【第17話】自己表現と親しみの狭間『功陽と貴宗編』
ある晴れた午後、黄昏学園の中庭には、ひときわ目立つ「何か」が鎮座していた。
それは、巨大な紙粘土製の“謎のオブジェ”。半分宇宙、半分和風建築、頭には風車、胴体には書き割りのようなセリフパネルが刺さっており、その中央に「内なる声が今日も元気です」と貼り紙がされていた。
そしてその傍らで、完成したばかりの“それ”を見上げてうっとりしているのは、我らが功陽である。
「ふふふ……我が
例によって、誰にも求められていない芸術魂が暴走していた。
「功陽、その……それって、一体どういう……」
声をかけてきたのは、貴宗だった。彼はその“オブジェ”の周囲に人が寄ってこない様子に気づき、いかにも親しみやすそうな笑顔で話しかけてきたのだが、思った以上に近づきづらい雰囲気に困っていた。
「これはな……“言葉にできないもの”を“言葉で飾る”という逆説に挑んだ意欲作なのだよ!」
「お、おう……そうか。なんかすごいな、いろんな意味で」
貴宗の笑顔がいつになく引きつっていた。人懐っこい性格の彼でも、“功陽ワールド”にはそう簡単に着地できない。
「なぁ功陽、お前ってさ……もっとこう、シンプルに自己表現ってできないの?」
「シンプルだと!? 人間の内面は複雑で多層構造であるのに、なぜ表現だけが単純で良いと考える!?」
「いや、そりゃまぁ、そうなんだけど……もうちょっと、“伝わる”ようにしたほうがさ、周りも一緒に楽しめるんじゃないかって」
その言葉に、功陽は目を細めて貴宗を見つめた。
「ふむ……君は“共感”を重視するタイプだな?」
「そりゃまあ、なるべくみんなが楽しい方がいいしな」
「だがそれは、表現者としての孤独を回避しているだけでは?」
「お前、表現者の孤独を全肯定しすぎ!」
二人のやり取りを、通りがかった麻友菜が面白そうに見ていた。
「わあ、“対話の迷宮”って感じ! 功陽くんと貴宗くんって、“芸術肌と共感力”で真っ向からぶつかってる感じだよね!」
「そんな大げさなもんじゃないって!」
「いや、それ大げさにしていい場面!」
功陽は腕を組んで考え込み、やがてポンと手を打った。
「ならば、こうしよう。貴宗、君が“皆に親しまれるような自己表現”を実演してくれ!」
「えっ、俺が?」
「私は君の表現を分析し、“親しまれるとは何か”を理解してやる。学術的に!」
「そんなプレッシャーかける!?」
だが既に功陽の目はギラギラしていた。こうなったら止まらない。
その日の昼休み、「貴宗による“みんなに親しまれる自己紹介ライブ”」が、なぜか校庭で開催されることになった。
「おい、あれって何? 公開処刑?」
「ちがうちがう、功陽の企画らしいぞ」
「ていうか、観客席にホワイトボード置いてあるんだけど」
観客席の功陽が、メモを取りながらスタンバイしていた。
貴宗は深く深呼吸し、壇上に立つ。
「……みんなー! どうもー、貴宗でーす!」
「軽っ!」
「今日はちょっと、俺の“自己紹介コーナー”ってことでね! まずは俺の異能、“共鳴記憶”っていうのがあるんだけど、これは簡単に言うと“他人の感情を一時的に自分に取り込んで覚える”ってやつでさ!」
ざわざわと生徒たちが反応する。
「えっ、なにそれ、なんかすごい便利そう!」
「え、じゃあ私の恥ずかしい記憶とかも?」
「いやいや、そういうのはちゃんとフィルターかけてるから大丈夫!」
その返しに、観客が笑う。功陽の手元のホワイトボードに「笑いゲット◎」「表現:親しみ要素大」とメモが書き込まれた。
貴宗は続けた。
「でな、俺ってさ、人の顔とか声とか“感覚的に”覚えてることが多くて、たまに“ちゃんと覚えてんの?”って言われるんだけど、意外と“気配”とか雰囲気で全部記憶してんだよ!」
「気配記憶って何!? 忍者!?」
「いや、雰囲気イケメン記憶だよ!」
また笑いが起きる。
功陽は思わずうなった。
「ふむ……情報量は少ないが、表現に“温度”がある。私の表現が“記号化”してしまっているのに対して、彼の表現は“共鳴”を引き起こすのか……」
貴宗の語りは、観客の心を確かに掴んでいた。
そして、貴宗は最後にこう言った。
「まあ、俺は難しいこと言えないし、芸術的なこともできないけど……“お前と一緒にいると楽しい”って思ってもらえたら、それが一番の自己表現かな、って思ってんだよな」
その言葉に、静かに拍手が広がった。
校庭に響いた拍手は、思いのほか長く続いた。貴宗は照れ臭そうに頭をかき、壇上から降りると、その足取りの軽さはいつになく自然だった。
「ふう……うまくやれたかな。あいつの期待に、応えられたかは分かんねぇけど……」
彼のつぶやきを、校庭の一角からしっかりと聞いていた者がいた。言わずもがな、功陽である。
「“応えられたか分からない”という不確定性の中にこそ、表現の本質は宿る……!」
「いやだから、あんま難しく言わないでくれよ!!」
功陽はホワイトボードを脇に抱えながら歩み寄ってきた。手にはびっしりとメモが取られた観察シートがあり、「温度:高め」「表現密度:中〜高」「非言語共感力:極大」など、どこかで使い道があるのか謎な情報で埋まっている。
「君の自己表現は非常に興味深かったよ、貴宗。とくに、“雰囲気を伝える”という行為が、これほどまでに共感を呼ぶとは……!」
「お、おう。なんか……思ったより褒められてる?」
「それに対して、私の“自己実現型異能”は、どうにも他者との関係性を前提としていなかった。つまり、“自己表現を極めすぎると孤立する”という矛盾を招くのだ!」
「うん、それずっと思ってた」
「ぐはっ!! 君はズバッと言うなぁ!」
功陽が胸を押さえてくずおれる姿に、貴宗は苦笑いを浮かべた。
「でもな、功陽。お前のあのオブジェ、俺は結構好きだったぜ?」
「え?」
「だってさ、意味わかんなくても、“作った奴が本気だった”ってのは伝わったし、なんか目を引くし。みんなが理解できるかどうかと、“魅力があるかどうか”ってのは別問題だろ?」
その言葉に、功陽の表情が一瞬止まった。まるで、回路がひとつ繋がったかのような顔。
「……なるほど。“伝わらないこと”を恐れる必要はない。“伝えようとすること”が、すでに自己表現なのか……!」
「お、おう……まあ、そういうことかな」
「ありがとう、貴宗! 君のような存在こそ、自己表現の“対照実験群”として非常に貴重だ!」
「いや、なんで急に俺が“実験体”みたいな言い方されてんの!?」
「今度、君の笑顔を定量的に解析するアート作品を作る!」
「それ怖ぇからやめて!!」
二人のやり取りを、遠くから見ていた俊輔と砂耶がぽつりと呟く。
「……いいコンビになってきたな、あの二人」
「バランスって、大事なのね。“自己中”と“協調性おばけ”の組み合わせ」
「どっちがどっち?」
「両方、互いに交代制」
学園の日は傾き、オブジェの風車がふわりと回った。
その日の夕方、旧美術室では、功陽が何やら新たな作品の構想を練っていた。隣には、いつの間にか貴宗が座っていた。
「なあ、功陽。俺、お前の作品の“タイトル”考えるの手伝ってもいいか?」
「ふむ。君の“親しみセンス”を加えたタイトル……確かに新しい可能性だな。よし、採用だ!」
「じゃあまず、“風車が回る心象風景”ってやつは?」
「長い! でも悪くない!」
こうして、かみ合わないようで、どこか絶妙な噛み合わせの二人は、黄昏学園で“表現の狭間”を行き来しながら、今日もまた、仲間たちの中心で笑い合っている。
“伝わらない”ことを恐れない。
“伝わった”ときの嬉しさを、ちゃんと受け止める。
その往復こそが、彼らの“青春の自己表現”だった。
(第17話『自己表現と親しみの狭間』完)
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