9 便利じゃないか?
穂希さんがいいとこのお嬢様である、と聞いていたので、叔父さんは本気を出して毎日ベーシックな和食を極めたおいしい料理を作り始めた。こんなところで本気を出して、本業の作家業のほうは大丈夫なのだろうか。
「卵焼きおいしーです。うちの母のパサパサのやつとは大違い」
「それはよかった。喜んでもらえて作りがいがあるよ」
「で、穂希ちゃん、どうするの?」
「うーん……とりあえず大学辞めてくるかなあ」
「えっ!?」
「えっ!?」
「えっ!?」
「何か変なこと言いました? どうせ親の見栄で受験してなぜか合格しただけだし……」
妹はなにか言いたそうだったが、それは穂希さんを傷つけるのだろう、と思って飲み込んだようだった。
あるいは妹本人のプライドがそれを言わせなかったのかもしれない。
◇◇◇◇
きょうも早めに出社して、コーヒーを沸かす。いつも通りのカフェオレである。
パソコンでボヤイターを開く。もろもろの公式さんばかりフォローしているので夜の間はほぼ動きがない。
人気クラン「赤い閃光」が、今朝早くからの探索配信を告知していた。どれどれ、と多窓して観てみると、けっこう深い地点の様子を配信していた。
しかしなにやら様子がおかしい。口論しているようだ。見ていたらみー先輩が出社してきた。
「おっはーながっち。なにこわい顔してんの?」
「いえ……『赤い閃光』、様子がおかしくて」
「あー多窓して配信観ながら仕事してるー。いけないんだー。どれどれ」
ぐるっと回り込んでみー先輩が画面を覗きこむ。画面では奏音さんとアカミチさんが口論している。
他のクランメンバーが割り込んでいるが、激昂したアカミチさんに、奏音さんがビンタを一撃あびせて、チャット欄は「放送事故だ!」とか「奏音ちゃんがキレた!」とか「ほらみろアカミチ」とか「アカミチざまぁw」などのチャットがすごい勢いで流れていく。
「うわぁヤバっ! マジもんの放送事故じゃん」
「ビンタされても同情してもらえないアカミチさん、可哀想ですね」
「これなにきっかけのケンカ?」
「いや、見始めたらもう口論の段階だったんで」
「そっかあー……ネットニュースがまとめてくれるの待ちますか。えらいこっちゃ……」
ボヤイターのトレンドを開いてみると、やはり「放送事故」「アカミチ」「奏音ちゃん」などがトレンドインしていた。
見てみると、どうやらアカミチさんのアンチの多さを心配した奏音さんが、行動を改めるよう忠告したところ口論になった……という感じらしい。仲間を思っての行動とはいえ、本人からしたらウザかろう。あるいは上から目線だと思ったかもしれない。
……というかボヤイターのトレンド、流行りのネタを把握できるという点でめちゃめちゃ便利じゃないか?
とりあえず「おはようございます! きょうも1日がんばりましょう!」と、自分に気合を入れるつもりでポストしておく。いつも通りぼつぼつの反応だ。
ダンジョンゲートの装備品販売の公式さんが、「新モデルのナイフが入荷しております!」とポストしていた。添付されたサンプル画像はノギさんがナイフを構えているところだ。かっこいい。とてもノギさんらしくてよく似合っている。
少し遅れて出社してきたえがそー先輩に、このノギさんの写真はえがそー先輩撮影なのか、と聞いてみると、「……そうだよ……フフ……」とのことだった。
「じゃあ、同じ日に撮った他のノギさんの写真あります?」
「……あるよ……」
写真のデータを共有してもらう。バッチバチでかっこいい。さっそく、「装備品販売の公式さんがUPしてた写真がかっこいいので、写真担当の先輩を拝み倒して没画像分けてもらいました」と、ノギさんの画像をババンとUP……しようとして、これはノギさんの許可がいるのではと下書きとして保存してちょっと連絡を入れてみる。
きょうはのんびりと第一層ソロ探索をやっていたようですぐ連絡がついた。
「大歓迎です!!」
よっしゃ。それならばと画像をババンとUPする。ブアアアアアと数字が増えていく吹き出しとハートとぐるぐる矢印!!!!
『公式さん“分かって”きたな』
『アアッ 公式さんからの供給過多で倒れるノギちゃんファン続出!!!!』
そうやっているとノギさんは配信の途中休憩しながら『公式さん……!!」と引用リポストしてきた。ダンジョンの中でボヤイターを見る余裕、やはり人気配信者である。
配信者はほとんどの人が、ダンジョンで自分のリスナーのチャットを確認するためにスマートデバイスと呼ばれる腕時計型のデバイスを使っている。もちろんスマホも頑丈なケースに入れて持ち込んでいるが、ダンジョンは常に危険なのである程度安全が確保できたところでしかスマホを出さないのだ。
たぶん待避壕で携行食をパクつきながらボヤイターをチェックするのだろう。
「……お昼……『#きょうのダンジョンオフショット』用の……写真……送った……」
というわけできょうも「#きょうのダンジョンオフショット」もUPする。若い男性配信者が、待避壕で自律ドローンの調整を行なっているところだった。
俺はこの配信者を存じ上げないのだが、それなりに盛り上がっているところをみると人気の配信者なのだろう。とりあえずお昼を食べねば、と立ち上がる。カロリー軒のエビそばを食べよう。
そして戻ってくるまでの間に大変なことが起きているのを、そのとき俺は知らなかった。(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます