【第19話】責任と逃避の青春劇『公孝と裕喜編』
黄昏学園――その生徒会室には、なぜかいつも、張り詰めた空気と妙な沈黙がある。
「――あのな、裕喜。これはさすがに“君の担当”だと思うんだけど?」
「ふむ。それは“君が勝手に思ってる”だけ、では?」
「いやいや、違うって! 校内広報の掲示板管理は、完全に君の名前で申請出してあるから!」
「その紙、僕の筆跡に偽装したやつじゃなかったっけ?」
「認めたな!? やっぱりお前が……!」
ガッと立ち上がる生徒会副会長の公孝と、椅子にだらけるように腰かけ、紅茶を啜る書記の裕喜。いつもの光景だ。何があっても基本的に「やる気満々の公孝」と「やる気ナッシングの裕喜」の戦い――というか、もはや宗教戦争の域である。
その日も、生徒会には“仕事の山”が届いていた。
各クラブからの異能使用申請、修繕予算の再割り振り、図書室の増刊リクエストの交渉書、さらには来月の「異能安全週間」ポスターコンテストの審査員選出まで――
「だから俺が言ったじゃん。“審査員って書くとやばいって”!」
「でも“安全週間って名前だけで安全になるわけない”だろ!」
「正論を叫ぶな、公孝……疲れる……」
裕喜は椅子ごとぐにゃっと滑り落ちる。まるで物理法則も面倒くさいと嘆いているかのような体勢だった。
「お前さ、なんでそんなに責任から逃げんの?」
「逆に、なんでそんなに責任に突っ込んでいけるの?」
「信念だよ! やるからには全力でやる!」
「僕は“やらなくてもどうにかなる理論”を信じてる」
「その宗派、無敵かよ!」
公孝は、裕喜の適当ぶりにいつも翻弄されていたが、彼を完全に嫌いになれないのには理由がある。
――時折、裕喜は“的確な判断”を一発で出すのだ。
ある日のこと。生徒会が不在中に、異能実験による小規模火災が起きた。教員が右往左往するなか、瞬時に消火装置を起動し、かつ周囲の生徒を“最低限の一言”で誘導したのが、裕喜だった。
「燃えてる。逃げよう。こっち。」
その三言だけで、全員が無事に避難した。
「お前……あのときだけ、妙に的確だったな」
「あれは、“責任感を使わずに最大効率を出す”ための最適解だった」
「つまり“動きたくないから完璧にこなす”ってことかよ!」
「そう。生徒会の仕事も“ゼロに近づける”ために、分析は怠らない」
公孝は頭を抱えた。
(こいつ、ある意味では“俺以上に真面目”なんじゃ……?)
だが、その日の午後。ついに、生徒会を揺るがす“事件”が起きる。
「――やばいって! “異能安全週間ポスター”の掲示、裕喜が担当なのに忘れてるらしい!」
「なん……だと……!?」
校内放送でその一報が流れた瞬間、公孝は机をバン!と叩いた。
「おい裕喜! 確認するけど――ポスター掲示、ほんとにやってないのか!?」
「うん。完全に忘れてた」
「なんで堂々と!?!?」
「ほら、君が“信念で全力”だから、代わりにやってくれるかなって」
「人の善意を前提にサボるなぁぁぁ!!!」
「違う。“君がやることで最大効率”だと思って」
「ちょっと感動するような言い方やめろ!!」
公孝はそのまま、猛ダッシュで掲示板へ。手にしたポスターをホチキスで乱打する。
しかしその直後――
「えっ……ホチキスの針、全部裏向いてない!?」
「逆に器用すぎる……」
そこへ颯爽と現れたのは、誰でもなく、裕喜だった。
「君、パニクると“右手が逆手になる”癖あるよね。針、抜いといたから」
「うわ……助かった……でもなんか悔しい!!」
裕喜はスッとスマホを取り出し、校内広報のデジタル掲示板を更新した。
“異能安全週間:明日より開始。備えよ。”
「これで、責任感ポイントの“共有”も完了」
「お前、俺の人生の裏口みたいな存在だな……」
二人はそのまま、掲示板前のベンチに腰かけた。
「なあ、裕喜。お前、なんでそんなに責任避けてんだ?」
「……子どもの頃、“責任感”って、勝手に背負わされてたんだよ。“あんたならできるでしょ”って。だから、もう自分からは手を出さないって決めたの」
「それでも、動いてんじゃん。今日もさ」
「それは、“君みたいなやつ”が、目の前で全力出してるから。そういうときだけ、僕も少しだけ……動いてもいいかなって思う」
「……そっか。だったら、俺も……ちょっとくらい逃げても、許すわ」
「ほんと?」
「一日だけな!」
「短っ!」
二人は笑いながら、同じ空を見上げた。
公孝の“責任感”と裕喜の“逃避主義”は、見事なまでに対照的だった。
けれど、そのどちらもが“支え合い”になっていることに、二人はもうちゃんと気づいていた。
(第19話『責任と逃避の青春劇』完)
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