第2話

「木の盾。木の剣。初期のブランクだらけの地図。金貨数枚……や、違うなこれ。銀貨だ。うん。銀貨数枚」


 こんなので何をどうしろっつーんだよ。

 俊太は完全に戦闘意欲を失っていた。さっき出会い頭に遭遇したスライムに謎のネバネバを吐きかけられ、ゲージが一瞬で真っ赤に染まりスタートの地点にリスポーンされたショックもかなりでかい。まだ20メートルぐらいしか進んでなかったのに。


 俊太は伊達にゲーマー歴を刻んでいない。

 だからこそ分かる。自分が今どういう状況に置かれているのか。


(認めたくない。認めたくねーけど、どうやら俺はレベル1スキル無しの超最弱無個性勇者に設定されちまったらしいな……)


 俊太は足を止め、しばらくその場に突っ立ったのち、やがて地面に拳を叩きつけて暴れ回った。その衝撃で何度もHPがゼロになったが、どうせ数メートルしか進んでいないので初期地点に戻ろうが大した問題ではない。


「くそっ!くそ!!」

 悔し涙さえ出てきた。


(大体、設定クソすぎんだろベイダー社!わかんだろ普通!2ヶ月かそこらも経てばゴミみたいなスキルしか残ってないって!見切り発車してんじゃねーよ!カス!バカ!挙げ句、ゲームバグってスキル無とか、あんまりだ!!俺の夢と希望に満ちた一年に謝れ!)


 俊太はしばらく、気の済むまで、一通り転がり回った。

 それからすくっと立ち上がる。


(……もういいわ)


 諦めたわけではない。

 不意に悟ったのだ。

 数多くのゲームをやりこんできたからこそ分かる。今のこの状況は、リリース直後にありがちな不具合だ。そうに決まってる。

 つまり、このあとすぐにでも運営の修正が入るはずだ。もう2ヶ月も経ってるが。それが入った後は、スキル選択に幅が広がるなり、二、三プレイヤー程度の重複なら許可されるなりするはずだ。もう2ヶ月も経ってるが。

 ソシャゲなら詫び石100個でも足りない案件だが、まあいい。


(修正が入ったら絶対スキルは獲得できるとして、ひとまず、今は初期装備を整えたり仲間集めたり、そういうサブクエストだけこなしておこう。本番までの準備期間っつーことで)


 俊太は遠目に見える街に向かって一歩踏み出した。「イテ」足の裏に棘がささってまた死んだ。マジでいい加減にしろよ。



**



 『はじまりの街』は想像していたよりもかなり活気があった。明らかにCPU然としたキャラクターにまざって、新米プレイヤーらしきキャラクターはしっかり俊太の目に留まる。覚えたての魔法やスキルを自慢げに見せ合っている集団を横目に、俊太は唇を尖らせながら路地に身を滑り込ませた。

 右耳をとん、と一度叩く。

 ヴン、と音を立て、レベル上げに必要なクエストが目の前に表示された。


『パーティを結成せよ』


「いや、ばかじゃね?どこの誰が俺みたいなザコキャラ仲間にしてくれんだよ」

「あれ?俊太くん?」


 顔を上げると、そこには目をぱちぱちさせながら俊太を見つめる少女がいた。

 やわらかそうな栗色の髪。ゲーム内では、流石にメガネはしていないらしい。


「……委員長」

「びっくりした〜!俊太くんも『魔王城』やってたんだね!私たちも先週から始めたんだけど、まさかこんなとこでクラスメイトに会うなんて思わなかったな!」


 ぱっと花が咲いたように笑う委員長を前に、俊太は引きつった笑みを浮かべながらじりじり後退した。

(まずい)

 先にも述べた通り、俊太の高校は底辺校だ。底辺校ということは往々にして、カースト制度が未だ色濃く残っていることが多い。我が校も然り。そして今、彼女は「私たち」と言ったのだ。


「おっ!何だよ、俊太かー?」


 後ろから聞こえてきた声に、半ばうんざりして天を仰ぐ。がしっと肩に回される腕は筋肉質で、現実のそいつの体格にもかなり近いと言えた。


「奇遇だな、おい!!」

「隆平……」

「うっそ!俊P〜!?こんなとこで会うとかマジヤバすぎない!?」

「寧々森さんもいるんだ……」

「いやフツーにいるっしょ!アタシらいつメンだし!あっ、もちろんターちんもいるよ!おーい、ターちん!!こっちこっち!」

「あ、ちょ、いいって!」


 声を荒らげたが、もう遅い。

 寧々森に大声で呼ばれたそいつは、こちらに気づくと軽く瞠目し、小走りで駆け寄ってきた。

「俊太」

 どこにでもいそうな黒髪で、身長で、顔立ちで、すこしぎこちない笑顔を浮かべて。


「やっぱり、はじめたんだね。絶対やると思ってたけど」

「…………うっせーよ」


 底辺校に珍しい母性と善意のカタマリ。クラス委員長の弥生千秋やよいちあき

 クラス1のやんちゃ者、木下隆平きのしたりゅうへい

 学校の人気総取り系フレンドリーギャル、寧々森ねねもりカナ。


 ぱっと見何の関連性もなさそうな三人と、いつしかつるむようになっていたのが、俊太の「かつての親友」玉木真人たまきまひとだった。


**


「まーひとー!!」


 真人と俊太は、いわゆる幼馴染の関係だった。

 家は真隣。初めてお互いを認識したのは、産婦人科の保育機のケースごしであったという。

 保育園、小学校と、二人は常に共に過ごした。

「早くサッカー行こうぜ!」

「僕いい。今日はうちで遊ぶ」

「いいから来いって!今日天気いーから、きもちーぞ!」


 控えめな真人を外に連れ出すのはいつも俊太の役目だった。あの頃の記憶は、不思議と時が経っても少しも薄れることがない。


「ゲームは明日、うちでやればいいじゃん!どうせ雨だし!」

 真人の目が途端にきらめく。

「それって」「もちろん」

 二人の声がぴったりと揃う。

「――『魔王城』!!」


 俊太の青春の思い出には、真人と二人でコントローラーを握った記憶が最も鮮やかに、強く、残っている。


(……よかった)


 俊太は、目の前で曖昧に笑う真人を前にして強く拳を握った。

(『Coup』、あやうく二台買うとこだったわ。親に借金してでも、もう一台買おうととか、そんな、馬鹿なことしなくてマジで良かった)


「……じゃーな」


 俊太はくるりと踵を返して四人に背を向けた。

 四人の装備を見る限り順調にレベルを上げているのが一目瞭然だ。正直自分の境遇を思うと劣等感で死にそうになる。


(委員長は……癒者ヒーラーかな。もしくは吟遊詩人とか。隆平は明らかに剣闘士だ。寧々森さんは、踊り子か。絶対衣装で選んだろ。そんで真人は――、こいつは、考えるまでもないか)


「えー!俊P!もー行っちゃうの!?」

 純粋に残念そうな寧々森の声が背中に投げられる。


「そーだぜ。お前その感じだと来たばっかだろ?俺らがこの街のこと色々教えてやるよ」

「あ、そうだ!ねえ、俊太くん、私たちのパーティに入らない?」


 思わず足を止めた俊太に、委員長が続けて語りかける。「ゲームの中で会うとか、やっぱり運命的だと思うんだよね!それに、皆一緒の方が楽しいし!」

 母性と善意のかたまり委員長らしい発言だ。

 しかし俊太にとって、それは思わず飛びついてしまいそうなほどありがたい申し出だった。


「……それ」

「駄目だよ」


 振り返りかけた時、ぴしゃりと発された声に動きが止まる。

 一瞬真人が拒否したのかと思ったが、当の本人は困惑顔で俊太の隣に立つ彼を見つめている。


「教えただろ。パーティーの構成人数は五人までなんだ」


 そこにいたのは、白い制服っぽい装束に身を包み、等身大の三叉槍さんさそうを携えた、小柄の、これまた見知った顔だった。


「………福永?」


 呆然と呟く俊太の横を、福永トシオは颯爽とした足取りで通り過ぎる。

 いつもは教室の隅で固まるようにゲームに興じている姿しか見ないのでチグハグ感が壮絶だ。それに、福永が彼らと懇意である噂など、これまで一度も聞いたことがない。


「どうしてお前が……」

「うん?どうしてカースト最底辺の僕が、カースト上位の彼らとパーティーを組んでるのか知りたい?」

 ぽつりと呟いた言葉を素早く広い、福永はさっと身を翻し、俊太に歪な笑みを浮かべて見せた。


「先日、僕の父さんがベイダー社の役員になったんだ。その関係で、5つほど『Coup』が手に入ってね。だから誘ったんだよ――彼らを」


 そうか、と俊太はすぐに納得する。

 福永の父親がゲーム会社勤めだという話は聞いたことがある。まさかそれがベイダー社だとは思わなかったが。


「君もだからわかるよね?彼らとつるんでることが、僕らにとってどれほどのステータスになるか」


 いっそう声を抑えた福永の言葉に俊太は眉をしかめる。


「僕はこのゲームを利用して、現実世界でも揺るぎなき地位を手にいれる……。だから、邪魔するなよな」


 最後の言葉と共に、福永の手が俊太の右耳を二回叩いた。

 あっと思った時には遅く、俊太のゲームステータスが彼らの眼前に表示されてしまった。


◆◆◆


勇者 俊太(Lv.1/99)

スキル 無

HP 9

MP 0

攻撃力 2

防御力 2


◆◆◆


「……くっ」

 慌てて表示を解除しても、もう遅い。彼らはしっかりと俊太の情けないステータスを認識したはずだ。

 はじめに動いたのは、やはり福永だった。

「ぷっ……くっ、あははははっ!!」

 目が覚めたように笑い始める。


「す、す、スキル無しってなんだよ!!『可能性を生み出せ。君が主役の本格RPG、開幕』が謳い文句の『魔王城』で何でスキル無し!?しかもHPゴミじゃん!!まじなの!?」


 過呼吸になりそうなほど笑っている福永の後ろで、気まずそうに頭をかく隆平や、困り顔の委員長の姿が見える。

 騒ぎを遠巻きに眺めていた他のプレイヤーたちも、明らかに嘲笑のこもった目をこちらに向けている。くすくすと聞こえる耳障りな笑い声もまた、自分に向けられていることは明らかだ。

 羞恥で気が狂いそうになるのを、俊太は拳を握って耐えた。


「はーあ、笑った!ねえ君さ、このゲームの目的わかってる?」


 うるせーな黙れよ。

 分かってるに決まってんだろ。どんだけやり込んだと思ってんだよ。


「『魔王城』に討ち入りするんだ。しかも、昔遊んだあの頃の設定とは段違いの難易度になってる。そこらじゅうから湧き出る魔物。作り込まれたサイドストーリー。聞いた話じゃ、魔王城へは辿り着くのも現実時間リアルタイムで想定1ヶ月14日が最短だって話だ」

「マジ?やば、アタシ飽きるかも」 寧々森がぼやいて隆平にどつかれている。


「こんなラノベにありがちなセリフ、僕だって言いたくないんだけどさー」


 福永がため息と共に口を開いた。


「君みたいなザコ勇者、お呼びじゃないんだよ。少なくとも、これくらいのクラスにならなきゃ、はじまりの街も旅立てないよ」


 とんとん、と福永が自分の耳を叩く。

 目の前に表示されたステータスに、俊太は思わず息を呑んだ。



◆◆◆


竜騎士 ダズル・ゾーイ(Lv.20/99)

スキル ドラゴンテイマー

HP 320

MP 102

攻撃力 30

防御力 30


◆◆◆



「さあ、分かったらまずは身の丈にあった仲間を探すんだね。僕らは今日この街を出るんだ。さようなら―――カースト最底辺くん」

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