その10 裕貴奪還作戦2(前編)

 裕貴を奪還すべく異世界へ転移した美琴、勇、舞の3人。

 眩い光が消えて目を開くとそこは森の中だった。


「とりあえず転移成功ね。お父さんのうろ覚えの地理だと国の北に大きな森があったって話だからそこかしら?」


 移動前に父であるネクトから聞けることはすっかり聞いておいたのだが、ネクトが元の世界に居たのは10歳までである。子供のころのことなどほとんどうろ覚えで要領を得ないものがほとんどだった。それでも異世界の情報は貴重ではあるので、何度も確認はした。


「裕貴さん、こんな森の中にお1人で?もし野生動物にでも襲われたら大変ですわ!」

「私たちの世界とこっちの世界でどのくらい時間がずれてるか分からないから、裕貴がこっちに来てどのくらいの時間が経ってるのかは分からないのよね。一応私たちの世界にきた人たちはバラバラの年代だったんだけど、連絡が取れた人がほとんど居ないし話もろくに聞けなかったから情報が少なすぎるのよね。」


 舞は資産家である父親に頼み込み、様々な方法で情報を集めた。しかしさすがに1週間では集められる情報もたかがしれている。すぐに連絡が取れるという異世界から来た人物は居なかったため、結局ネクトのうろ覚えの記憶が一番詳しいという有様だった。


「まぁデバイスを作るための魔力計測には役に立ったんだから問題はないわ。必要な情報はこっちで集めればヨシ!とりあえず人の居る場所を目指しましょう。」

「方針はそれでいいが、どうやって人里を探す?」

「見通しの良い場所を目指してはどうでしょう?この装置は身体能力の向上も出来るのでしょう?」


 舞の言葉に美琴は頷く。手に持った本状のタブレットデバイスを開き操作する美琴。


「とりあえず身体強化を設定したけれど、さすが異世界ね。周囲の魔力量が段違いだわ。出力も上がってるしほぼ無尽蔵に使えるわよ。」

「それじゃ早いとこ見通しの良い場所に行こう。日が暮れると探しようがないからな。」

「一応明かりの魔法はありますけれど、周囲を照らせるくらいですものね。」


 3人は見えている山の方を目指して走り出す。


「すごいですわ!身体が軽くてまったく疲れません。」

「これはヤバイな。車並のスピードが出てるんじゃないか?ぶつかったりしないかこれ。」

「大丈夫よ。ぶつかっても岩だろうが木だろうが障壁でどうにでもなるわ。」

「いや、それ大丈夫じゃないだろ。」


 言いつつすさまじい速度で森の中を駆けて行く。美琴の言う通り、途中で岩や木を避け損ねるとそれらを弾き飛ばして進む。大木なら揺れる程度で済むが、少し細目の木だとへし折れたり根っこからひっくり返ったりしている。


「なんか自然破壊してるよなこれ。」

「なりふりかまってらんないのよ!一刻も早く裕貴を探さないと!」

「そうですわ!裕貴さんにもしもの事があったらいけませんもの!もっと速度を上げますわよ!」


 鬼気迫る女子2人に追われるように先頭を行く勇は程なくして木々の少ない岩場へと到着する。途中斜面を登り森から抜けたので、見通しは良くなった。


「見晴らしは良さそうですけれど人里って見えます?」

「ちょっと待ってね。こういう時はっと。」


 舞の言葉に美琴がデバイスを操作する。


「OK!視界強化をかけたから周囲を確認してみて。」

「うおっ!なんかものすごい遠くまで見える。ちょっと気持ち悪いなこれ。」


 美琴の言う通り視界が強化され遥か先まで見渡せる。


「あ、あちらの方建物が見えますわ!森の遥か向こうですけれど。」

「ん?あぁ、本当だ。あっちの方に人里があるっぽいな。かなり遠いけど大丈夫かこれ?」

「とにかく行くしかないでしょ。視界強化を切るわ。目的地の方角をセットしたから迷うこともないはず。あとは真っ直ぐ突き進むわよ。」

「また森を壊しながらいくのか……。」


 勇が呆れたように言う。その時、周囲から唸り声がする。


「おっと。やっぱり居るよなこういうの。」

「狼ですかしら?ずいぶん大きいですわ。もし裕貴さんが襲われていたら……。いえ、そんなことを考えるよりも探すほうが早いですわね!」

「そうよ!こんなの相手にしてられないわ。」


 走り抜けようとすると、ひときわ大きな個体が3人の前に姿を現す。周囲の個体より一回りは大きく、体高だけでも舞の身長ほどもあった。おそらくは群れのボスなのだろう。


「こいつはヤバそうだな。」

「追いかけられたら面倒ですわね。勇さん、行けます?」

「あぁ!問題ない。普通は狼なんて人間が生身で相手するもんじゃないが、今はこいつがあるからな。」


 舞が杖状デバイスを握りしめ確認すると、勇は答えて腰にマウントしてあった剣状のデバイス『M2』を両手で構えた。


「システムは問題無く機能してるわ。2人ともやっちゃって!」

「了解です!」

「まかせろ!」


 2人が返事をするのが早いか、周囲の狼たちが一斉に襲い掛かってくる。

 舞が杖を地面に立てるようにすると、周囲に透明な壁が現れたようにとびかかった狼たちが弾き飛ばされる。


 一拍置いてボス狼がとびかかってくるが、障壁にぶつかる前に大きな咆哮を上げる。それは衝撃波のように前方へ放たれ、3人の障壁を大きく揺さぶった。


「これはヤバいな。」

「ただの狼ではありませんわね。さすが異世界ですわ。」

「なんの!こんな犬っころに可愛い弟探しを邪魔されてたまるもんですか!」


 美琴がデバイスを操作すると、一瞬で周囲の音が消える。耳栓をしたどころではなく、本当にまったく音がしなくなったのだ。


(なんだこれ?)

(消音魔法よ。これで咆哮からの衝撃波も出なくなるはず。)

(聞こえないのに言葉が伝わっているんですけれど?)

(魔力通信でヘッドギアから直接脳波で会話出来るようにしてるの。これも次元転送システムのちょっとした応用よ。)


 美琴の説明に勇は胡乱な目をしたものの、身体はすぐに動いた。

 素早くボス狼の前へ詰め寄ると上段から一気に振りぬく。


 ボス狼も黙って斬られるわけもなく跳び退くが、鼻先にかすって血が飛び散る。


 勇の手にある『M2』の鍔にあるリアクターのディスプレイには「斬」の文字。

 その後ろからはすでに舞が『マナアンテナ』のリアクターを狼に向けており、リアクターには「炎」の文字。飛び出した火球が跳び退いたボス狼に直撃した。


 口を開き、顔を振って炎を払いのけようとするが、体毛が炎上している。本当は鳴き声を上げているはずだが今は音が消えている。


 勇はその隙にさらに一歩踏み出し、振り下した『M2』を狼の首を下から撫で上げるように切り上げ走り抜ける。


 ズルリと一拍おいてボス狼の頭が胴体と離れ、音もなくその身体が倒れると、周囲の狼たちは文字通り尻尾を撒いて散り散りに逃げて行った。


「おつかれ。初戦にしてはなかなかじゃない。」


 音が戻って美琴の声が聞こえる。


「さすがに狼相手ってのは勝手が分からないな。しかもこんなデカイの。俺達の世界の熊より大きいぞこれ。」

「さすがにグロテスクですわね。放置して何か集まっても嫌ですし魔法で埋めてしまっていいかしら?」

「ええ、その方が良いでしょう。」


 美琴の了承を得て、舞がデバイスを向けると、土が盛り上がって狼の死体辺りに穴が出来、盛り上がった土がその穴の上から覆いかぶさってすっかり埋めてしまった。


「とりあえず他に何かいないか索敵しておきましょう。もっと危険な生き物が居たら洒落にならないし。」

「ええ、お願いしますわ。」

「ああ、そうだな。」


 舞と勇が頷くのを待たずに美琴はデバイスを操作する。


「む?近くに私たち以外の人の反応があるわ。」

「どこですの?」

「ほら、そこの岩陰。」


 美琴が指した大きな岩。3人が近づいて行くと、その影からローブにとんがり帽子のいかにも魔女という風体の女性がゆっくりと後ずさる。


「―――。」


 彼女はなにかを言っているが全く聞いたことの無い言語だ。


「どうしましょう。言葉が分からない時の意思の疎通方法は何かありませんの?」

「とりあえず敵対していないことを示そう。武器はしまって手を開けばいいか?」


 舞と勇が困惑しているが、美琴は涼しい顔。


「ふっ、慌てなくて大丈夫よ。こんなこともあろうかと、ちゃんと準備してあるんだから。……ヨシ!OK。あーあー、聞こえますかそこの方。私たちは異世界から来た者です。あなたに危害を加えるつもりはありませんから安心して下さい。」


 デバイスを操作した美琴がそう言うと魔女らしき人の顔が驚愕に染まる。


「驚いた。言葉が通じるようになったわ。異世界からってまさか、こんなに短い間に現れるなんて……。」

「短い間!?それってもしかして、裕貴って男の子じゃありません?」

「え、ええ。裕貴のお知り合いなのかしら?」

「私は裕貴の姉です!裕貴は今どこに!?」


 駆け寄る美琴に魔女は木の杖を向けて後ずさる。


「お、落ち着きなさい。裕貴はもうここには居ないわ。」

「ここには居ない?どういうことですの?知っていることがあったらおしえて下さいませ!」


 舞まで駆け寄っていく。


「落ち着け2人とも。気持ちは分かるがまずはちゃんと話を聞こう。ごめんなさい。俺達は裕貴を探すために来たんです。出来れば話を聞きかせてもらえませんか?俺は勇っていいます。」

「失礼しました。私は裕貴さんの幼馴染で舞といいます。彼はとてもとても大切な方なんです。」

「私は裕貴の姉で美琴よ。お願い。弟の手がかりならなんでも良いの。教えてもらえないかしら。」


 3人の言葉に魔女は小さくため息を吐いて頷く。


「だいたい事情は分かったわ。私はアーシィ。このグラスプ大森林に1人で住んでいる魔女よ。つい昨日まで裕貴の面倒を見ていたのは私。でも、裕貴は昨日突然居なくなってしまったの。」

「突然居なくなった?」

「ええ。とりあえず事情を説明するから付いてきてくれるかしら。あと、無暗に森を壊さないで貰えるとありがたいわ。」

「それは、ごめんなさい。約束するわ。」


 アーシィの言葉に3人は苦笑して頷いたのだった。


§


 アーシィの小屋へ移動した4人。中に入って事情を聞くことになる。

 さすがに小さい小屋なので4人も座ると手狭だが、椅子は裕貴とミューが使っていたものに加えてもう1脚作ることになった。


「便利ね。物に宿っている魔力はその性質を利用できるのね。」

「ええ、精霊魔法というのよ。あなたたちの魔法もだいぶ変わっているわね。」

「まぁ私たちのは魔法を使う技術がない分を道具で補っている感じなので。アーシィさんの魔法は使えそうだし少し真似させてもらいますね。」

「それは構わないけれど、そんなに簡単に出来るなんて魔女の立つ瀬がないわね。」


 デバイスを操作する美琴に苦笑するアーシィ。


「そんなことはないわ。私たちは所詮別な世界から来て魔法を真似して再現しているにすぎないもの。この世界に生まれて技術を身に着けたアーシィさんのほうがすごいわ。」

「ふふ。そういう風に誉めるの、たしかに裕貴に似ているわね。本当にお姉さんなのね。」

「ええもちろん。だからこそ大切な弟をどうしても救い出してここまで来たんです。」


 決意の籠った眼差しを向ける3人にアーシィは頷く。


「分かったわ。短い間とはいえ裕貴は私の弟子みたいなものですもの。どこへ行ってしまったのか私も探すのに協力するわ。」

「ありがとう。よろしくお願いするわ。」


 美琴達3人も力強く頷いた。


「さて、いろいろ聞きたいことはあるでしょうけれど、一番必要なのは今裕貴がどこに居るかという情報ね。」

「もちろんですわ!場所はお分かりになりませんの?」


 舞の言葉にアーシィは首を振る。


「ごめんなさい。正確にどこへ行ったのかまでは分からないわ。裕貴は帰る方法を探したいと言っていて、ここでその準備をしたの。準備が出来て出発しようとしたその時に光に包まれて消えてしまったのよ。」

「そんな……。」


 悲し気な顔に変わる美琴。


「ちなみにどこへ行こうとしてたんだ?」

「サマーリン王国。このグラスプ大森林の南にある国で、森林の一部はあの国が管理しているの。大昔に世界に危機が訪れた時、神々が異世界から人を呼び出してその危機を治めたって伝承があってね。その異世界人に協力した国がサマーリン王国なのよ。だからあの国なら異世界へ戻る方法の手がかりが得られるんじゃないかと思ってね。」


 勇はアーシィの説明に頷く。それを聞いていた舞は思案顔のままつぶやくように言う。


「もし異世界から人を招いたのが神々なら、今回の裕貴さんがこの世界に来てしまったり、突然消えてしまったのもその神々の力なのではありませんの?」

「目の付け所がいいわね。世界を渡ったり場所を移動したりという魔法は魔女でも使えないような物。可能だとすればまさに神の力ね。あなたたちの世界へ帰ったわけではないとすれば、神に所縁のある場所へ移動した可能性は高いわ。」


 美琴はその言葉にはっと顔を上げる。


「神に所縁があるって、もしかしてその国、その神の信仰をしてたりしない?神殿だか教会だかあるんじゃないの?」

「そうね。サマーリア王国は天界の神々を信仰していて、王家と神殿が密接に関わっているそうよ。私も裕貴が移動したのだとしたら、サマーリア王国の神殿だと思うわ。」


 3人が頷く。


「もし違っていたとしても、その国なら手がかりが得られる可能性は高いわね。行きましょう!サマーリア王国へ。」


 こうして裕貴が歩くはずだった道を、美琴、勇、舞がアーシィと歩くことになったのだった。

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