その9 どうしてそうなった

 裕貴がサマーリア王国へやってきてから1週間。

 あんなに居心地が悪かった王宮にもすっかり慣れ、裕貴は楽しく過ごしていた。


 朝は王様ご一家と一緒に食事を取り、その後王宮内を周る。

 厨房に礼を言いに行くついでに、裕貴の世界の料理について教えたり、洗濯や掃除等身の回りの世話をしてくれる使用人たちには毎日礼を言いに行った。また庭師小屋にも顔を出して精霊魔法で少し手伝った後、アクリア姫と大図書館や魔導研究所に行って話をする。


 魔導研究所でセイジに話をする約束をした後、大図書館のセレンからも話を記録したいと申し出があったのだ。

 どうせ裕貴の世界の話をするならと、同席してみたこともあったのだが、聞きたい話の方向性が違って双方不満が出たため別々に話すことになったのだ。


 また、セイジには精霊魔法の話もする必要があり、使って見せた時はずいぶんと感動していた。初めて会った時と同じく、かなりリアクションが大きく、精霊への考察を延々と1人で始めてしまって、裕貴は少々引いてしまったのだが。


 そんな調子で過ごしているうち、あっという間に祝祭の日となる。


 裕貴の衣装は、パレード参加を承諾した次の日には採寸され、すでに完成していた。

 もっとも裕貴自身はその服を見てはいなかったのだが。


「裕貴様、緊張なされておいでですか?」

「あ、うん。こういうのって初めてだから。」

「ふふ、大丈夫ですよ。わたくしが付いております。」

「ありがとうアクリア。」


 この一週間アクリア姫は裕貴に付きっきりであった。

 

 勉強があるという午前中だけ、少し離れている時間もあったものの、裕貴が王宮を周り終えるころにはいつも戻って来ていた。


 おかげでもうすっかり打ち解けている。


「それではパレードの衣装にお召替え下さい。わたくしも着替えてまいりますので、後程合流致しましょう。」

「うん。それじゃあまた後で。」


 アクリア姫と別れた後、裕貴もパレードの衣装に着替える事になる。例によって侍女たちによる強制お着換えだが、これは未だに慣れなかった。 


「ちょ、ちょっと待ってください!これって!?」


 当然の如く着替えさせられた服に裕貴は困惑する。


「裕貴様、お召替えはお済でしょうか?まぁ!よくお似合いで素敵ですわ!」


 部屋に入って来たアクリア姫が歓喜の声を上げる。


「いやいやいや。これって、女性用のドレスでしょ!?なんで?」


 そう、裕貴が着替えさせられたのは、アクリア姫が着ているような女性用のドレスであった。確かに裕貴は童顔ではあるものの、男であることはアクリア姫ももちろん承知している。そもそも、王宮に来た際着替えた服は男物であったのだ。


「せっかくのパレードですもの、裕貴様のお姿がもっとも映える衣装をと頼んでおいたのですわ。男性用の礼服より、ドレスの方がより存在感が出ると思い提案したのですが、やはりわたくしの目に狂いはございませんでしたわ!」

「これってアクリアのせいなの!?普通の男物にしてよ。なんなら僕の制服でもいいからさ。」


 裕貴は懇願するがアクリア姫はニコニコとしたまま手を引いて部屋から連れ出す。


「もう着替えるお時間はありませんわ!お父様もお母様もお待ちですから、さぁこちらへ。」

「ちょ、ちょっと待ってよ!アクリア!」


 裕貴の叫びも空しく、そのまま馬車に乗せられ、パレードは始まってしまうのだった。


§


 サマーリア王国の祝祭。


 遥か昔、異世界から神々によって招かれた勇者によって世界の危機が去り、それを祝って開催されたのが起源とされる祭りである。


 毎年この祭りでは王族が馬車によって王都を練り歩くのが恒例行事となっており、国の内外から一目見ようと多くの人が訪れる。

 まして今年は異世界からの来訪者が王族と供に参加するとあって、例年に無い大賑わいを見せていた。


 褐色の肌に燃えるような赤い髪。サマーリア王国では見ないような色合いに勝気そうながら美しい顔立ちの娘は、普段なら目立つ所、人込みに紛れてそれほど気にされてもいなかった。


「すごい人間の数。お祭りっていいね!」


 祭りの熱気に当てられ、好奇心のまま辺りをきょろきょろと見回す彼女の名はフレア。


 長いマントを羽織っているものの、お腹が丸出しの上着に、ホットパンツで生足と露出度の高い格好。彼女に気づいた男性が目で追っているが、人が多すぎてすぐに見えなくなってしまい、大勢に注目されずには済んでいた。


「いつも行く街とか、こんなに人が居たことないよ。」


 1人楽し気に飾り付けられた通りを歩きまわり、屋台で買い食いして過ごしていると、人込みから「パレードが始まる」と言う声が聞こえる。


「あ!たしか王様とかのパレードだっけ!やば、見に行かなきゃ!」


 とは言えかなりの人がおり、見える位置へ行くのは一苦労。

 かと思いきや、路地から建物裏の人目の少ない所へ周ると、背中から被膜のある翼を生やしてふわりと建物の屋根へ飛び上がる。

 それから翼を仕舞うと屋根伝いに王宮前の建物の上へ陣取った。


「ここならよく見えるね。」


 やがて王宮の門が開かれ、屋根の無い立派な装飾のされた大きな馬車が、4頭の装飾された馬に引かれてゆっくりと出てくる。


 馬車には小柄で立派な髭のおじさんに、長身のおばさん、2人の少女が乗っている。


「サマーリア王国国王、ウェイブ・マリーン・サマーリア13世様、王妃ティアード・ロップ・サマーリア様、王女アクリア・マリーン・サマーリア様。そして異世界より現れたユウキ・アマリ様、聖獣ミュー様。御成り。」


 馬車の先導をしている馬の上から何かラッパ状の物を口に当てそう宣言する男。声は離れているのにはっきりと聞こえるので、その道具が声を大きくしているのだろう。

 

 フレアはその聞こえてきた音に耳を疑った。


「えっ!?異世界から現れたって本当!?ヤバイじゃん!これ、どうしよう。後で会いにいくしかないかも。」


 フレアは困惑しつつも目の前を流れていくパレードを見送った。


§


 パレード中の裕貴は混乱のただなかにあった。


 自分が女装されて衆目にさらされているというだけで恥ずかしくて死にそうなのに、周囲から「ユウキ様~!」と多くの人から声援が上がっているのだ。嫌でも注目を集めていると分かってしまう。

 アクリア姫に促されて手を振っていたが、頭は真っ白で自分が何をしているのかも分からなかった。


 だからパレードが始まってすぐの建物の上に女の子が座って見ていたのも、人込みに何故かアーシィや姉や幼馴染のような顔が見えた気がしたのも全部羞恥と湯だった頭の見せた幻影だったハズだ。


 パレードの馬車は大通りの中央を抜け、王都の外周に出るとゆっくりと外周通りを周っておおよそ半日かかって王宮まで戻ってきた。


 裕貴にとっては一瞬のような、永遠のような時間であったが、その間の記憶はきれいさっぱり飛んでいた。


「裕貴様、大丈夫でいらっしゃいますか?」

「あ、はい。ダイジョウブデス。」


 パレードが終わって馬車から降りた時には、アクリア姫の呼びかけにもこんな答えしか返せなくなっていた。


「裕貴様はこういった行事に不慣れであろう。さすがに疲れてしまったようだな。少しお休みになられると良い。」

「そうですわね。少し休んで着替えられたら祝祭の様子を拝見しにいきませんか?」

「あ、うん。それはぜひ。」


 王様とアクリア姫の言葉に少し正気を取り戻した裕貴。


「そうでした、大図書館と魔導研究所から報告があるそうなのですが、さすがに本日は祝祭ですので、明日に致しましょう。さすがにすぐ裕貴様の世界へ帰れるというわけではないようですので。」

「そうですか。わかりました。それじゃあそちらは明日で……。」


 しかし今から報告を聞くという気力も無く、とりあえずは休憩させてもらうことにした。


「少し庭園に出られてはいかがでしょうか?わたくしはお茶の用意を命じてまいりますので。」

「うん。ありがとうアクリア。」

「いいえ。わたくしたちのわがままに付き合っていただいたんですもの、これくらいはお安い御用ですわ。」


 心配そうに言いつつも離れるアクリア姫を見送り、裕貴は庭園へと歩き出す。

 この一週間で何度も歩いてきており、庭師たちの手伝いもしているのですっかり見慣れた場所だ。植えられている花の名前も教えてもらっていた。


 この庭園を歩いているとパレードの羞恥で真っ白になった頭も少しは回復してくるようだ。


「ミュー。」

「あ、うん。大丈夫だよ。ありがとうミュー。」

「ミュウ。」


 ミューが抱き付いてくるので頭を撫でてやる。ミューの胸らしきものの感触にもすっかり馴れてしまった。この世界に来てすでに2週間ほど、毎日一緒に寝ているのだから当然といえば当然か。


「ミュ?」

「ん、どうしたのミュー?」


 ミューが振り向いたためそちらを裕貴が見ると、褐色の肌に赤い髪の美少女がいつのまにか立っていた。


「こんにちは!」

「えっ?はい、こんにちは。」


 思わず挨拶を返す。少なくとも王宮に居る人ではない。裕貴は王宮に居る人は全員把握していた。


「え、えっと君は誰?どこから王宮に入って来たの?」

「私はフレア。どこからって上から。」


 フレアは空を指さす。何を言っているのかさっぱり分からない。あるいは飛行する魔法があるのかとも思ったが、アーシィもセイジも飛行できる魔法については全く触れなかったし、空を飛ぶ乗り物や人はこの世界で見たことがなかった。


「君ってユウキでしょ?」

「うん。僕は天利裕貴あまりゆうきだよ。もしかしてパレード見てたの?」

「そうそう!さっきパレード見てさ。」


 フレアの姿は見覚えがある。どこでかは思い出せないがおそらくパレードの間、どこかの人込みに紛れてていたのだろう。特徴的な見た目だったので印象に残ったのだ。


「君って異世界から来たって本当?」

「うん。そうみたい。だから僕、元の世界に帰りたいんだ。」

「そっか!よしきた!元の世界に帰れるように手伝ってあげるよ!」

「えっ?うん、ありが……、うわっ!?」


 言うが早いかフレアは裕貴に抱き付いてくる。


「僕、今はこんな格好だけど男なんだ。だから抱き付くのは……。」

「大丈夫大丈夫!まかせてよ!」

「ちょっと、話聞いてる?」


 フレアは裕貴を持ち上げるとそのままふわりと浮かび上がった。


「えっ?浮いてる!?」

「そんじゃうちまでひとっ飛びしようか!」


 そのままぐるりと空中で回転すると、裕貴を放り投げる。


「うわーっ落ちる!?」

「大丈夫だって!」


 次の瞬間裕貴の視界が真っ赤に染まる。血の色ではない。真紅の鱗が幾重にも重なって視界を覆ったのだ。

 気が付けばその鱗の上に裕貴は座っている。見れば左右には立派な赤い翼膜。前方には長い首と大きな頭に、立派な角が見える。


「えっ!?ドラゴン!?」

「うん!私は竜姫フレア!竜王バーンズの娘だよっ!」

「りゅ、竜姫!?うわあっ!」

「ミュー。」


 いつの間にか後ろにいたミューが裕貴を抱える。有無を言わさぬまま竜姫フレアは裕貴とミューを乗せたまま速度を上げる。


「ええっ!?古代竜!?裕貴様!ミュー様!大変ですわ!どうしましょう!!」


 戻ってきたところ、裕貴とミューを背に乗せて飛び去る竜を目撃してしまったアクリア姫は、おろおろと狼狽えるしかないのだった。

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