その22 闘技場で大騒ぎ

 早朝の闘技場はスタッフが開場準備をしており、お客は入っていないためずいぶんと静かだ。


 剣闘士の2人は戦闘装備に着替え、すでに準備を終えて闘技場で待っている6人の所へやってきた。


「魔力の供給は確保しておいたから、アーシィとアクリアも地上並に魔法が使えるはずよ。」

「助かるけど、本当にとんでもないわねあなた。」

「感謝いたします。全力で戦わせていただきますわ。」


 美琴の言葉に頷くアーシィとアクリア姫。


 闘技場の使用許可はすでに得ており、スタッフが見守っているが、観客は入っていない。まだ開場前なので彼らを見かけて付いてきた野次馬も中には入れず、そちらは衛兵たちが問題は起きていないと説明して追い返していた。


 もちろん衛兵の方便とは裏腹に、闘技場はまさに一触即発の気配なのだが。


 両端にそれぞれのチームが揃って睨み合う中、舞台袖の中央に衛兵隊の隊長が立ち声を上げる。


「成り行きだが仕方ない。私が立会人を務める。それでは双方構え!……始め!」


 大きな声が響くと同時に両手斧を構えたミノタウロスのミストラルと戦槌を構えたオークのモンスーンが駆けだす。


 対して6人の方は前列に勇と人の姿のフレア、中列に舞とアクリア姫、後列に美琴とアーシィが控えている。


 ミストラルが勇へ斧を横薙ぎに、モンスーンがフレアへ戦槌を叩きつけるように振るったのはほぼ同時だった。


「障壁展開っ!」

「そこっ!」


 美琴とアーシィが障壁を展開する中、勇とフレアはそれぞれの相手へ踏み込む。

 ガァンと重い金属がぶつかる音が響き、「トラックがぶつかっても無傷」と美琴が豪語していた障壁と同等のアーシィの障壁が揺さぶられる。そう何度も受け止められる威力ではなさそうだ。


 しかしその間に勇はミストラルの脚へ、フレアはモンスーンの腹へ踏み込む。


「せいっ!」

「はっ!」


 勇は剣状デバイス『M2』を袈裟斬りに、フレアは跳び上がるように拳を突き出す。


「ふっ!」

「ぬんっ!」


 ミストラルは障壁にぶつかった両手斧に力を込めて片足とその反動で横に跳び、勇の攻撃を飛び越える。モンスーンは力を込めて胴防具でフレアの拳を受け止める。双方ダメージはほとんど無い。

 しかし攻撃へ対応した隙へすでに次の一手が迫る。


「火球、発射っ!」

「集え滴れ見えざる雫、穿て貫け穂先の如く、『ウォータージャベリン』!」


 舞の杖状デバイス『マナアンテナ』から火球がミストラルへ、アクリア姫の手から水の槍がモンスーンへ飛ぶ。


「それっ!」

「おっと!」


 ミストラルは両手斧を引き戻しつつその刃先の側面で火球を受け止め、モンスーンは身を捻って水の槍を躱した。

 さらに勇は切り上げでミストラルを追撃、フレアは着地から反転してモンスーンへ蹴りを放つが。


「むんっ!」

「はっ!」

「何っ!?」

「おぅ!?」


 ミストラルは両手斧を戻した勢いそのままに、身体を回転させて斧をフレアへ向けて薙ぎ払い、モンスーンはその斧を潜るように身を屈めつつ捻った動きを利用して勇へ戦槌をかち上げる。

 大柄な身体で密着され、十分に武器が振るえないと踏んでお互いの相手を入れ替えつつ攻撃したのだ。

 勇もフレアも吹っ飛ばされたがどちらも障壁と防御が効いているので無傷。とはいえ距離は離されてしまう。


「ははは、良い連携だ。」

「練度もなかなか。しかし戦い慣れはしておらんようだな。」


 それぞれ構え直しつつミストラルとモンスーンが笑う。


「これはヤバイな。どっちも歴戦の猛者ってところか。」

「人の姿とはいえこんなガチで戦う相手なんて初めてかも。強いね!」


 言葉とは裏腹に勇もフレアも獰猛な笑みを浮かべている。


「身体強化のレベルを上げるわね。多少感覚が変わるだろうから気を付けて。」

「防御は受け持つから突っ込んでいいわ。」


 美琴とアーシィの言葉に小さく頷いて、勇とフレアが駆けだす。

 ミストラルとモンスーンは正面から迎え撃ち、目の前の相手へ武器を振り下す。


 勇は短く飛んでミストラルの斧を躱しつつ踏み込み、フレアは障壁が戦槌を受け止めるのを潜るようにそのまま突っ込む。


「胴っ!」

「せいやっ!」


 勇の『M2』はミストラルの胴を打ち抜き、鍔のリアクターには『衝』の文字。フレアはすれ違うようにモンスーンの脚を蹴りで払う。


「雷撃!」

「砕け転がれ大地の欠片、叩け弾けろ礫の如く『ストーンバレット』!」


 舞からは放電、アクリア姫からは石の礫がそれぞれミストラルとモンスーンへ襲い掛かる。


「むっ!」

「ぬぅ!」


 雷撃は当然受けられず痺れるミストラル、モンスーンも石の礫を躱しきれず当たってしまう。

 しかし大したダメージにはなっていないのか体制は崩れない。


 位置が近いため十分に振り被れないまま、それぞれミストラルは勇へ斧を叩きつけ、モンスーンは戦槌を横へ薙ぐ。


 勇は跳び上がって、フレアはバックステップでそれぞれ回避するが。


「おぉ!」

「そらっ!」


 ミストラルは斧をそのまま振り上げるように勇を追撃し、モンスーンは薙いだ勢いで戦槌を振り上げ離れたフレアを叩く。


「せえぇぇい!!」

「はぁっ!!」


 振り上げられた斧を足場に高く跳び上がった勇はそのまま落下を利用して『M2』をミストラルの頭へ叩きつけ、フレアは尻尾を出しそれで地面を叩きつけつつ、拳を突き出して戦槌と正面から撃ち合う。


「ぐっ!」

「なんとっ!」


 咄嗟に両手斧から左手を離し、勇の攻撃を受けるミストラル。モンスーンは戦槌を弾かれて仰け反るがなんとか踏ん張った。


 だが魔法の追撃は間に合わず、勇はミストラルの背中を蹴って着地しつつ離れ、フレアも衝撃から立ち直るために転がるように距離を取る。

 仕切り直しだ。


「ははは、やるものだな!」

「うむ!場数を踏めばもっとよくなるだろう!」

「そろそろ身体も温まって来たな!」

「おうとも!やるかぁ!」


 楽しそうに言って頷き合う。


「手加減は終わりってとこか。」

「気合入れないとやばそう。」

「来るわよ!」


 美琴の言葉通り、ミストラルもモンスーンも先ほどより遠い間合いで振り被る。いかに2人の体格が良くて武器も多少長いとはいえ、とても届かない位置。


「それい!」

「ふんぬ!」


 2人が武器を振りぬくと、両手斧から衝撃波が跳び、地面を叩いた戦槌から振動が広がる。


「そうくる!」

「こうよ!」


 美琴が正面に、アーシィが地面に障壁を張り、それぞれの攻撃を受け止める。

 そこへ追撃とばかりにミストラルとモンスーンが踏み込んでくる。


 勇とフレアが迎撃に前へ。それぞれ武器の攻撃を警戒するが。


「それ!」

「なっ!?」

「ほれ!」

「ちょっと!?」


 ミストラルとモンスーンは武器を振り被りつつも出したのは脚。しかし、いくら武器よりマシとは言え、脚だけでも人間の胴体くらいはある太さの2人だ。とても受けてはいられない。


 勇は横へ、フレアは後ろへ跳び退くが、ミストラルとモンスーンがその隙を逃すはずもなく、避けた先へ武器の追撃がくる。


「障壁っ!」


 舞がアンテナを掲げ周囲へ障壁を張る。


「おっと!」

「ほう!」


 武器を振り切る前に障壁へ辺り押し出されるミストラルとモンスーン。だが仰け反るまえに押し出された反動を利用し武器を再度振る。もちろん武器そのものは届かないがそれぞれ衝撃波が張られた障壁を再度揺さぶる。


「きゃあっ!」


 ビリビリと空気を震わせ、障壁がはじけ飛ぶ。デバイスに問題はないが思わず悲鳴をあげる舞。


「さすがに同時攻撃には耐えられないわね。」

「仕切りなおすわ!」


 美琴とアーシィがさらに障壁を張り、そのうちに勇とフレアは体制を立て直した。


「さすがにこれはヤバイな。」

「はは、楽しいけどどうやって崩そうかな。」

わたくしが先に仕掛けますわ。追撃をお願いします。」

「アクリアさんと私なら範囲攻撃も可能です。2人が離れる前に畳みかけましょう。」

「防御はまかせて。」

「サポートするからあてにしていいわよ。」


 それぞれ体制を立て直し、アクリア姫が詠唱を開始した。


§


 急いで竜籠に乗り込んだ裕貴とゲイル、当然の如くミューやゼピュア、ブリードも乗っている。籠の中は広く5人なら余裕をもって座れるが、大きな体躯の人が乗ることも想定しているのかもしれない。またこの人数を余裕で運んでいるワイバーンの力もなかなかのものだ。


「闘技場での決闘って今でも出来るんですか?」


 裕貴の言葉にゲイルは頷く。


「今では行うものもほとんどいないな。前回は20年ほど前だったか、酔った剣闘士同士が口論になったのが発端のものだ。」

「それってこの国の人じゃなくても大丈夫なんですか?」

「ああ。そもそも、この国内で個人的な争いを解決する手段として作られた法だ。国に所属しているいないに関わらず、街中で暴れられないようにしている。ある意味今回のケースは想定内ではあるのだが……。」


 ゲイルは呆れた顔で頭に手を当てている。


「6人ということですが、裕貴様に心当たりはあるのですか?」


 ゼピュアが問うと裕貴は思案顔。


「分からないけど、人間ってことならたぶん古代竜の4人とか、もしかしたらサマーリア王国の人か、僕に精霊魔法を教えてくれた魔女さんとか。一応魔界にくる方法はあるってサマーリア王国で聞いたんです。ただ、世界の危機の原因が魔界と人間界が繋がったせいって伝承がるらしくて、方法は使わないようにしていたらしいです。」


 裕貴の言葉にゲイルは頷く。


「世界の危機とは言いえて妙だな。実際、人間界と魔界の境界はさほど厚いものでは無いのだ。そもそも次元に干渉できるものなどほとんど居ないので意識されることは無いが……。世界を超えて行き来すると、それぞれの繋がりが世界そのものの繋がりに影響を及ぼし、その境界が曖昧になってしまうのだ。元々は一つの世界だったものを神々が分割したとも言えるからな。争いの火種にならぬ為やそれぞれの生活環境が違うせいもあるだろうが、二つの世界に別けるほうが都合が良かったのだろう。」

「しかし、人間界の者がこちらで戦っている場合、世界の境界へ影響があるのでは?」

「可能性は否定できんな。まぁ別の世界から力を引き出すような事でもしなければ大丈夫だとは思うが。」


 ブリードの質問に答えるゲイル。それでも懸念は晴れないのかブリードも思案顔だ。


「闘技場の中で戦っている分には大けがとか死んじゃったりしないんですよね。」

「ああ。そのために闘技場には様々な結界を張る装置が組み込まれている。外観は昔からさほど変わっていないが、内部は最新技術の塊だ。」


 ゲイルが即答してくれたので、裕貴も少しは安心できる。それでも不安な表情は隠しきれないまま、竜籠は闘技場へと近づいていた。


§


「良い粘りだがさすがにスタミナ切れか?一度休憩でもはさむか?」

「実戦に勝る鍛錬はないとはいえ、無理は禁物だからな。」


 ミストラルとモンスーンの言う通り、フレア以外は息が切れて来た。さすがにフレアは古代竜だけあって体力も身体能力も2人より高いくらいなのだが、なにせまともな実戦経験など皆無だ。一応それなりに大型の獲物を狩ることもあるが、古代竜に抗えるような獲物などいるはずもなく、対等な相手とやり合うことなど初めての経験だった。

 それでもそれなりに戦えているのは本人のセンスと言う他ない。


「はぁはぁ……。予想以上だな。こいつら戦闘のプロだ。」

「やばばだね。まともに組み合えないし小手先の技も通じないし何となくの攻撃で倒せる相手じゃないよ。」

「長引きすぎたわね。お言葉に甘えて休憩したいわ。」

「魔力はともかく、体力が……持たないわね。」

「魔法は撃てますが、集中力が切れてきましたわ……。」

「どうなさいますか?このままでは……。」


 なんとか戦闘態勢は維持しているものの、限界は近い。


「しかない、地上界との導線を強化して出力を上げるわ。負荷がギリギリだから短い時間しか持たないの。短期決戦してもらうわよ。」

「どのみちもう体力の限界だ。やるしかない。」

「よし!もうひと踏ん張り頑張るよ!」


 美琴がデバイスを操作。5人は頷いて構える。

 しかしその時。


「双方そこまでにせよ!」


 闘技場に声が響いた。声のする方へその場に居た全員が注目する。


『魔王様!』

『裕貴(様)(さん)!』


 魔王ゲイルと裕貴、後ろにはミューとブリード、ゼピュアも控えている。


「嘘でしょ!?姉さん、舞、勇!それにアーシィ、アクリア、フレアまで。なんで魔界に……。」


 裕貴は驚愕した。魔界どころかこの世界に居るはずのない姉と幼馴染がそこに居たからだ。


「裕貴ぃ!」


 美琴が裕貴の顔をみて駆けだそうとする。

 まさにその時。


ビキッ


「何?」

「な、まさか……。」


 裕貴だけでなく皆がその謎の音に辺りを見回す。ただゲイルだけは苦虫を嚙み潰したかのような顔になる。


 バキバキと音を立てて空が割れていく。まるで空が巨大なスクリーンか窓になったかのように割れて名状しがたい色の空間が露出していく。


ゴオオオオオァァァァァァ


 地響きのような声を上げて、その空間から真っ黒な、あまりにも巨大すぎる竜のような形状の禍々しい何者かが空間の割れ目に爪を掛けて、こちらの世界へ身を乗り出してくる。


「じ、次元獣……。」

「えっ?次元獣?」


 息を呑む一同の中、呟いたゲイルの言葉を裕貴は繰り返すことしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る