第2話

 硝子戸が開くと同時に現れたのは、カッスカスに嗄れた声を発した野島さん、通称ノジさん。葉巻を咥えた状態で、暖簾をくぐるみたいな感じで、右手をすっと挙げる。


「なんだ、野島か。チッ」穴虫さんは古新聞に視線を移す。ノジさんはへらへら笑いながら、ずけずけと床の埃を踏みつけながら入ってくる。


「そんな言い方ないだろお、今日も来てやつたんだからなあ」

「来てやったって、邪魔しにくるだけじゃねぇかよ」

「いたほうが賑やかでいいじやろ? なあ?」


つい五分前に掃除したばかりの、しかも捨てる前のゴミを集めた場所に、ノジさんは座った。僕はそのことに気付いてた。けれど、声を掛ける隙を失ったことにして、秘密にしておいた。どうせボロボロの服に付着しても問題ないだろうから。


 深く、無数に刻まれている皺。ノジさんと目線が合う。挨拶せざるを得ない。


「しゃいませー」

「こぉら、阿保ぉ。ちゃんと“い”から発音せぇ、ばかやろぉ」


やる気のない挨拶をする僕のことを、毎回同じテンションで注意し、しかも、時代に合わず平気で「馬鹿」「阿保」「能無し」と言って罵るこの人は、僕がバイトする古本屋穴虫の店主、穴虫さん。僕にとっては謎が多い人だ。

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