第十三話(4)
「みんな、今日は来てくれてありがとう! 今から、みんなの大好きな『アイステ』のステージが始まります! その前に、皆さんにお約束してほしいことがあります!」
それから司会のお姉さんが上演中の撮影やSNSへのアップロードについての諸注意を一通り終えて舞台上から捌けると、ふたたび『アイドルステージ』のイントロが流れ、一人の女性歌手がステージに立った。
♪ いつだって夢は無限大
なりたい私に目移りしちゃう
日向キラリだ──隣に本物のキラリがいるにもかかわらず、仁志はそう錯覚した。彼女はキラリと瓜二つの声で──しかし、キラリよりもずっと上手くその曲を歌い上げたのだ。
「みんな~! こんにちは! 日向キラリちゃんの歌唱担当をしている皆本ユイです! 今日は最後まで楽しんでいってね~!」
一曲目を歌い終わり、ユイは子どもたちに元気よく手を振った。たしかに髪型や衣装はキラリと同じだが、髪色は黒く、年齢もおそらく二十歳前後だ。それなのに、仁志には不思議と彼女もまたキラリなのだと思えた。
「なるほど、この方が"ゆい"ちゃんのモデルですか」
「ああ」
哀澤は仁志に目を向ける時間も惜しいらしく、舞台上のユイを見つめたまま答えた。アニメ『アイステ』には、キャラクターを演じる声優のほかに、歌唱を担当する歌手が存在する。そこで「日向キラリ」の歌唱担当として抜擢されたのが、当時は地下アイドルをしていた皆本ユイであった。哀澤は以前から彼女のファンで、彼女を追いかける過程で「アイステお兄さん」になったのだという。
「それでは二曲目『ナイト・プリズム』、聴いてください!」
皆の手拍子を受けながら次の曲をクールに歌う彼女に、仁志はどこか既視感を覚えていた。しかし思い出そうにも、この遠い距離ではハッキリと彼女の顔を認識できない。
(そろそろ老眼鏡が要りますかねぇ……)
目を細めたところで老いによる視力の低下がカバーできるわけもない。仁志は代わりによく耳を澄ませた。……やはりキラリと同じ声だが、歌唱力が違う。明らかに数段上手い。アニメに先行してゲームやイベントで歌っているユイは、まだデビューすらしていないキラリと比べてステージやレッスンの経験値が違うのだろう。そういう意味では、彼女はあるべき未来のキラリの姿なのかもしれないと思った。
「それじゃあ、最後の曲になります。みんな盛り上がってね! 『はじける!サマービーチ』!」
※ ※ ※
「うおおおお! 今日もユイのステージは最高だったな! なあオッサン!!」
イベントが終わり、スタッフたちが機材を撤収し始めた頃になって、哀澤が唐突に興奮して叫んだ。
「ど、どうしたんですか、いきなり……」
「抑えてたんだよ! イベント中は! 子どもが怖がるから!」
「な、なるほど……」
哀澤の想いの熱さに気圧される仁志だったが、隣にもう一人、静かに熱を帯びる者がいた。
「本当に、本当にすごかったです……ユイさん」
キラリが誰もいなくなった舞台をじっと見つめて呟いた。その瞳には羨望と悔しさがないまぜになっていた。大勢の観客たちの前で堂々とパフォーマンスし、歌いながらステージを下りてファンの子どもたちとハイタッチで触れ合う。それはキラリの憧れる理想のアイドルの姿だった。それなのに、同じ声帯を持つ自分はステージにすら立てていない。
「……あたしもあんな風になりたいです」
震える声には確固たる決意が含まれていた。仁志は、今日ここにキラリを連れて来てよかったと思った。プロのパフォーマンスは彼女に想像以上にやる気を与えてくれたようだった。
「おう、初見でユイの良さがそこまで伝わるとは、姉ちゃんなかなか見る目あるな。また次のイベントのときも誘ってやっからよ。楽しみにしてな!」
自分の推しを気に入ってもらえた哀澤は、まるで自分のことを褒められたかのように上機嫌で、満足気に手を振って一足先に帰路に着いた。
「……さて、私たちも帰りますか」
「はいっ!」
と、駅に向かおうとしたときだった。
「オジサン!」
さて、世の中にオジサンはたくさんいる。しかし、この「オジサン!」は明らかに仁志の背に向かって放たれていた。振り向くと、見知らぬ女の子が立っていた。いや、正確に言えば、かぶった白いキャップで顔を隠していたので、誰だか見当がつかなかった。
「あの、今呼ばれたのは私……でしょうか?」
女の子は、ぐいっとキャップのつばを持ち上げると、仁志の顔を見つめて、ぱあっと明るい笑顔を見せた。
「その丁寧すぎる喋り方、やっぱりオジサンだ! ええ~っ! 来てくれたんだ!」
「あ、あの……」
状況を飲め込めない仁志が答えに窮していると、隣のキラリが驚いた様子でそっと仁志に耳打ちした。
「あのっ……! この人、ユイさんですよ! 歌唱担当のっ……!」
「えっ!?」
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