第15話 不可侵ノ相棒

「おーい。寝るにしたってうつ伏せになるとかしろよ。口開いてんぞ」


耳元で大きな声が聞こえて俺は飛び起きた。


「あ!いや!え!?」


俺は急いで乾いた口を塞ぎ、真横を見た。声の主は法医学医の間宮 秀史だった。

縁なしの眼鏡をかけていて、白衣を着ている。でも足元はビーチサンダルだし、白衣の中にビビットカラーのトロピカル風なハーフパンツが見える。

なんてちぐはぐな格好だ。


「よぉ。君は咲守の新しい相棒だったね。えーっと名前は確か、一条歩人。だろ?」


「あ、はい。そうです」


「そんな硬くなんなくていいよ。俺は偉くも何ともないんだからさ。で、寺岡さんは?」


間宮はオフィス内を見回した。


「咲守を現場に送っていきました」


「寺岡さんも相変わらず大変だねぇ。部下の指導・管理というよりはお守って感じ。じゃあ、この資料寺岡さんに渡しといてくんない?こないだの変死体の解剖結果。他殺だったよ」


「事件ですね」


「そうだね。でも、このご遺体の件は捜査一課でいいと思う」


「何でですか?」


「状況的に」


間宮は人懐っこい笑顔で言った。


「死因は?」


「直接的な死因は絞殺。でも、絞殺に至るために毒が盛られてた。体内からはタリウムが検出されたよ。これは殺鼠剤なんかで使われてたんだけど、今は入手困難な毒。ご遺体のお家は昔から続く農家で、家には古い蔵があってね。戦前の殺鼠剤が見つかったんだ。その殺鼠剤と体内から検出された毒の成分が一致」


「飲まされたってことですか?」


「そう。酒に混ぜて飲まされたみたいだね。タリウムは綺麗に溶けてしまう。混ぜられたってまず気が付かないよ。まぁ、この人あまり素行が宜しくなかったみたいだから、怨恨じゃないかな?調べれば色々と出ると思うよ。ちなみに嫁が行方不明だって」


「非力な女性が、屈強な男を絞め殺すためには・・・身動きを取れなくする必要があるってことですか」


「そうだね。放っておいたって毒で死ぬのに、待てずに絞め殺してる。締め跡から察するに、馬乗りになって絞め殺してる。よっぽど恨んでたってことだよ。聞いたところによると、ご遺体は大層なDV野郎だったってさ」


「動機としては十分ですね」


「ね?特殊犯罪課の事件ではないでしょう?」


「まぁ、そうですね。一課の事件です」


間宮は咲守の椅子に座り、くるりと一回転して壁掛け時計を見た。


「ねぇ、腹減らない?ちょっと行ったところに小さな焼肉屋があるの知ってる?そこ、ランチやっててさ、塩ホルモン定食が美味いのよ。一緒にどう?」


俺も壁掛け時計を見た。正午を過ぎている。そんなに眠り込んでいたのか。


「あ、はい。じゃあ・・・」


「よし!じゃあ行こう!あ、俺に敬語なんていらないよ。多分、お前とタメか1、2歳上ってくらいだから。仲良くやろうぜ」


2歳年上の間宮は颯爽と白衣を翻し、軽い足取りで部屋を出て行った。


俺達はとりとめのない話しをしながら間宮オススメの焼肉屋へ行き、塩ホルモン定食を頼んで割と楽しいランチを取った。


「へぇ。咲守のお気に入りって本当だったんだ」


「何がそんなに気に入ったのか分かんないけど、そうらしいよ」


「あいつ、幼児みたいにしてるけど、凄い刑事だよ。お気に入りなんて名誉じゃん」


「そうなのかなー・・・。俺、咲守は嫌いじゃないんだけど、ちょっとどうリアクションしていいか分かんない時があって困惑する」


「分かる~。俺は苦手」


「え?そうなの?仲良いような口ぶりじゃない?」


「別に仲悪くはないよ。顔合わせれば普通に話すし、ちょっとゲームに付き合ったりもする。でも、得手不得手でいうなら不得手なわけ。何考えてるか良く分かんないじゃん?あいつ、スゲー距離感近いと見せかけて、そんなことないからね。腹で何思ってるかは分かんないよ。アイツの事、深く知ってるやついないんだぜ」


言われてみれば、確かにそうだ。年齢くらいは知っているが、家族構成だとか、趣味も好きな食べ物(お菓子全般好きだということは置いといて)も知らない。

そんな話題にもならなかった。

なんせ、俺は咲守の相棒なのに、今何の事件で留守にしているのかすら知らないんだから、本当に何も知らないに等しい。


「別に興味もないからいいんだけどさ、何かこう・・・見ている景色が違う感じがあるよな」


「あー・・・まぁ、それは確かにその通り」


文字通り見ている景色は違う。軌跡の飛び交う世界など、上手く想像できはしない。

近いようで近くないと感じるのはそれが要因なんじゃないだろうか。だとしたら、俺は咲守とは一生分かり合えないということになる。

何だか急に距離感が遠のいた気がした。


「まぁ、咲守は天才肌だからそう感じるのかもしんないけどね。それより、どう?ここの塩ホルモン定食美味しいでしょ?俺ね、解剖のあとにどうしても食べたくなる事あるんだよ」


「・・・え?検死解剖のあとに?」


「そう。お腹開くとホルモン目の当たりにするじゃん?そしたら食欲が湧く」


捜査一課にいた身の上としては、死体を見る事には慣れている。

最初の頃は死体を見たあとはとてもじゃないけど食欲なんてわかず、大変具合が悪かったが、それも慣れてしまえばどうってことなくなっていった。

多少切り刻まれていても、ふむ。結構細かいな。くらいの感想しか出てこず、じゃあ、検視も終わったから焼肉行くか!と言われれば、まぁ行けない事もない。

慣れとは恐ろしいものだ。


しかし、死因を特定するために掻っ捌いてこねくり回したあとに、そのこねくり回した部位を食べたいと思うかと言われたら、そんなことはない。俺はそっと箸を置き、一呼吸置いて言った。


「間宮、その話は余所でしない方がいい。咲守といい勝負で変態だ」


「あのなー。俺は咲守と違って言う相手は選んでるよ。言っとくけどな、世間的には咲守に気に入られたってだけで、お前こそ変態のレッテル貼られてるからな。褒めといてなんだけど、誉れと捉える人間は公安部内と少しの関係者のみ。多くないことを覚えといた方がいいぞ」


とんだ特大ブーメランだった。

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