10 グッジョブはまだ早い

 カロリー軒での腹ごしらえののち、さてボヤイター以外の仕事もしますか……とパソコンに向かう。

 とりあえずすみっこに出てくるニュースを開いてみる。最近はよくこの機能を使っている。


「人気ダンジョン配信クラン『赤い閃光』メンバー、ダンジョン内で行方不明 重大事故か」


 ……は?


 あっけに取られた。その記事を読んで、起こったことの重大さを知った。


 あの口論のあと、奏音さんが1人でダンジョンの中を進んでいってしまい、そのまま配信しているエリアから消えてしまったのだという。アカミチさんたちが必死で探しているそうだが、それでも見つかっていないのだとか。


「わ、わぁ……」


 ダンジョン配信に詳しくない俺でもわかるヤベェ事態であった。ボヤイターのトレンドには「行方不明」「赤い閃光」「重大事故」などが並んでいる。


 ダンジョン内で人が行方不明になるのはいわゆる「重大事故」だ。何年か前に免許とりたての大学生がろくな装備をせずにダンジョンに入って死人が出た、という事件があって、今回の奏音さん行方不明はそれ以来の重大事故である。


「これ絶対まずいね」


「……重大事故……」


「やっぱりまずいんですか」


「単に配信の圏内からいなくなっただけとかならいいんだけど、今回は探しても見つかってないから……相当ヤバいと思う。奏音ちゃんバリバリの前衛だけどソロ探索はほとんどしてないから、飛び道具が必要な相手と出くわしたら……」


 なにかできることはないか。

 いや、きっとなにもできない。


 無力感に駆られて天井を見上げる。市役所の天井にあった人の顔みたいなシミを思い出す。それに比べてここはきれいなオフィスだなあ。

 なにかできることを探すのを放棄してはいけない気もする。でもなにも思いつかない。もうちょっとダンジョンに詳しかったら、なにかできるかもしれないが、俺はダンジョンについては楽しくメジャーどころの配信を視聴する程度の知識しかない。


 そう思っていたら妹から連絡が来た。きょうはダンジョンは午前中で切り上げたらしい。重大事故が起こって怖くなったのだろうか。


「おにーちゃん、あたしらにできることない?」


 なんもないから安全なところにいろ。そう返信しそうになる。実際送信ボタンをタップしかけた。

 顔を上げて、むこうで難しい顔をしているみー先輩に声をかける。


「配信者のみなさんに呼びかけて、探してもらうってどうですかね?」


「……いいかも。ユニークモンスターの出現で怪我人が多数、みたいな事態だと配信者をダンジョンに入れないけど、単に行方不明だから……いいと思う! ナイスアイディア!! グッジョブ!!!!」


「グッジョブはまだ早いです。やってみます」


 とりあえず妹に、「強いクランとか穂希さんと一緒に、奏音さんを探してほしい」と返信し、猛然とボヤイターに書き込む。


「#拡散希望 ダンジョン内で配信者の行方が分からなくなる事故が起きました。配信者の皆様に行方不明者の捜索をお願いしたいです。出来る範囲で構いません。無理に深部に行かなくても構いません。どうかお力を貸していただけると嬉しいです」


 タグのせいかものすごい勢いでリポストされていく。それをドキドキしながら見つめる。


『奏音ちゃんとは昔の仲間なんで本気出して探します!』


 ノギさんがそう引用リポストしてきた。


『しょげてる場合じゃねーのよ』


 アカミチさんもそう引用リポストしている。


 あっという間に世界規模でバズってしまったポストのハートマークとぐるぐる矢印マークを見つめる。


『まだ一層にしか潜れないけど頑張ってみます……!』


 ときどきぽてとの画像にいいねを押していた、「ほまれ@新人配信者」というアカウントも引用リポストしてきた。ああ、きっと穂希さんだ。


 しかし結局その日は奏音さんの発見に至らないまま、ダンジョンの解放時間が終わってしまった。超珍しく残業して帰ると、叔父さんがカツカレーを用意していた。20代の胃袋への信頼を感じる。


「お疲れ様。テレビのニュースで見たけど大変なことになっているみたいだね」


 眠い顔でてくてく寄ってきて膝の上でコテンと寝てしまったぽてとをヨシヨシしながら、カツカレーをもぐもぐ食べる。


「清花と穂希さんは?」


「もうお風呂に入って、いろいろ明日の作戦を立ててから寝た。彼女らは彼女らで頑張っているよ」


「そうですか……はぁ」


「疲れてしまったかい」


「そうですね……ちょっとただ事でないことが起きたんで……それにしても叔父さんのカレーはおいしいっすね……」


 なんとよく煮えたトロトロの牛スジまで泳いでいる。カツはちゃんとした豚肉のロースカツだ。衣がサックサクの脂ジューシーである。うまい。


「それ食べて明日も頑張れそうかい?」


「はい。そりゃもう元気100倍の勇気100倍ですよ」


「それはよかった。もう遅いから、食べ終わったら寝るといい。ちょうど徹夜でやりたい作業があって、その気分転換に食器を洗おうと思ってる」


 叔父さんは神か。


 そういうわけでさっさと寝て、翌日早めに出勤した。広報部の近くにある安全管理課で忙しそうにしているのを見つつ、パソコンからボヤイターを開く。

 市役所時代しょっちゅうお世話になっていたエナドリをキメて、きょうも頑張るぞと画面をぎゅっと睨みつけた。さっそく動きがあったようだ。(つづく)

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