第8話 5
「……いやだよぅ……怖いよぅ……」
不意に届いたそんな泣き声に、わたしは気づけば真っ暗な場所に立っていて。
「――わたし……ここって?」
あれほど胸の奥から溢れ出て、わたしのすべてを塗り潰していたはずの激情は、いつの間にかなくなっていた。
「……なんで? なんで、ひどい事するのぉ?」
暗闇に目を凝らすと、まるで舞台演出みたいに上の方から光が指して、わたしの少し前の方を照らし出す。
「もう、痛い事しないでぇ……」
涙声で訴えるその声は、さっきまでわたしの中で吹き荒れていた感情と同じもので。
照らし出されたその姿は、
……それがわたしの
だから、彼女に駆け寄ってその小さな身体を抱き締める。
「……大丈夫……」
お姉さんがマッドサイエンティストのミレディにされた事は、あの人自身の手によって、すべてわたしの
お姉さんの心を絶望で塗り潰す為に、ありとあらゆる苦痛と嘆きを味あわせて……
ミレディへの恐怖に支配されたお姉さんは、やがてそんな理不尽と不条理を押し付ける世界を憎むようになってしまってたんだ。
お姉さんと同調させられたわたしは、一度に流し込まれたお姉さんの……真っ暗しかない感情に呑まれてしまって。
……でもね……わたしには、お姉さんにはない感情を持ってた。
それは知ったばかりの淡い想いで。
口に出すのはまだ恥ずかしいけど、でも、それがあったからこそ――わたしはお姉さんの憎しみしかない感情に塗り潰されずに済んだんだと思う。
思い出すのはやっぱり――燃え尽きそうな空で聞いた、あの人の第一声。
――もう大丈夫だ。今助ける!
会った事もない誰かを助ける為に、
「――そんな人……私にはいなかった……」
虚ろに苦痛を訴えるだけだったお姉さんが……抱き締めるわたしの顔を見上げて呟いた。
「ドリームランドのみんなは……みんなみんな、壊されたり拐われたりして――
――誰もわたしやみんなを助けてくれなかったわ!」
胸の奥に降り積もった絶望を吐き出すように、お姉さんはわたしに叫んで、抱き締めるわたしから逃れるように身じろぎした。
「――だから今! あの人は現れたの!」
わたしは両腕によりいっそう力を込めて、お姉さんを抱き締めた。
「どうやって!? あんたも私の記憶を観たから知ってるでしょう?
――ミレディは……あの女は、マッドサイエンティストの中でもとびきりのイカれたヤツなのよ!?」
「――そんなの知らない!」
どうやってとか、何をしたらとか考えてたなら、きっとわたしは今もお部屋の中で震えるばかりで、来るかもわからない助けを待ち続けてたと思う。
「とにかく動くの! わたしはそうやって――お部屋から出たよ!」
本当にライル様に会えるかなんてわからなかったけど……きっと会えると信じて、唯一残されてた宇宙船に飛び乗ったんだ。
「……ああ、そっか……」
――この子の意思が――想いの強さが、おまえらを打ち破ったんだ。
ライル様が海賊達に言った言葉。
あの時はよくわかってなくて、海賊達から逃げ続けてた事を褒められたんだと思ってたけど……今ならわかるよ!
……ライル様は、わたしが助けを求めてドリームランドを飛び出した事――それ自体を褒めてくれてたんだね。
「――この世界はどうしようもなく冷たくて、理不尽にできてるけど……」
そう信じてしまっているお姉さんの想いを代弁して、わたしは言葉を紡ぐ。
「同じくらいに、優しさでできた理不尽もあるんだよ……」
お姉さんを抱き締める腕に力を込めて――
「それは逃げ続けた先で、燃え尽きそうな女の子を救う為に現れたり……」
わたしはあの空の光景を、わたしが抱いた感情と共にお姉さんの
「……それは絶望の中で、心までも汚されそうな時にも来てくれたわ……」
オーランドに身も心も穢されそうになったあの時の――<
わたしの記憶を共有されて、お姉さんの虚ろだった瞳にほんのちょっぴりだけど、光が宿る。
「――でもそれはきっと、あなただったからよ。
私には……そんな奇跡みたいな事……」
けれど、なおもお姉さんはそんな事を言って、羨ましそうにわたしの瞳を覗き見た。
「――ううん! そんな事ない! わたし、知ってるもん!」
だから、わたしはきっぱりと応える。
「この冷たく悲しい世界を取り巻くあらゆる法則の中で、揺るがしようのない絶対に絶対の法則があるんだよ!」
――うん。そうだね……
どこか遠くから、知らない女の人の声が聞こえた気がした。
――君は部屋を飛び出す事で、それを引き寄せたんだ。
ううん。気のせいじゃない。それは優しく、囁くようなアルトで。
――守られてるだけだった、お姉さんとの違いはそこだろうね。
フ、と息を抜くような笑みの気配。
――君の考えは正しい。だから、わからず屋で臆病なお姉さんに教えてあげよう!
そんな声と共に、わたし達の目の前にホロウィンドウが開いた。
それは巨大な異形と戦う
巨大な獅子貌をした大翼を背負ったそれは、まるで知らない騎体だったけれど、その背に結ばれた紋章を、ヘビー視聴者のわたしはよく知っている。
『――この紋章が……』
ホロウィンドウから響くライル様の声。
それに合わせて、わたしは……映像を食い入るように見つめているお姉さんの耳元に囁く。
「――困ってるお姫様の前にはね、絶対に素敵な王子様が助けに現れるんだよ……」
……だから。
その左拳に巨大な拳をまとわせて、周囲が歪んで見えるほどの膨大な
騎体背後の紋章が粒子に変わって左拳に宿り――
『――目に入らねえかあああぁぁぁぁぁ――――ッ!!』
咆哮と共に解き放たれた。
異形の前身――竜の形をしていた部分がめくれるように吹き飛ばされた。
その肉質な異形内部に騎体を滑り込ませて。
『――いま助けに行くぞ! クレア!』
ライル様ははっきりと、そう仰ってくれたわ!
――そう。だからっ!
「――あの人は、きっとお姉さんの事も助けてくれるよ!」
わたしの言葉に、今度こそお姉さんの瞳に希望の色が浮かぶ。
「……そう、だったら……いいなぁ」
吐き出されるような呟きに、わたしは強くうなずきを返して。
「うん! そして、わたし達もがんばらないと!」
わたしはお姉さんを抱き締めたまま立ち上がる。
「一緒にここを出て、ライル様に助けてもらうんだ!」
……そうだよね?
さっきまで聞こえてたあの声に問いかけるけど、もう声は応えなかった。
けれど、ホロウィンドウが残っているのが夢じゃないのを教えてくれている。
ただ、ひどく遠くからあの鼻を鳴らすような笑みが聞こえた気がして、わたしはお姉さんの手を握ってうなずきを向ける。
「――行こっ!」
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