【第18話】ざっくりヒロインの深層『麻友菜編』

「ざっくり解決! 麻友菜チャンネルへようこそー!」

 黄昏学園の購買前。ひときわ目立つ元気な声と共に、麻友菜が段ボールで作った「即席恋愛相談ブース」に腰を下ろしていた。後ろには手書きで「あなたの悩み、ざっくり斬ります!」と書かれた看板。いつものように周囲は軽くざわついている。

「ねぇねぇ、それってほんとに“相談”なの?」

「いやもう、“ざっくり”って時点で雑な予感しかないけど……」

「でも意外と的確っていう噂だぞ。“感情に対する踏み込み方が豪快”って生徒会で話題になってた」

 本人はそんな評価を知ってか知らずか、笑顔全開で手を振っている。

「はーい、第一のお客さんどーぞっ!」

 のこのこと現れたのは、俊輔だった。

「え、なんで俺?」

「なんでじゃないよ! あんた最近“人生相談の顔”してたし!」

「そんな顔あんのかよ!? どんな顔だよ!?」

「……こう、目がちょっと泳いでて、口元が人生に納得してない感じの“微下がり”!」

「表現が独特すぎるわ!」

 麻友菜は腕を組んで真面目な顔をした。

「で、俊輔くんの悩みは?」

「いや、別に俺は悩んでないし……」

「はい、“悩んでないって言うやつが一番ヤバい”認定入りましたー!」

「お前は精神科医か!」

 俊輔は思わずツッコミながらも、心のどこかで“見抜かれてる感”を否定できなかった。

 麻友菜は本来、“ざっくりした性格”で有名だ。細かいことを気にしない、直感型、いつでも明るい。だけど、それはあくまで“表面のイメージ”であって――彼女の本当の姿は、誰よりも人の感情に敏感で、“成功も失敗も一緒に笑ってくれる”不思議な包容力を持っていた。

 それが、仲間たちが“ヒロイン”と呼ぶ理由でもあった。

 だがその日。彼女の“ざっくり”が、ある一言でグラつくことになる。

 放課後。校庭裏のベンチで、功陽と碧季が何やら深刻そうに話していた。偶然通りかかった麻友菜がふと立ち止まったとき、耳に入ったのは功陽のひとこと。

「……麻友菜は“強い子”だから、放っておいても大丈夫だよ」

 その瞬間、彼女の心のどこかで“カチリ”と音がした。

(……あれ? なんか、ちょっと、今の……)

 彼女はその場を素通りした。何も聞いてないふりをして。でも心の中はザワついていた。

“強い子だから、大丈夫”。

 それは、麻友菜が小さい頃からずっと言われてきた言葉だった。

「お姉ちゃんなんだから、ちゃんとして」

「麻友菜はいつも明るいから安心だね」

「君がいてくれて助かるよ」

 どれも“褒め言葉”だった。なのに、なぜか今、胸の奥が苦しくてたまらない。

(……私、そんなに“平気そう”に見えるんだ)

 その夜、珍しく麻友菜は誰にも連絡をせず、自室にこもった。

 机の上に広げたのは、過去に仲間たちからもらった“ありがとう”のメモやお菓子の包み紙、校内イベントの集合写真……全部、嬉しい思い出のはずだったのに。

(……みんなが笑ってるの、私が笑ってるからだと思ってたけど)

(私が笑ってると、“みんな安心するから”なんだ……)

 それは、いわば“ヒロイン役”の仮面だったのかもしれない。

 ふと、スマホが鳴った。

『明日、購買前ブース手伝ってくれない?』(俊輔)

 それだけのメッセージだった。彼は何も詳しく聞いてこない。ただ“当たり前”のように、彼女がそこにいてくれると信じている。

 麻友菜はスマホを見つめたまま、しばらく動かなかった。

(私、ほんとに、これでよかったのかな……)

 彼女の“ざっくりヒロイン”という役割に、ひびが入り始めていた。




 翌朝、購買前。いつものように設置された「ざっくり相談ブース」には、今日も“元気なヒロイン”麻友菜の姿が――なかった。

 俊輔は缶コーヒーを片手に立ち尽くしていた。

「……おかしいな。あいつ、いつもなら一番乗りなのに……」

 周囲の生徒も困惑していた。

「麻友菜ちゃんがいないだけで、なんか朝のテンション下がるな……」

「今日一日、天気悪くなるんじゃ……?」

 そんな声がちらほら聞こえるなか、功陽と貴宗がやってきた。

「俊輔、麻友菜、どうしたんだ?」

「……それが、まだ来てなくてさ。昨日、ちょっと気になることがあったんだけど……」

 俊輔は校庭裏で功陽が言った「強い子だから大丈夫」というセリフを思い出し、少しだけ眉をひそめた。

「……もしかして、“大丈夫じゃなかった”のかもな、あいつ」

 その言葉に、功陽が目を丸くした。

「えっ、まさか……そんな繊細だったのか!? あの麻友菜が!?」

「人はな、笑ってるから大丈夫ってわけじゃねぇんだよ。表情と感情は、必ずしも同期してねえ」

 貴宗の言葉に、功陽がショックを受ける。

「……やばい……僕、完全に“自己投影による誤認解釈”を……」

「難しい言葉でごまかすなよ。反省は態度で示せ」

 俊輔が言った。

「とにかく、あいつ探そうぜ。言葉じゃなくて、姿を見せることが一番大事な時もあるからさ」

 ***

 一方その頃、麻友菜はというと。

 学園裏の坂道に腰かけ、缶ジュースを片手にぼんやり空を見上げていた。

 制服の襟は少し乱れ、笑顔は影を潜め、珍しく“何も考えてない顔”をしていた。

「……なんでだろうなあ。ちょっとした言葉が、あんなに刺さるなんて」

 独り言のように呟いたその声は、風に乗ってどこかへ消えた。

「“強い子”って、言われ慣れてたはずなのにな……」

 彼女にとって、“ざっくりした性格”は、ある意味“逃げ”だった。

 細かく気を使いすぎると、自分が壊れてしまうから。誰かと一緒にいる時間は好きだったけど、その分だけ、傷つくのも怖かった。

「“大丈夫そうな子”ってさ、“本当のこと”言いづらくなるもんだよね……」

 缶ジュースを揺らしながら、ふと気づく。誰かが近づいてきていた。

「……なーんか、ここいそうな気がしたんだよな」

 振り返ると、やっぱり俊輔だった。

「え、GPSでもついてんの?」

「いや、あれだよ。“麻友菜の考えそうなこと”リスト第7位、“とりあえず高台で空見てる”ってやつ」

「高確率すぎる……」

 俊輔は隣に腰を下ろすと、ジュースの缶を軽くぶつけた。

「ほれ、乾杯。“強がりすぎるな”って意味で」

「……あんた、ずるいな。そういうとこ、ほんと、ずるい」

「ありがとう。正直に言うと、俺もちょっと焦った。あんたがブースにいないだけで、“あれ、何か大事なピースなくなった?”って気分になってさ」

「そっか。……あたし、ピースだったんだ」

「もちろん。みんなのざっくりハート担当。あんたがいると、安心すんだよ」

 麻友菜は少しだけ視線を伏せ、そして静かに笑った。

「……あたし、ちょっとだけ怖かったの。“ヒロイン役”を演じ続けてるんじゃないかって。みんなのために元気出してるだけで、本当のあたしなんて、誰にも見えてないんじゃないかって」

「見えてるよ」

 俊輔は即答した。

「麻友菜の“笑顔の中にある不安”も、“元気な言葉の裏の繊細さ”も、ちゃんと伝わってる。そりゃ完璧に理解できてるとは言わねえけど……一緒にいたら、分かること、増えてくるからさ」

「……信じていいの?」

「俺を?」

「うん」

「信じていいよ。……“ざっくり信じても、いい結果になることもある”って、あんたが教えてくれたからな」

 麻友菜は、ぽかんとした顔のまま、そして次に、心からの笑顔を浮かべた。

「……あーもう、泣きそう」

「泣いてもいいよ。“ざっくり泣き”でも」

「なんだそれ、ざっくり泣きって!」

 笑いながら、ふたりの缶がまたぶつかった。

 その日。放課後、麻友菜はいつもの購買前ブースに戻ってきた。

 何も変わらないふりをして。だけど、少しだけ深く呼吸をして。

「はーい! 本日より再開! “ざっくり相談ブース”、本気でやるよー!」

 拍手と歓声が起こる。

 その中心で、麻友菜は“ざっくり”じゃない自分も、少しずつ見せていく決意をした。

(第18話『ざっくりヒロインの深層』完)

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