伝説の最強おじさんは隠居希望

せろり

第1話:若ぇもんに頼られて

森の奥、静けさを破るように、剣と剣がぶつかり合う金属音が響いていた。

鳥のさえずりが遠くにかすんで、代わりに若者たちの声が騒がしく森を揺らす。


「おらぁ! ゴブリン共め、全部まとめて片付けてやる!」


「待てってばリク! まずは罠で数を減らすって話だったろ!」


「私に任せといて! ファイアボール!!いっけぇー!」


ドゴォン!


魔法は確かにヒットした。ゴブリンたちは一掃された。

だが同時に、周囲の木々が派手に燃え上がり、森は軽くパニック状態に突入。


「ギィィーッ!」


川に飛び込んだゴブリンの生き残りが、炎に追われるように悲鳴を上げて逃げていく。


その騒動を、少し離れた岩の上から、何かの干し肉をかじりつつ眺めている男が一人。


——グレン。かつて「大陸最強」と呼ばれた伝説の冒険者であり、今は――隠居中のおじさんである。


「ま〜た…、派手にやりやがってぇ……」


茶色の髪に混じる白髪。風雨に刻まれた深い皺。

どこからどう見ても渋く枯れたおじさんだがその目だけは油断なく鋭い。


彼の隣に立てかけられた大剣は、鞘に収まり、すっかり埃をかぶっているように見える。

しかしそれを侮ってはいけない。あの剣は、未だに竜の首を一振りで落とせる切れ味を保っている。


もっとも、持ち主はできれば一生抜きたくないと願っているのだが。


「おじさん! やばいっす、火が…! 森が燃え広がってます!」


慌てて駆け寄ってきたのは、先ほど炎をぶっぱなした張本人、リク。

顔は煤まみれ、息は上がり、手には中途半端に焦げた剣。


グレンは干し肉を口に残したまま、彼を一瞥し、深くため息をつく。


「おめぇらなぁ。『やばいっす〜』じゃねーぞ!?魔法使うときは周囲確認しろっつったろ!何回目だ?」


そう言いながらも、腰を上げ、水筒の口をひねって、ちょいと水を撒く。


ぱしゃっ、と水が地面に落ちた瞬間、まるで意志を持ったように広がり――炎を一瞬で飲み込んだ。


炎は跡形もなく消えた。


「……す、すげぇ……」


「はいはい。感心してる暇あったら。早ぉ、残党片付けてこいや。俺ぁもう、隠居してぇんだよ。おめぇら若ぇーのの遊びの尻拭いなんざ、正直めんどくせぇんだからよ」


ぽん、とリクの背を軽く叩いて、再び岩に腰を下ろす。


水魔法の初歩に見せかけた応用技。無駄がなく、何より的確。

本気を出せば国ひとつ滅ぼしかねない彼だが、出す気は微塵もない。


——でもまあ。


「……あぁゆうのも、ちったぁ悪くねぇ、か…」


誰にも聞こえない声で、ひとりごちる。

けれど、微かに彼の口元が緩んでいたのを見逃す者はいなかった。

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