第12話 合唱部とゆら
すると、知っている顔がいた。
ゆらだ。
ゆらは、第二音楽室の戸口に立った深優を見て、目を丸くした。
「山口さん! 合唱部に入りたいの?」
「うん。悩んだけど、歌が好きだから……」
(どうしよう? 声小さいからダメって言われちゃうかな? これまで合唱部見学していなかったし)
しかし、ゆらは深優の気持ちとは真反対のことを言った。
「嬉しい! 合唱部入って!」
「紺野さん……わたしが入ってもいいのかな?」
「いいに決まってるよう! いっしょにやろうよ」
ゆらは、入り口のところにいた深優の手を引っ張って、合唱部のみんながいるところまで連れて行った。
「あ、入部希望者?」
先輩らしき人が言う。
(黄色の上履きだから、三年生だ! 二年生は青、わたしたちは赤)
深優は緊張して頷くことしか出来ないでいると、ゆらが明るい声で言った。
「そうなんです! おんなじクラスの山口深優さん。頑張り屋さんなんですよ」
(頑張り屋さん? ……そんなふうに思ってくれていたんだ)
「紺野さんと同じクラスの山口深優です。よろしくお願いします」
深優は嬉しさで顔を上気させながら、挨拶をした。
「山口さん、よろしくね。じゃあ、練習に参加してみる?」
「はい」
深優はどきどきしながら、練習しているグループに向かって歩いた。
そのとき、「ねえ、山口さん」とゆらが言った。
「うん?」
「あのね、わたしのこと、ゆらって呼んでくれる? 国語のグループもいっしょだし、部活もいっしょになるんだから」
「うん。……ゆら、ちゃん」
「ありがと! わたしも深優ちゃんって呼んでいい?」
「うん。嬉しい!」
「よかった! ねえ、深優ちゃん。合唱部に本入部届け、出してね。合唱部、楽しいよ。先輩たちもみんな、優しいの」
ゆらはにこりとした。
深優も笑顔を返しながら「うん!」と答えた。
(まずは、今日の練習を頑張ろう!)
深優は、ゆらに頑張り屋さんと評されたことを思い出して、また嬉しい気持ちを噛み締めていた。
「
深優の明るい顔を見て、心音はほっとしたように笑った。
「よかった。練習、楽しかったの?」
「あのね、合唱部に行ったらね、ゆらちゃんがいたの」
「ゆらちゃんって、紺野ゆらちゃん? 国語のグループワークがいっしょの」
「そう、そのゆらちゃん。でね、合唱部が練習している音楽室に行ったらね、ゆらちゃんが、いっしょにやろうって言ってくれたんだよ」
「よかったわね」
「うん! それにね、ゆらちゃん、先輩にね、わたしのこと、頑張り屋さんって紹介してくれたんだ」
「嬉しいねえ。ゆらちゃん、深優ちゃんが頑張っていること、分かっていたんだね」
「そうなの! ゆらちゃん、分かってくれていたの。そのことがすごく嬉しくて」
「あたしも嬉しいよ、深優ちゃん!」
深優は心音と喜びを分かち合った。
(国語の時間では、なんだか嫌われている気さえ、していたのに。……全然そんなこと、なかったんだ。ゆらちゃんは、ただ真面目に一生懸命、発表をやりたかったんだ。だから、わたしが頑張ったら、ちゃんと分かってくれたんだ)
深優は合唱部でのゆらを思い出していた。
授業中とは違って、もっとずっと親しみやすかったし話しやすかった。
(なんだ、友だちと話すって、意外に簡単なんだ)と深優は思ったのだ。
(もしかして、ゆらちゃんの他にも、本当はもっと話せるのに話していない子がいるのかもしれない)
心音は、興奮気味に学校での出来事を話す深優を見て、懐かしそうな顔をした。
それは、少しさみしそうな顔でもあった。
***
音楽室いっぱいに歌声が響いた。
ソプラノとアルト、テノールが美しく重なり合い、ハーモニーがどこまでも飛んで行くようだった。
笑い合う。
琴美も合唱部で、ここねといっしょに部活を頑張っていた。
大きな口を開けて、声を響かせる。
誇らしい気持ちとともに、歌声が飛んで行く。
歌声の中に溶け込むような感覚。
(ずっとあのままだと思っていたのに)
その光景はきらきらと輝いていた。
(琴美がいじめのターゲットになって、全てが崩れた)
(あたしは、ただ、琴美を守りたかっただけ。間違ったこと、していない。どうしてあんなことが出来るのだろう?)
あの笑顔も歌声も、もう遠くて手が届かないところにある。
(まさかあんなことになるなんて――)
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