チャプター11:狐のくしゃみ(2)

「九尾の狐?」

「そ。それが先輩の正体」

「じゃあ、悪さしてるところを紫宿に退治された、ってところ?」

「違いますっ!」


 だが藍音の言葉ももっともだろう。

 中国で殷王朝を傾けた妲己や、日本では玉藻の前など、邪悪な存在として描かれる物語が多い。


「中には悪さをする方もいましたけれど、本来は瑞獣ずいじゅうといって吉兆を暗示する神獣です」

「速梨先輩、自分で神獣とか言わない方がいいですよ」

「雲雀、やかましいですわ」


 すでに紫宿と藍音がからかい、速梨が反応するという構図が完成されている。

 そのことに速梨自身が気付いているのだろうか、あきれたようにため息をついた。


「でも雪月花先輩、どうして高校生の姿なんですか?」

「実年齢が18なのですわ。そして、どういったわけか女性の姿の方が楽なのです」

「実際は男とか女とかの性別が無いんだよな、確か」

「ええ。一応、この姿の時は女で通しています」


 神様や天使などは、本来は性別がなく一般的に語られている姿はあくまで人間が認識しやすいようにかたどっているという。

 そこは神獣も似たようなものなのかもしれない。

 なんとなく分かってきた藍音、次の質問をする。


「なんで紫宿と戦ってたんですか?」

「簡単ですわ。修行です」

「修行?」

「まだ私は未熟です、雲雀との修行で少しでも能力を上げようとしているのです」

「出会ったとき先輩は怪我しててさ。それを治してやったら驚いて、自分が成長する手助けをしてほしい、って。それでこうやって時々付き合ってやってるんだ」

「なるほど……」


 ぐぅ~……


 一通り説明を終えたところで、紫宿のお腹が鳴った。

 藍音と速梨が少し笑ったのがちょっと悔しかった紫宿。


「腹減ったな、なんか食べていこうぜ」

「あ、私は先に帰ってるよ。夕飯作らなきゃだし、泉さんが待ちかねてるだろうから」

「ほ、ホントに悪いな」

「いいのよ、私が好きでやってるんだから。それじゃ、雪月花先輩、さようなら」

「ええ、さようなら、月ノ宮さん」


 少しだけ小走りで帰路に着く藍音。

 その姿を見送ると、紫宿と速梨は再度並んで歩き出す。


「さて、何にする?」

「そうですわね、あそこはいかがです?」

「あそこって……うどん屋?」

「うどんはお嫌いでしたか?」

「そんなことはないが……」

「うどんならば消化も良く、夕御飯の妨げにもあまりならないでしょう」

「まあ、そうだな」

「では、参りましょうか」


 紫宿は驚いた。

 それはそうだろう、速梨の見た目と普段の物腰からうどんはイメージ出来ない。

 もちろん速梨が変化した姿がそれっぽいだけの事は分かっているものの、それでもギャップを感じる。

 今までだって、ファミリーレストランやファンシーな喫茶店といった所ばかりだった。


「まさか、先輩がうどん屋を選ぶなんて……」

「意外でしたか?」

「はっきり言うとね。速梨先輩はどっちかっていうと、しょっちゅうフレンチとか食べてそう」

「あれはソースで味をごまかし過ぎている上に、味付けが濃くて私の好みではありませんわ」


 一応は食べた事があるのか、感想を述べる。

 そしていたずらっぽく微笑んだ。


「私が居候させていただいている家では、和食がほとんどですのよ」

「へ……意外だ」

「あら、てっきり私の事はある程度調べてあると思っていましたが?」

「仕事以外で人の個人情報を調べたりしないよ。働いてもらってる藍音の事だって最低限のことしか知らない」

「まあ……雲雀らしいですわね」

「そう?」


 とても納得したような速梨の言葉だったが、それが自分らしいとは思っていなかったのか紫宿は頭を掻く。

 そんな彼の様子を、速梨は目を細めて眺めていた。


 ◇


「これは当たりでしたわね」

「……あっ!」

「どうかなさいました?」


 運ばれてきたうどんを美味しそうにすする速梨を見て、何かに気付いたかのような紫宿。


「きつねうどんか!」

「う……ばれてしまいましたか」

「さっきの訂正、すごく先輩らしい。狐は油揚げが好物だもんな」

「え、ええ。私とて例外ではありません」


 そういうことだ、速梨がうどん屋を選んだのは単純な理由だった。

 だがあまりにはっきり言われてしまったため、赤くなってしまう。

 そのことに気付いた紫宿、少しばつが悪そうにし、自分の分の油揚げを取り、なんと速梨の器に入れた。


「え、雲雀……」

「ん? 好きなんだろ、油揚げ」

「雲雀……ありがたく頂戴しますわ」


 そしてその油揚げを口にしながら、ぼそっと告げる。


「……そういうところですわよ」

「へ、何か言った先輩?」

「なんでもないですわ」

「?」


 ◇


 うどんを食べ終え、それ以上寄り道をすることなく帰宅した紫宿。

 するといつも通り食欲をそそる良い匂いと、見た目まで言う事無しの料理が並べられていた。


「おかえり紫宿」

「おっかえり、苺チョコクレープ美味しかったぞい~」


 すでにテーブルについていた藍音と泉、紫宿も同じように椅子に座る。

 夕飯を食べ始めて少しして、不意に思い出したように泉が言う。


「あ、そうだ藍音ちゃんから聞いたんだけど、全部丸く収まったんだって~?」

「ん、ああ。姉さんのおかげもあって、俺の思っていた以上にうまくいったよ」

「ふふ~ん、うやまえぃ。まぁそれにしてもそんなに上手くいったなんて、まるでどこかに瑞獣でも現れたみたいだねぇ」

「ずっ……」


 紫宿と藍音は思わず吹き出しそうになったがなんとかこらえ、お互いに見合い、そして笑いながら言った。


「そうそう。でもまさか、ね」


 くしゅんっ


「あら? どなたか私の噂でもしてらっしゃるのかしら?」

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