【第35話】フィナーレ『黄昏を超えて』

「――あーあ、ついにこの日が来ちゃったかぁ」

 貴宗がうんと伸びをしながら、校門の前で空を仰いだ。

 黄昏学園、卒業の日。

 いつもふざけていた風が今日は妙にやさしく頬を撫で、校舎のガラスには夕日が差し込んで、まるで「さよなら」と「またね」を一緒に言ってくれているようだった。

「まだ卒業式すら終わってないのに感傷入るの早すぎじゃない?」

 砂耶が言うと、麻友菜が頷いた。

「うん、私は式の後で泣く派だから……今は“泣き仕込み中”ってとこかな」

「それはそれでプロ意識高くない?」

 空気は賑やかだった。だけど、どこかしら皆、分かっていた。今日のこの瞬間が、“人生で何度目かの岐路”だということを。

「ねぇ、結局さ」

 力玖がぽつりと、まるで風に紛れるように口を開いた。

「“異能”って……なんだったんだろうな」

 その問いに、全員が少しだけ言葉を失った。

 異能。それは、個性であり、負担であり、時に希望だった。自分の過去と向き合い、仲間とぶつかり、それでも共に笑い合った証だった。

「私にとっては、“他人を知るための入口”だったな」

 梢永が言うと、碧季も続く。

「私は……“誰かと一緒に持てるもの”って感じがした。昔は、コレクションって全部独占だったから」

「俺は、うーん……“自分を理解するためのカガミ”?ちょっとカッコつけすぎたかも」

 裕喜が鼻をかきながら照れ笑い。

「俺にとっては、“選ばれた証”だったけど……今は、“選び直せる証”って思えてる」

 俊輔が静かに言った。

 その言葉は、まるで教室中に響く鐘の音のように、皆の心を静かに揺らした。

 優花がふっと笑う。

「私にとっては……“心の音量”だったかな。自分の声がどれくらい聞こえるか、どれくらい誰かに届けられるか。そういう“調律”をする力だった」

 その言葉に、功陽がすかさず反応した。

「おぉ、じゃあ俺の異能自己実現は“音量爆上げスピーカー”ってことでOK?」

「やかましい」

「それは私も異議なし」

「秒で一致するなや」

「うふふ。でも、あのときの功陽がいたから、あの屋上で声を出せたの、覚えてるよ」

「マジか!もう少しで泣くところだった!」

「泣けよ」

 砂耶のツッコミにまたひと笑いが起きた。

 でも、それもすぐに静かになる。皆が、“この先”のことを少しずつ考え始めていた。

「みんなはさ、この先、どこに行くの?」

 麻友菜が問うた。

「俺は、演劇の専門学校に進むよ。役になりきるって、異能より楽しいかもしれない」

 功陽が胸を張る。

「私は大学で心理学やる予定。異能がなくても、人の“心の仕組み”を知っていたいなって」

 梢永が真面目に答えると、碧季も頷いた。

「私は博物館に就職。コレクター癖が役に立つかもしれないから」

「俺は……普通の会社員になる予定だけど、多分すぐ転職すると思う」

 裕喜が正直すぎて、全員が「だろうな」と頷いた。

「俺は就職して、とりあえず実家に仕送りしたい。家族に世話になったからさ」

 公孝がぽつりと照れくさそうに言った。

「俺は海外のNPOに行く。異能がない世界でも、誰かの“生きづらさ”には触れたくてさ」

 修央のその言葉に、皆が少しだけ目を丸くした。

「ねぇ、なんか……それぞれの“人生”がちゃんと見えてるって、すごくない?」

 優花が呟いた。

「うん。“やり直す”って、ただ過去を塗り替えるんじゃなくて、未来を描くことなんだよね」

 俊輔がその言葉を受け取った。

「じゃあさ、みんな」

 彼は手を前に出した。

「約束しよう。“またどこかで、絶対再会する”って」

「それって、再会フラグ?」

「うん。“お別れ会議”はまだ始まってないから」

 14人の手が、ひとつに重なった。

 その瞬間、何かが確かに空へと放たれた。言葉にしきれない何かが、風に乗って、夕焼け空に溶けていった。

 ――そして、卒業式の鐘が鳴った。




 卒業式は、驚くほどあっけなく終わった。

 来賓の挨拶も、校長の話も、誰ひとりとしてちゃんと聞いていなかったのは、誰にも言えない秘密だ。なぜなら皆、その“あとの時間”を、あまりにも大切に思いすぎていたから。

 式が終わると、体育館から生徒たちが流れ出す。

 ――そして、黄昏学園の一角。かつて異能による混乱の中心でもあった“旧講堂跡地”に、14人が再び集まっていた。

「なんか……ここに戻ってくると落ち着くよね。地味に爆心地だったくせに」

 麻友菜が笑って言うと、力玖が首を傾げる。

「むしろ、俺はちょっとビビってたけどな……まさか“悪夢の中心”が記念撮影ポイントになるとは」

「いや、ここしかないでしょ。“全員で生きて帰ってきた場所”って、なかなかないよ?」

 功陽がまるで遊園地のアトラクション案内人のように説明口調で言った。

「いや、“帰ってきた”ってお前、ここ地獄巡りかなんかだったっけ?」

「青春ってだいたいそういうもんでしょ」

 俊輔がさらっと言いのけると、皆がふっと笑う。

 そう、“あの日々”は、今ならきっと笑って言える。

 だけど、笑って言えるようになるまで、どれだけの涙を流し、悩み、立ち止まってきたことか。

 俊輔はそんな仲間の顔をひとりずつ見渡していた。

 かつて“規律破り”だった自分が、ここまで来られたのは、自分を諦めなかったこの連中のおかげだった。

 いや、もっと言えば――この仲間たちが、“一緒にやり直してくれた”からだ。

「……みんな、ありがとうな」

 その言葉に、ふいに空気が変わる。

「なんだよ急に」

「やめろよそういうの。泣かせにきてんの?」

「はぁ?泣いてねぇし!」

 誰かが言い、誰かが笑い、誰かが目をこすった。

 優花がそっと俊輔の横に立つ。

「これからはさ、別々の場所で、別々の人生を歩くんだろうけど」

「でも、ここで“異能を持って生きた”っていうのは、もう消えない。消したくもないしな」

 俊輔が言うと、梢永がふわりと髪をかき上げながら笑った。

「記憶ってさ、すぐには消えない。けど、“意味”はすぐに変わる。私にとって、異能は“隠したいもの”から、“誰かに話したいもの”に変わった」

「それって……“過去と仲直りできた”ってことだよな」

 修央がぽつりと言い、都吾が短くうなずいた。

「過去の意味は、文脈によって変化する。新しい“語り手”が現れるたびに、それは再編されていく。“やり直す”とは、再記述のプロセスなのだ」

「おい、誰か翻訳して」

 貴宗が脳を押さえる仕草をして、みんなが笑った。

 俊輔は、いつの間にか足元に落ちていた白い封筒を拾い上げた。それは卒業式で配られた“卒業証書”だった。

 封筒の表に書かれていた文字は、手書きのものだった。

「“黄昏を超えし者たちへ”……って、これ……?」

 公孝がそれを見て驚いた。

「おいおい、これ……校長の直筆?」

「ってことは、あの人、俺たちのこと……」

「“ちゃんと見てた”ってことかもしれないな」

 どこかで風が吹いた。空に舞った木の葉が、彼らの間を抜けていく。

 黄昏学園。

 その名にふさわしく、夕陽の時刻に映えるように設計されたその校舎が、最後の輝きを放っていた。

 その光の中、誰かがそっと言った。

「……また、ここに戻ってきたいな」

「全員、揃って?」

「うん。絶対に」

「そんときはさ」

 俊輔が口を開く。

「“何者にもなれなかった俺たち”が、ちゃんと“誰か”になって戻ってくるんだ」

「いや、もうすでに“誰か”だろ、お前は」

「うん、少なくとも“騒がしいやつ”って称号はあるよね」

「それは光栄なんだか不名誉なんだか……」

 ふざけあいながら、それでも、彼らはその一歩を踏み出した。

 黄昏は、終わらない。

 なぜなら、それを超えていく物語は、ここから始まるのだから。

 ――完。

(全35話『黄昏学園狂想曲~青春は異能でホラーで悪女は溺愛中!~』、完結)

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黄昏学園狂想曲~青春は異能でホラーで悪女は溺愛中!~ mynameis愛 @mynameisai

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