第2話:エリナは可愛い

ゴブリンの残党を片付けた一行が、汗と煤にまみれて戻ってきた。

リクは肩で息をしながら、なおも興奮冷めやらぬ様子でグレンに絡んだ。


「おじさんの水魔法、やっぱすげぇよ! なんで隠居なんかしてんのさ!」


グレンは干し肉を噛みながら、ぶっきらぼうに返す。


「バカヤロウ、だからだよ。おめぇらが勝手に突っ込んでくから、こっちは渋々出てくる羽目になんだよ……クソ、田舎で釣り糸垂れて、昼間っから酒あおってりゃ最高だったってのによ」


言葉こそ荒いが、その口元には僅かに笑みが浮かんでいた。本人は、それに気づいていない。


そこへ、長い金髪をかき上げながら歩いてきたのは、パーティの魔法使い・エリナ。

まだ二十歳そこそこだが、火魔法の腕は一級品。つい先ほど、火球ひとつで森を一部焼きかけたのも彼女だった。


「グレンさん、助けてくれてありがと。やっぱり頼りになるなぁ」


軽い調子でそう言いながら、エリナは青い瞳でグレンを見上げる。

その声も視線も、彼女にとってはきっと“挨拶”の延長線だ。だが、年寄りにゃ効く。


グレンは水筒を持った手を止め、ほんの一瞬だけ固まった。


「お、おう……まあな。こちとら年季が違ぇんだよ、年季が」


目を逸らしながら、咳払いで照れ隠し。声が微妙に裏返っていた。


「ねぇ、グレンさんって、昔はモテモテだったんでしょ? 伝説の剣士だったんだよね?」


無邪気なのか計算なのか、彼女の表情にはずっと笑みが浮かんだままだ。


「……モテたっつったら、そりゃぁモテたさ。若ぇ頃はなぁ……」


懐かしげな声が出かけて、慌てて自分でぶった切る。


「って、んな話どーでもいい! おめぇら、とっとと荷物まとめろ! 次行くぞ次!」


「えー、おじさんも一緒に来てよ! 次は洞窟だぜ、宝探しだ!」


リクが声を弾ませる。


グレンは岩に腰を下ろし直し、ふん、と鼻を鳴らす。


「バカ言え。洞窟なんざ湿気で腰が冷えんだよ。宝なんざより、酒と……いや、なんでもねぇ。勝手に行ってろ!」


言いながらも、視線はついエリナの方へと流れていた。彼女は小さく笑っている。


干し肉を乱暴に噛み千切って、目線を戻す。


「グレンさん、ちょっと顔赤いよ?」


「なにぃ!? おじさん、エリナに気があるのか!?」


リクが叫び、他の若者たちも笑い出す。

グレンは眉をひそめ、どっかと立ち上がった。


「うるせぇ! うるせぇぞクソガキどもが! やかましいったらありゃしねぇ!」


その怒鳴り声に、怒気はない。言葉は荒くても、どこか楽しそうだった。


結局のところ、グレンは「べらんめぇ、見守るだけだからな!」と捨て台詞を吐いて、一行に付き従うことになる。

洞窟の中で何が起ころうと、手は出さねぇ――そう決めていた。だが。


「頼りにしてるよ、グレンさん♡」


エリナのそのひと言に、グレンは無意識に剣の手入れを始めていた。


隠居したい気持ちと、若い娘にちやほやされる喜びの間で揺れ動く、ひとりのオッさん元冒険者。

その旅は、まだまだ終わりそうにない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る