第20話 ジークアクスですね

前書き:現代お仕事小説で応募できるコンテストが無いので、少しはっちゃけてみました。楽しい職場を表現するエピソードですが、20話、21話は読み飛ばしても物語の理解には影響ありません。

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 静まり返ったオフィスに佐倉課長がA4サイズの封筒を手に戻ってきた。コピー機の前で作業していた小春は、自然と頭を下げる。


「おかえりなさい、課長」


「ただいま。今日はずいぶん静かだね」


「皆さん外回りみたいで。課長はお客様の対応はもういいんですか?」


「ああ、広告主のお子さんでね。進路相談にのっていた」


「それも課長の業務なんですか」


「まあ、付き合いも大事だからね」


「先ほどの高校生はどんな進路を希望しているんですか?」


「さっき相談に来ていた子ね、W大学を目指してるって言っていたけど、国籍が中国なんだよ」


「そうなんですか。見た目では分かりませんね」


「うん、日本語もほぼネイティブ並み。高校も都立の進学校。だから見た目も生活も日本人の高校生と変わらない。ただ、国籍が違うというだけで選べる制度が変わる」


 課長は穏やかな口調のまま続けた。


「外国人留学生枠って、だいたい一般枠よりも競争が緩やかなことが多いからね。もちろん出願資格をちゃんと確認した上での話だけど。今回も『日本人と同じ枠で出す必要はないよ』って助言しただけ。外国人留学生が平均的な日本人高校生の学力と日本語能力があればどこの大学でもだいたい合格するしね」


 小春は感心したようにうなずいた。


「そういう制度を知ってるかどうかで、ずいぶん違いますね」


「うん。制度っていうのは、知ってる人が得をするようにできているものだからね」


 どこか皮肉めいた口調に、小春は思わず笑ってしまった。


 そんな会話をしているうちに、すぐに昼休みになった。


 フロアの休憩所。電子レンジの軽い唸りが奥で鳴っていて、他の社員たちはまだ席に戻っていない。今日はそのまま課長と食べることにした。


「ジークアクスですね」


 味噌汁のパックを開けながら、小春がそう言うと、向かいの席でサラダを口に運ぼうとしていた佐倉課長の手がぴたりと止まった。


「ジークアクスが日向さんの今期一推しか」


 箸を置いて、佐倉課長が笑みを浮かべる。一般的な会社の上司と部下の会話とは思えないが、この部署では、こういうやりとりもごく普通だ。


「毎回、どんな仕掛けをしてくるのか楽しみで。課長の方が世代ですよね」


 そう言いながら小春は、湯気の立つ味噌汁をふうふうと冷ます。課長は腕を組んで少しだけ目を細めた。


「まあ無数に新作が作られてるから、私だってリアルタイムのファースト世代じゃないしね。ファースト世代は私より一回り上になってしまう」


 つまり、ガンダム世代とひと括りにされがちだが、実は世代の断絶がいくつもあるということだ。小春も頷いた。


「エヴァンゲリオンですら、もう30周年ですしね」


「そうだなぁ。日向さんはエヴァンゲリオンの本放送の時にすら生まれてないんだよね。時間が経つのは本当に早い。私も歳をとるわけだ。認めたくないものだなあ」


 課長はわざとらしく肩をすくめて見せた。小春は思わず吹き出す。


 小春の世代でも、アニメに詳しい人なら、ガンダム関連の有名なセリフはだいたいわかる。今や文化教養の一部だ。


「若さゆえの過ちですか?」


「無数にあるよ。認めたくないわけでもない」


 そう言って課長は水を一口含んだ。


 佐倉課長は今年で45歳。1979年の『機動戦士ガンダム』初放送の時にはまだ生まれていない。それでも、プラモデルブームや再放送、劇場版、続編シリーズと、ガンダムはその後も何度もメディアに蘇った。課長にとっても、小春にとっても、それは「当たり前にあるもの」として、人生の横に存在していた。


「ジークアクスって、過去の作品に精通してる人ほど面白いでしょうね」


 小春の言葉に、課長は一瞬だけ考えこむような表情を浮かべた。


「そうねー、オマージュに溢れていて、私のような物書き趣味のある人間からすると二次創作的にも見えるが、権利者だからこそ作れる作品で、権利者でなければ商業作品化はしづらいから羨ましくもある」


 そこには、創作者としての目線がにじんでいた。小春は少し意外に思いながらも、好奇心がくすぐられる。


「羨ましい?」


 視聴者として楽しんでいるだけでは気づかない視点だ。課長はにやりと笑って、手元のサラダをかき混ぜた。


「自分の好きな作品を換骨奪胎しつつ、好きに作り替えられるんだものね。こんな面白いことはない」


「創作者的には......ずるいと?」


 あくまで冗談めかして尋ねると、課長は肩を竦めた。


「新人賞公募に長く応募してた人間からすれば、なんらかの審査があれば対象外にはなってしまうと思う。まあ、ずるいと感じるぐらい面白いってことさ」


 言葉の奥に、ほんの少しだけ過去の苦味が混じっているようにも感じた。


「日向さんはジークアクスのどんなところを肯定的に評価する?」


「そうですね。バトルシーンの迫力と映像美、ストーリー展開の緊張感、よく言われることですけど、大胆な演出ですね」


『機動戦士ガンダム ジークアクス』は、2025年1月に劇場公開されたガンダムシリーズの最新作であり、従来のガンダム作品とは一線を画す大胆な設定や演出で、ファンの間で大きな話題となっている。


 宇宙世紀0079年を舞台に、「シャア・アズナブルがガンダムを奪取したら?」という“if”の世界線を描いている。序盤では、シャアが赤いガンダムに搭乗するという衝撃的な展開が描かれ、ファンの間で大きな話題となった。


 物語は、女子高生アマテ・ユズリハが戦争難民の少女ニャアンと出会い、非合法なモビルスーツの決闘競技「グランバトル」に巻き込まれていくという、学園ドラマのような始まり方をするが、徐々に戦争という壮大なテーマへと引き込まれていく。


「じゃあ、マイナスポイントは見つけられる?」


 小春は課長から自分の好きな作品でも俯瞰して評価できるか問われたのだと思った。

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