第30話 透曄ノ影

目が覚めたのは夜明け前だった。

仮眠室は暗く、時計の秒針だけが静かに時間を刻んでいた。

暗闇を見つめ、俺は兄貴と義姉さんを思い出していた。


2人が死んだなんてまだ信じられない。


今、兄貴のマンションに行けばいつもみたいに出迎えてくれるんじゃないか・・・。

電話をかければいつもみたいに飯食ったのか?って俺の心配ばかりをしてくれるんじゃないかと思う。


俺はスマホを手にした。

電話帳の中のあ行、兄貴、発信ボタンを・・・押す。


コールが鳴る。

1回、2回、3回、4回、5回・・・・。

ずっとずっと鳴り続ける。


どうして・・・出ないんだよ。


11回目のコールが鳴り、急に夢から覚めたような気持ちになって電話を切ろうとした瞬間、画面が通話状態になった。


「え・・・あ・・・兄貴?」


『違うよ』


聞き覚えのある男の声。


『ハナちゃんだよ』


ハナちゃん・・・?


一瞬、頭が真っ白になった。


ハナちゃんって・・・あの、初恋相手の・・・ハナちゃんか?

でも、男の声だ。

しかも聞き覚えがある。


この声は・・・あの日の迷子。

そう、鳥成雷の声だ。

なぜ鳥成雷がハナちゃんの事を知っているんだ?


『あゆは私の事忘れちゃったの?』


あゆ。

ハナちゃんは確かに俺をそう呼んでいた。

それはハナちゃんと俺しか知らない。

どういうことだ。


『折角また会えたのに、ひどいなぁ』


「また・・・会えた?どういうことだ」


『弟と会って話したでしょ?』


「・・・弟?」


『雷だよ。泣き虫で弱虫な雷。倒れそうになったの助けてくれた』


「ちょ、ちょっと待って。どういうこと?お前が・・・鳥成雷じゃないのか?」


『私は雷じゃない。なんて言うのかな、雷と私は表裏一体なの』


「は?全然分かんない」


何だか沸々と怒りが湧いてきた。

何を言ってるのかまるで分からない。

俺を馬鹿にしてるのか?

お前は連続殺人犯の鳥成雷だろ?

お前が兄貴と義姉さんを殺して、咲守を意識不明の重体に追い込んだんだろう!?


「全然意味わかんねぇよ!!」


怒りが噴き出して大きな声になった。


「お前が・・・お前が兄貴たちを・・・」


言葉にならない声が喉を焼いた。

瞼の裏にいる兄貴と義姉さんの笑顔が滲む。

どうして2人は殺されなければならなかったんだ。

兄貴は兄弟であり親だったんだ。


俺の大切な家族を返せ。


溢れる涙が止まらない。

怒りと悔しさと悲しさが綯い交ぜになり、全身を震わせて泣いていると、すっと仮眠室の扉が開き、一色さんの顔が覗いた。


俺が何か言うより先に、一色さんは唇に人差し指を当て、静かにするように指示した。

そっと扉を閉めて仮眠室へ入り、俺のスマホを取ってスピーカーを押した。


『色々と事情があるの。私は雷だけどハナちゃんなの』


やっぱり意味が分からず困惑していると、一色さんは自分のスマホを取り出して文章を打った。


【落ち着け。鳥成雷に二重人格か聞いてみろ】


二重人格。

兄貴と義姉さんが言っていた、解離性何とかというやつか。


「お前は・・・二重人格なのか?」


『違うよ。私たちは体を共有しているだけ』


一色さんは眉根を寄せて考え込んでいる。

次の質問はすぐには出ないようだ。

俺は堪えきれず核心の話しを切り出した。


「・・・なんで兄貴と義姉さんを殺した」


『あゆのせいよ』


「は?」



『次は歩人。貴方の番』



低い男の声をしたハナちゃんはぞっとするような言葉を発した。

言葉だけなのに、首元に薄いナイフを当てられたような感覚。

次は俺を狙うということか。

一体何の目的があって俺を狙う?


『ご存知の通り、私は誰にも気づかれずにあゆに近づける。そして誰にも気づかれずにあゆを連れ去ることができる。さぁ、これから迎えに行くよ』


甲高い笑い声が響いた。


「・・・高科雅貴はどうした」


一色さんが言った。

一瞬、電話の向こうが静まり、ため息が聞こえた。


篝火草かがりびそうの慶太くんか。入所はしてなかったインマチュア。結果的にアンタが一番出来損ないだったよね?』


「高科雅貴は、どうしたんだ」


余計な話しはしないつもりらしい。

一色さんは憮然とした顔でスマホを睨んでいる。


『さて、どうしたでしょう?』


「まぁいい。形式的に聞いただけだ。それで?なんで次は一条なんだ。マチュア計画には関係ないだろう」


『歩人はマチュア計画の関係者よ』


一色さんは俺を見た。

俺は心当たりがないことを首を振って伝える。


「どこの研究所にもいなかっただろう。何の関係があるんだ」


『インマチュアたちは種の帳簿を知らないの?』


「種の帳簿?なんだそれは」


『あー、知らないんだ。マチュア薬に適合した体を持つ孤児のリストだよ。種の帳簿と呼ばれてた。その帳簿の中に歩人の名前があったんだ』


「どういう意味だ。一条は孤児じゃないぞ」


『さてね。知りたきゃ自分で調べなよ。第六研究所にはすべてが置いてある。マチュア薬の生成方法も、種の帳簿も、インマチュアにも成りきれなかった子供達の遺体も、私が殺したやつらの本体も何もかもね』


ニヒリスティックな笑い顔が見えるような声色。


『改めまして、私は山荷葉の透曄。この世界でたった一人のマチュアよ』


自己紹介を聞いた途端、幼い頃の記憶の一部が蘇ってきた。



鳥成 透曄 《とりなり とうか》。


そうだ。

曄。

透曄の曄はハナと読む事ができる。

あのとき俺が「ハナちゃん」と呼んでいた彼女の名前。

そうだ、間違いない。

あの頃、確かに“ハナちゃん”はそう名乗っていた。

ママが付けてくれた大切な名前。

そして、曄にはもう一つ意味があって、稲妻の閃きを指している。

雷とお揃いの意味だと言っていた。


『歩人、必ず殺してあげるから、待っててね』


最後のセリフは少女のような甘ったるい声だった。


唐突に通話が途切れ、暗闇と静寂が戻ってきた。

俺と一色さんは無言でスマホの画面を見つめていた。

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