チャプター12:守部(5)
「藍音、大丈夫だ」
「え?」
「目を開けても平気だって」
「……?」
目を強くつぶっている藍音に、すぐ近くから届いた紫宿の声。
その穏やかな声に促されるままに、彼女は恐る恐る目を開ける。
「あれ?」
静穂が何度、何度と稲妻を放とうと、それは一向に男を捉えていない。
やけになって静穂は放っているのだが、本当にかすりもしないでいた。
「どうして……さっきまでは狙いを外すなんて無かったのに」
「仕方ないさ」
「なんで?」
「それは秘密」
「はぁっ!? またそんなの!?」
いきなりそんな場にそぐわないことを言われ、思わず大きな声が出てしまった藍音。
だが紫宿は別に藍音に対して意地悪をしているわけではないようで、何故かそっぽを向いている。
一向に応えようとしない彼の代わりに、泉がくすくす笑いながら説明する。
「紫宿ったらホント子供なんだからぁ。つまりねぇ、やっぱり静穂さんはまだあの人を愛しているのよ~。最初は憎悪で何が何でも殺してやるって気持ちだったんだろうけど、紫宿のおかげで少し正気を取り戻したのね。しかもあの人が自分から殺してくれだなんて言ったものだから、一層殺せなくなってしまったの。愛している人を手に掛けることへの抵抗が出てきたのよぅ」
「じゃ、じゃあ、紫宿はそこまで考えて?」
びっくりしたように横にいる紫宿を覗き見る藍音。
だが、相変わらず紫宿は明後日の方向を向いたままだった。その頬は少し赤く見える。
まるで青春の一ページであるかのような彼らの様子とは対照的に、未だ憎悪の表情で男を睨み付けてはいるものの焦りの色を浮かべている静穂と、何かを悟ったような表情で静穂を見つめる男。
「どうしたんだ、早くしてくれ静穂」
≪う、ううぅ……≫
まっすぐに言葉を紡ぐ彼に対し、静穂は明らかに困惑していた。
ひょっとすると、彼女自身も気付いているのかもしれない――まだこの男を愛している、ということに。
男は、煌くものを頬に伝わらせながら続ける。
「今更許してくれなどとは言わない。俺は確かに金のためにおまえを殺そうとした、それは紛れもない事実だ」
≪……≫
「いくら会社が危なくて、社員を養っていくためとはいえ、どうして俺はおまえを殺そうとしたのか……自分で馬鹿としか思えない」
バブル後の不況が一段落したとはいえ、まだまだ苦しいところは苦しく、国全体が元気をなくしているこの時代だ。
ましてや、それほど大きな会社ではないだろう男の会社の社員は皆、それなりの年齢だった。
なのに会社が倒産しては、彼等とその家族が路頭に迷うことは想像に難くない。
彼は苦しんだ。この状況を打破する方法は皆無と言ってもよい。
その時に”悪魔の声が聞こえた”のだろう、自分の愛する妻と天秤にかけろと。
結果―――。
「どうして……どうしておまえの命を奪うくらいなら、自分の命を金に換えなかったんだろう?」
後悔の涙。それが嘘偽らざるものであることは、その場にいた誰の目にも明らかだった。
「俺は自分が許せない。だから、頼む。おまえに殺してほしい」
≪
一歩、また一歩と静穂に近づいてゆく暁彦。
静穂は手を彼に掲げて稲妻を放とうとするも、震えているそこからは何一つ現れない。
そのまま、暁彦はついに静穂の目の前までやってきた。
「すまなかった。本当に……」
≪……≫
そして、抱きしめた。
「これなら、外すことは無いだろ? やってくれ」
≪あ、ああ、ぁ……≫
まるで時が止まったか。そう思えてしまうほど、静寂が場を支配していた。
その一瞬だけども永遠にも感じられる時間で、伝わったのだろうか?
暁彦が本当にまだ静穂を愛していた、ということ。
それは起こった事実からは、とても信じられないこと。
醜いとしか思えない行為をした暁彦。
悲しいほどに復讐をしようとした静穂。
「愛している、静穂。だから、俺もおまえの所へ行きたい」
≪あぁ……暁彦さん…………≫
暁彦の言葉は嘘に聞こえはしなかった、頬を伝うものもまた同様に。
涙を流しながら抱き合う二人は、確かに愛し合っているのだ。
それはきっと今も尚。
紫宿に泉、そして藍音にもそれは分かった。
―――だが、何かが。
≪っ!?≫
「静穂っ!?」
急に静穂が苦痛に顔を歪ませた。
すると、すかさず紫宿が飛び出す。
「おっさんっ! 離れてろっ!」
「!?」
暁彦が自分で離れようとする前に、静穂が彼を突き飛ばした。
そしてうずくまり、苦しみだす。
「はあっ!」
紫宿が手を伸ばし声を発すると、激しい光のしぶきと共に静穂から“何か”が弾かれたように飛び出す。それは煙のように空を舞い、徐々に形を成してゆく。おぞましいほどに不気味なそれは、声ではない響きをどこからか搾り出す。
≪ヲ”あぁ”あ”ァあ……≫
まるで世の中の悪意を全て凝縮したような、見るだけで吐き気がするほどに気持ちの悪いそれを見た藍音は、驚きを隠せない。
「な、何よあれ!?」
「あれが今回の一件の張本人だ。怨霊の塊とでも言えばいいかな?」
「お、怨霊?」
それには顔がいくつもあり、そのすべてが世界の全てに憎しみを持っているように醜い顔をしており、その体は特定の形にとどまることは無く、人らしき姿になったりスライム状になったりを繰り返し、その度に醜く膨れ上がっていき今にも破裂しそうなほどになる。
そして複数の――表情がすべて異なるが明らかに何かを恨んでいるかのような――顔たちが紫宿を睨み付ける。
≪グエ”ェぇェ……≫
しかして紫宿には動揺した様子などかけらも見られない、それどころか軽く伸びをしてその端正な顔に不敵な笑みまで浮かべていた。
「さーてと、本番いきますか!」
「本番?」
また形から入ったかのような物言いに、そろそろ藍音も慣れてきたのかタイミングよく合いの手をいれた。その絶妙なやりとりに泉はもちろん笑っている。
「おののけ! スピリット・フェイズトランジション!」
キィン――と、天に手をかざした紫宿の言葉と共に、一瞬ではあるがまるで時が止まったかのような、それだけではなく、地震の揺れが片方向にだけ発生したかのような錯覚を起こした気がした藍音。
「な、なにこれ……なんか変な感じがしたけど、何も起こってないですよね?」
彼女は、あたり前といった表情のままの泉に尋ねる。
泉は、どう説明しようか少しだけ悩んだが、いつも通りのトーンで話し始める。
「これは霊子の相転移よ。紫宿の高い霊力と言霊による超高等術式で、対象の空間をある位相にシフトさせ、そのシフトした空間では何が起ころうと位相が戻り元の空間情報に触れると、空間が元の状態に回復するようにしたの~」
「……は?」
藍音は鳩が豆鉄砲をくらったように目をパチパチさせる。
それもそうだろう、突然のトンデモ科学の登場なのだから。
その藍音の表情が思った通りだったのか、からからと笑う泉。してやったりだ。
「要は辺り一帯を形状記憶合金みたいに、戦いで滅茶苦茶のズタズタになっても元に戻せるようにしたってことよぅ」
「あ、それなら分かります……じゃなくっ」
「あはは~、そういう反応するよねぇ」
「さっきの静穂さんからアレを追い出した時もそうだし、ここに来るときの異常な運動能力も――うぅ、思い出しちゃったぁ、恥ずかしいっ」
「お姫様抱っこされてたねぇ、女の子の憧れ! いいなぁ~」
「ああああぁぁぁ…………」
真っ赤になる藍音。
しっかりからかう泉。
「どうにも締まらないなぁ……」
そんな二人を背にため息交じりの紫宿だったが、頬を軽くパンと叩いて気合を入れた。
「ま、ともかく始めるぞ! ボス戦だ!!」
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