Epilogue
ピピーッ!
「いぇーい♪」
「やったぁ♪」
ハイタッチを交わす少女二人。
夏の暑さも本格化してきた、もし窓を閉めっきりにしていたら間違いなく灼熱地獄と化すであろう体育館の中での光景。
本来ならばエアコンが付いているのだが、それをいつでも使っていては体が弱い現代病になってしまうということで特別な式などがあるとき以外は使用しないのだ。
したがって、その場にいる誰もが汗を流している。
もちろん二人の少女も、だ。
しかしそれは青春映画のごとく爽やかな事この上ない。
ましてや、二人共とても仲が良さそうに笑顔をその愛らしい顔に浮かべているのなら。
「すごいすごいっ! 薙奈の言う通りにやったら決まったっ!」
「あははっ! でも少しアドバイスしただけで出来るなんて、本当に運動苦手なの、藍音?」
冴咲学園1年B組の、体育の授業。
男子はバスケットボール、女子はバレーボールだ。
明日がプール開きでその前の最後の体育、だからかみんな最後くらいはゲームに勝ちたいと気合が入っていた。
そんな中、藍音は自身が運動が苦手だからか、授業前は少々溜め息をついていた。
しかしゲームが始まる直前、チームメイトとなった薙奈が彼女にちょっとしたアドバイスを授ける。
すると藍音自身が一番驚くほどに見事なスパイクが決まり、得点が入ったのだ。
「試合終了!Eチームの勝ち!」
結局、藍音と薙奈のいるEチームはこの日の試合全てで勝利を収めた。
まるで別人のように明るくなった薙奈の獅子奮迅の活躍、いつも体育では足を引っ張ってばかりだった藍音の要所要所での踏ん張り。
眩しい笑顔の二人に引きずられるように団結したEチームは見ている人まで楽しくさせるような試合を展開しており、気が付くと試合をしていない他のチームはもとより、男子たちも集まってきて応援をしていた。
それはとても自然で。
勝っているからとか、強いからとかではなく――彼女たちが彼女たちであるから。
生き生きと、男女問わず惹きつける笑顔を惜しみも無く溢れさせていたから。
「私ね、こんなに体育が楽しいの初めてよ。ありがとう、薙奈」
「ふふ……こっちこそありがとう、藍音。思いっきり笑ったのなんて、すごく久しぶり」
優勝の歓喜の輪の中、この日のヒロイン二人は互いにそう礼を言い合った。
大勢の友達とハイタッチを繰り返しながら。
「はい、薙奈」
「え?」
「えへへ……実はいつも体育のある日には、こっそりアイスキャンデーを作って持ってきているのでした♪」
「え“」
ペロッと舌を出した藍音を見て、目を丸くした薙奈。
それも仕方ないだろう、いくら真面目で優秀で先生たちに気に入られている藍音といえどもアイスキャンデーを学校に持ってきている事がバレたらお説教は免れまい。
だけど、すでに藍音のそんなところも承知している薙奈はクスクス笑う。
「それでね、今日は薙奈の分も作ってきたんだ」
「わあ……ありがと♪」
体育は2時限目だったから、その次の休み時間は長い。
ほかの休み時間は10分なのだが、その二倍の20分あるのだ。
授業が終わるといきなり姿を消した藍音は、すぐに何かを持ってきて、きょろきょろ彼女を探していた薙奈にそれを差し出す。
まさか藍音がアイスキャンデーを持って戻ってくるとは露ほどにも思っていなかった薙奈は当然驚いたが、すぐに嬉しそうに受け取ると、二人並んで木陰に腰を下ろしてアイスキャンデーを口にする。
「おいし~……そんじょそこらのお店のものより美味しいわよ、これ」
「本当? 良かった、紫宿とかはなんでもかんでも美味しいって言うから、ちょっと不安だったのよ」
別に紫宿は味音痴ではないだろう、ただ単にしばらくまともなものを口にしていなかったものだから、手料理というものならなんでも美味しいとしか言いようが無いのだ。
そして言うまでも無く、泉は幽霊になってから藍音の料理を食べてみるまでは食べられる事さえ知らなかったものだから。
この二人に手作りの食べ物を正当に評価してもらうこと自体が酷というものだろう……もちろん、藍音が料理上手だということは疑う余地が無いのだけども。
「雲雀先輩か~……そうね、ちゃんと先輩とそのお姉さんにはお礼を言っておかないと。あと、雪月花先輩にも」
「あ、あぁ~……泉さんに会うには、まずそれなりの覚悟が無いと……」
「覚悟?」
「うん。最初に会った時、私、気絶したもの」
「…………なんで?」
薙奈の両親と兄の話では、電話越しではあったがその声からとても優しく、それでいて芯の通った人物だろうと聞いている。
しかし、目の前で藍音はなんとも不思議な言葉を口にした。
しかも薙奈が首をかしげて藍音の顔を覗き込むと彼女は顔を逸らした。
それだけ言えないような秘密なのだろうか、薙奈は一層興味を惹かれる。
後にその意味を知る事になり、やはり彼女もまた気絶してしまうのだ。
「あ、予鈴だ」
次の授業、すなわち3時限目の始まる5分前であることを告げるベルが鳴った。
アイスキャンデーを食べ終わり、お嬢様らしさの欠片も無くそのアイスキャンデーの棒を口にくわえたままだった藍音は立ち上がる。
「行こ、薙奈」
そして手を薙奈に差し出す。
「……うん」
彼女は笑顔でその手を取って立ち上がり、並んで教室へと向かった。
「藍音、薙奈~っ! 早くしないと、先生来るよ~っ!」
教室の窓から顔を覗かせて二人を呼ぶクラスメイト……いや、大勢の友達。
「やばっ! 次の授業、数学だ!」
「あっ……あの先生、始業ベルより早く来るんだっけ!?」
仲良く揃って重大な事を忘れていた二人。
「あははっ! やばいぞ、やばいぞ♪」
「おぉっと、先生の邪悪な足音が廊下に響いてる♪」
ニヤニヤ笑う友達。それは仲が良いから出来ること。
……とはいえ、藍音と薙奈がそれに焦る事に違いは無いのだが。
「嘘~~~~~っ!?」
「だ、ダッシュよ! ダッシュっ!」
しかし奮闘空しくクラスの人気者二人は、やはり揃って先生のお説教を受ける羽目になるのだった。
それすらも、どうしてか楽しいという気持ちになってしまうものだからタチが悪い。
それだけ自身を縛る呪縛から解き放たれた薙奈にとって、全てが眩しいのだ。
彼女にとって、やっと本当の意味での高校生活が始まった。
卒業して、大人になって、いつか振り返った時に、“楽しかった”“思い出がたくさんある”“素敵な友達がいた”と目を細められるもの。
胸を張って自慢出来る時間。これからの彼女を形作る場所。
忘れられない日々が、産声を上げたのだ――。
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