4.マスクを外したら
第13話 声がよく通るね
合唱部への本入部届けを出し、
発声練習をしたりパート練習をしたり、みんなで合わせてうたったりした。
深優がマスクをしたままうたっていることを、誰も何も言わなかった。
(誰も、「マスク外した方がいいよ」って言わない)
(でも)
(心音ちゃんに歌をうたったときは、もう少し声が通っていた気がする)
合唱部の歌声が響く中、深優はもどかしさを感じていた。
(もっと、わたしの声も響くといい……!)
深優は思い切ってマスクを外して、ポケットに入れた。
全体の練習から、今度は個人練習の時間になった。
深優は、みんなが各自練習する中に混じって、マスクを外したまま、自分のパートをうたおうと決意した。
息を大きく吸って、うたい出す。心臓がばくばくするのが分かった。
(……変な顔って、言われたらどうしよう?)
以前の嫌な思い出が頭をよぎる。
――だけど、マスクを外したまま、歌をうたった。
よく声が通るような気がした。
(声、さっきよりも響いている)
それに、息も吸いやすくて自由な感じもした。
(新鮮な空気!)
深優がうたい終わったあと、部長が拍手をした。
「深優ちゃん、いいじゃない!」
すると、他の部員たちも次々に言った。
「よく声が通っていたよ」
「深優ちゃん、上手!」
「きれいな声だね。はっきり聞こえたよ」
「遠くまで届くね」
「いいなあ、きれいな声で!」
深優は顔を赤くしながら、「ありがとう」と小さな声で言った。
部長は嬉しそうな顔をした。
「深優ちゃんは、あとは、思い切って声を出せば、ものすごく伸びると思うよ。あのね、わたしたちもね、初めからこんなふうに声が出ていたわけじゃないんだよ。だんだん声が出せるようになったの。だから、深優ちゃん、いっしょに頑張ろうね。他の一年生の子たちも同じだよ!」
はあいと、一年生たちが返事をした。
「みんな、自分の声を好きになってね。その声を活かしたうたい方をすればいいんだよ」
部長の言葉に、今度は合唱部全員が返事をした。
「深優ちゃんはソプラノパートが向いているねえ。すごくいいよ!」
「はい!」
「じゃあ、また練習に戻ろうね」
部長の指示で、練習が再開した。
「深優ちゃん、ほんとうにうまいよ」
ゆらが深優に近づいてきて、そう言った。
「ほんと?」
「ほんと、ほんと!」
「よかった……」
「それに、マスクしていない深優ちゃん、かわいいね」
「え?」
「深優ちゃんと一緒に合唱部に入れてよかった! 頑張ろうね」
「……うん!」
帰りのチャイムが鳴るまで、音楽室の中に歌声を響かせた。
(ゆらちゃんの言った通り、先輩たち、みんな優しい。それに、褒められて、ものすごく嬉しい……!)
深優は、マスク越しでない空気をたっぷりすって、声を出した。
(心音ちゃんにも聞かせてあげたかった)
明るい色の空に、歌声が飛んで行き、光となるような気がした。
合唱部に入部したことで、深優の学校生活にはりが出来た。
友だちも増えた。
(特にゆらちゃんとは、すごく仲良しになれた! 嬉しい)
ゆらは真面目で一生懸命で、そしてよく気のつく子だった。
(わたしもゆらちゃんのいいところ、真似出来たらいいな)
ゆらは、もともと頭がいいのかと思っていたけれど、すごく努力をしているのだということも分かった。
「宿題はね、出たらすぐにやっちゃうんだよ。授業中に出来るときは授業中にやるの」
ゆらがそんなふうに言っていたので、深優もそうすることにした。
すると、授業もこれまでよりも集中して聴くことが出来た。
「わたし、あんまり勉強得意じゃなくて。……塾も行っていないし」
「分からないところ、教えてあげるよ!」
「いいの?」
「うん! だってね、人に教えると、自分もよく分かるようになるんだよ。お母さんがそう言ってたの」
「ありがとう!」
深優は、部活のときだけでなく、ずっとマスクを外していられるようになった。
マスクはお守りみたいにスカートのポケットに入っていたけれど、入れているだけだった。
(なんだ。やってみれば、たいしたことなかった!)
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