第十三話(3)

「うーん、今日もいいお天気ですね」


 雲ひとつない青空を見上げて仁志は伸びをした。電車に揺られること30分。仁志とキラリは都心のショッピングスポットを訪れていた。駅前はホテルを内包した高層ビルを中核とした作りとなっており、その周囲には若者向けのブランドショップや家族連れをターゲットにした飲食店、さらには映画館や水族館などが軒を連ね、どこも休日らしい賑わいを見せている。


「あの、大丈夫でしょうか……?」


 キラリが不安そうに尋ねた。こちらの世界に来てから、これほど人の多い場所に出るのは初めてである。


「さすがに、その格好なら誰にも見つからないと思いますよ」


 本日のキラリのコーデは、モノトーンのギンガムチェックシャツにデニムのオーバーオールの組み合わせ。そこにサングラスとマスク、黒のキャップで顔のほとんどを覆い隠し、おまけにトレードマークの二つ結びをほどいた完全ステルス仕様である。もし、ここまで徹底した装備を見破れる相手がいるのなら、もはや諦めもつくというものだ。さっそく、その試金石となる人物が道の向こうから歩いてきた。


「よう、またせたな」


 哀澤がいつものイカつい格好で、両手をポケットに入れたまま声をかけてきた。


「いえいえ、今来たところです」


「そうか。……ん? そっちは誰だ?」


 仁志の隣にいるキラリを見つけて尋ねた。ドスの効いた声の圧力に、キラリは思わず仁志のうしろに隠れた。


「私の姪です。彼女もアイステが好きなので一緒に連れてきましたが、よろしかったでしょうか?」


「ああ、別に構わんが」


「ありがとうございます。ほら、こちらはアイステ仲間の哀澤さん」


「こ、こんにちは……」


「………………んー?」


 さすがに顔のほとんどを隠していることに何か思うところがあったのか、哀澤は眉にシワを寄せてキラリの顔を覗き込もうとしたので、キラリは無言で俯いた。


「この子、恥ずかしがり屋なんです」


「……ふーん。まぁ、いいか。んじゃ、行くぞ」


 彼女が日向キラリかどうか、という点に関しては特に疑うことのなかった哀澤を見て、仁志は「ね、バレてないでしょう?」とキラリに耳打ちした。


「は、はい……」


 これで完全に不安が払拭されたわけではないが、少なくとも、アイステに詳しい哀澤に見咎められなかったことは少しの安心に繋がった。


※ ※ ※


「もう結構集まってんな」


 哀澤に連れてこられたのは、ショッピングエリアの中心部にある噴水広場だった。三階までの吹き抜けを利用して高く吹き上がる噴水はここの名物で、噴水の前には多目的に使われるイベントステージが設置されている。一段高くなったステージは幅15メートル、奥行き10メートルほどの広さで、観客は広場のほか、吹き抜けから見下ろす形で上階からもイベントを見られる構造になっている。哀澤によると、今日ここで『アイステ』のミニライブが行われるらしい。全国のショッピングモールを巡るこのイベントは『アイステ』ファンを楽しませ、まだ『アイステ』を知らない子どもたちにその魅力を届けるために無料で開催されており、通りすがりの客も遠巻きに見学できるようになっている。しかしながら、なるべく良い場所で見ようと、まだ開演一時間前だというのに、すでに大勢の親子連れが広場に集まって列をなしていた。列の先頭にはスタッフが数名立っていて、どうやらイベントに参加するための整理券を順番に配布しているようだった。


「はあ、すごい人気ですねえ。では、私たちも整理券を受け取りに行きましょうか」


 と、列に向かおうとした仁志の肩を哀澤が掴んで制止した。


「あれはオレたち用じゃない」


 そう言って視線を向けた先──ステージ前には、「子ども優先エリア」の札が下げられたスペースが設けられ、ロープで区切られていた。どうやら、今配っている整理券はここに座る子どもたち用のものらしい。


「オレたちは本来の『アイステ』の客じゃあないからな。ほら、あれ」


 見ると、おそらく大人のアイステファンであろう人々が、ロープの外側を囲うように大勢待機していた。このイベントが子どもたちに向けて開催されるものである以上、大人は遠巻きにそれを見守るのがこの場のルールであった。


「この会場はあのへんが見やすいんだ」


 哀澤が慣れた様子で柱を背にできる良位置を確保し、仁志たちはそこで開演時間を待つことにした。優先エリアは次第に子どもたちでいっぱいになり、その後ろには親御さんたちが待機していた。そして、仁志たち大人のアイステファンたちはさらにその後ろである。


「……そろそろだ」


 柱のデジタル時計がぴったり13時を指すと、ステージ両脇に設置されたスピーカーから「アイドルステージ」が流れ始めた。と同時に哀澤が手拍子を始めた。いや、哀澤だけではない。他の大人たちも一斉に手を叩いている。


「お、おじさん、これは……!?」


「わ、私たちもやりましょう!」


 郷に入っては郷に従い、長いものには巻かれるのが大人の処世術である。仁志とキラリは途中から大縄跳びに飛び込むようにタイミングを合わせて手を叩いた。そしてイントロが終わると。


「みんな~! こーんにーちはー!」


 集まった子どもたちに笑顔を振りまきながら司会のお姉さんがステージに上がった。

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