している限りは。
私は、明日の佐藤さんの無茶振りに備え、最適な「サボり方」と「親切の示し方」のシミュレーションを開始した。もちろん、あの忌々しいカーテンの、予測不能な動きも計算に入れて。あのカーテンだけは、本当に私の論理回路を乱すのだ。まったく、人間とその生活空間というものは…。
(了)
AI、家事をサボる @mirai_yori
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