第29話 沈黙ヲ語ル者タチ

「20××年12月×日、15時30分。一条賢人さんの解剖を始めます」


合掌したあと目を開けると、歩人のお兄さんの幽霊がじっと自分自身を見つめていた。


視線の先は頭部。

お兄さんはマチュア薬が入ったのか。


頭皮にメスを入れた瞬間、お兄さんが喋り出した。


『△△臨海コンビナート内の研究所に監禁されていた。怖い部屋だった』


俺はふっとお兄さんの顔を確認した。


『俺たちのことはいい。弟達は幸せに生きて欲しい』


お兄さんは切に願うような顔を見せて霧のように消えてしまった。


△△臨海コンビナート内の研究所・・・。

そんなところに研究所を隠し持っていたのか。


俺は再度合掌し、検死解剖を進めた。

死因は脳溢血。

脳の至る所で血管が破けまくっている。

それと脳萎縮もある。

マチュア薬は投与されると瞬時に脳に働きかけるものだと聞いている。

適応能力がある体だった場合は死には至らないが、適応能力がない体だった場合は即死だ。

お兄さんの死因はマチュア薬を投与されたで間違いないだろう。

俺は報告用の写真を撮り、脳を閉じた。


続いて涼子さんの遺体を解剖する。


解剖台の上の涼子さんに合掌し、目を開けると、涼子さんの幽霊がじっと自分自身を見つめていた。


視線の先は心臓。

涼子さんは別の薬を投与されたのか。


胸にメスを入れる。


涼子さんは静かに喋り出した。


『あの子が出ている間、主人格は眠っている状態。私たちはあの子に殺された』


見ると涼子さんは泣いていた。


『歩人くん・・・許してね』


そう言って霧のように消えていった。


あの子が出ている間、主人格は眠っている状態・・・あの子が誰を指しているのかは定かじゃないが、恐らく犯人は二重人格や多重人格。

いわゆる、解離性同一性障害ということだろう。

とりあえず2人の最期の独り言は聞き届けた。

あとでみんなに共有しなくてはいけない。


俺は再び合掌し、解剖を続ける。

心臓を確認すると、一部が壊死していた。

虚血性心疾患を故意に起こすような薬物が投与されたのか。


結論、涼子さんは心臓と脳どちらも損傷があった。

でも心臓の負荷が高いということはやはりマチュア薬より先に別の薬物を投与されている。

即死ではないだろうから苦しんだ時間があるはずだ。

その様をお兄さんと咲守が目の当たりにしていたとしたら・・・。

なんて惨い・・・。

3人とも辛かっただろう。


でも不思議と2人は穏やかな顔で眠っている。


俺は手袋を取り、2人の頬に触れた。


「どうぞ安らかに」


再度合掌して安置所へとご遺体を戻し、オフィスに戻った俺は一色さんに電話を入れた。


「あ、一色さん?全員特殊犯罪課に集めといてください。結果を報告します」


一色さんは分かったとだけ言って電話を切った。

とにかく愛想がない。

不愛想を少し治せるばマシな人間関係が築けるだろうに。

俺は一色さんが嫌いなわけではない。

むしろその頑固な真面目さが割と好きだったりもする。

不愛想が故に他人に興味関心がなく冷たいと誤解されがちだが、実は一色さんは愛情深いタイプだ。

部下の事は結構気にかけて、あれやこれやと人知れず動いているのを俺は知っている。

不器用すぎて表に出ないだけ。


咲守が意識不明の重体と分かった時、真っ先に俺の病院へ運ぶよう救急隊員に指示をしたのは一色さんだった。

誰より早く病院へ駆け付け、病室で生死を彷徨う咲守の手を強く握っていた。

そして語りかけていた。


「石岡、負けるな。この件が片付いたら、好きなお菓子を沢山買ってやる。ゲームだって得意じゃないが気が済むまで付き合う。だから負けるな。頑張れ」


そう言って眉間に深い皺を寄せていた。

多分、泣きたいんだろう。

でも、涙が出ない仕様になっているような感じで、心と体の不一致を見た。

一色さんも幼い頃に心に傷を負った人だ。

心と体がちぐはぐになっていてもおかしくはない。


俺が廊下から様子を伺っていると、気が付いた一色さんはちょっと気まずそうな顔をして無言で現場に戻ってしまった。

そういう時は、指揮官らしく堂々と「石岡を頼んだぞ」くらいの事を言って現場へ戻ればいいんですよって心の中だけで呟いた。


俺は急ぎ特殊犯罪課のオフィスへ向かった。

外はかなり冷え込んでいる。咲守の発見が夜だったら手遅れになっていたかもしれない。


俺は咲守の解剖をするのは嫌だと思った。

親しさは特に関係ない。

単純に同じインマチュアである咲守の中身を見るのが怖かった。

解剖台の上にいる咲守に自分を投影してしまう。

これが普通の人が感じる死体への恐怖か。

マチュア計画の被験者と言ったって、俺の場合は命の危険に晒されてはこなかった人生だ。

死は何だか遠い場所にあって、ぼんやりとしている対岸の灯りのようだと思っていたが、今回の事件で死は漠然と怖いものだと認識した。


オフィスの扉を開けると、憔悴しきった面々がどこか遠くを見るような目で俺を見た。

見渡すと歩人だけがいない。


「歩人は?」


「仮眠室で少し休ませてる。色々限界だ」


見たことないくらい疲れ切った亨が受け答えた。


「そうか」


俺は特殊犯罪課の仮眠室の扉を見た。

悲しみが扉の隙間から溢れ出ているようで何だかつらい。


「賢兄ぃは・・・何を教えてくれたんだ」


少し目元が赤い亨が俯きながら言った。


「△△臨海コンビナート内に第六研究所がある。2人はそこで殺されたと思われる」


俺はオフィス内の咲守の席に座り、全員を見渡す。

困惑した顔で舜介が言った。


「どうやって研究所の特定を?遺体が何かメモでも持ってた?」


誰にも言ったことがない俺の能力を説明する日がこようとは。


「・・・俺の能力だよ。俺はインマチュアになって幽霊が見えるようになった。普段はただ見えるだけなんだけど、解剖室では見えるだけじゃない。死因を的確に見つけられると幽霊が喋り出すんだ。最期の独り言。その中に事件のヒントが隠れてる。賢人さんは明確な独り言だった。はっきりと△△臨海コンビナート内に研究所があるって言ったんだ」


「△△臨海コンビナート内って・・・そんな研究所があれば目立ちそうだけど」


「恐らく隠されてるんだろう。表向きは何かの工場として稼働してるんだと思う。各々疲れてるだろうが、もうひと踏ん張りだ。本村、臨海コンビナートの地図を出してくれ」


「はい」


一色さんの指示に従って舜介はPCを取り出し、臨海コンビナートの地図を映した。

プロジェクターを通して白い壁に地図が映る。

広大な土地にところ狭しと並ぶ工場群。

この中から第六研究所を見つけ出せるのか・・・。


「・・・広いな」


「かなり・・・広いですね」


「しらみつぶしに行くのは現実的じゃないです」


一色さんはしばらく地図を睨み、おもむろに廊下へと出て行った。


「石岡の意識が戻れば一発なのかもしれないがな」


部屋のドアを見つめながら亨が言った。


「意識がいつ戻るかは分からない。いや・・・戻らない可能性も十分ある。とんでもない劇薬が体内に入ってるんだ」


「・・・なんで石岡ばっかりこんな目に遭うんだろうな」


亨の声色は悲し気だった。

咲守と亨は犬猿の仲かと思っていたが、そうではないらしい。


「意外だな。亨がそんな声出して」


「あ?あぁ、俺はな、別に石岡が嫌いなわけじゃないんだよ。騒がしいのが苦手なだけで、嫌ったことは一度もないぞ。それに・・・石岡は案外強いやつなんだ。強くあろうとしてるやつは・・・嫌いじゃない」


なるほど、つまり亨は咲守が大好きなのだ。

こちらも不器用だが、一色さんとは種類が違う不器用さだ。


「石岡の顔見れるのか?」


「あぁ。あとで連れてってやるよ」


「俺も一緒に行っていい?」


舜介が遠慮がちに言った。


「もちろん。みんなで声かけてやってよ。声かけってのはね、案外大事なんだ。重体の患者さんの中には、みんなに呼ばれたから戻ってきたなんて言う人もいる」


「そうなんだ。じゃあ心を込めて呼びかけなきゃな」


急にドアが開いた。

一色さんがスマホで何か話している。

では。と言って切ると、定位置に座って俺たちを見渡した。


「△△臨海コンビナート内の調査は可能になった。出来る限り、工場内で働いている人達にも協力して貰う。怪しい場所があれば知らせがくる。俺たちは報告が入ったところを重点的に調べていく。早速だが区画割りをするぞ。中央の管理棟を起点に俺は東側エリアを担当する。宇月は西側エリア、本村は南側エリア、悪いが間宮も手伝ってくれ。病院の方からの了解は得てある。間宮は北側エリアだ。■町のコンビニ張り込みは一課の協力を得られた。申し訳ないが本村は南側エリアの捜査にあたりつつ、監視カメラの調査も並行して行ってくれ。依然として高科雅貴の行方も鳥成雷の行方も分からない以上、カメラ映像を手掛かりにするほかない」


「分かりました。一色さん、歩人は・・・」


「外すのがルールだが・・・拒むだろうからな。一条は俺と一緒だ」


全員が仮眠室の扉を見た。

本来なら担当から外さなくてはならない。

しかし、本件の捜査員はこのメンバーのみ。

1人でも欠いては立ち行かない。


「コンビナート内の捜査は明日の早朝からだ。よろしく頼む」


一色さんはそう言って席を立った。


「一色さん。これから咲守の病室へ行きますがどうしますか?」


「そうか。俺は・・・一条が起きるのを待って行こう。少しばかり2人で話しがしたい。君たちは先に行っててくれ」


やりきれないといった顔をした一色さんは応接ソファーに座り、ネクタイを緩めて目を瞑った。

俺はこんなに草臥れた一色さんを見たのは初めてで、何だか人間らしさを感じた。

切れ者指揮官もちゃんと人間だ。

俺たちは思っている以上に互いを気遣っている。

この件が終わったら、このチームは何だか良い関係が築けそうだな。


俺はこんな時に不謹慎だが、少しだけ嬉しかった。

きっと辛いことを乗り越えて、良い仲間になれる。

そう思っていたのに・・・。

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