第20話 尾行の尾行はなに?


 襲撃者が戦場を去ってから五分後。

 腕にべったりと貼り付いた田村の頭を優しく撫でて、離れようか? と目で訴えて見ると、上手く伝わったのか甘々モードが解除された。


「そろそろかな? ちょっと追いかけてくるね」


「わかりました。お気を付けて」


 揚羽は自身の広範囲魔力探知を使いさっきの戦闘中に把握した魔力の痕跡を追いかける。風のように消えて追跡を始めた揚羽の背中を見送った田村は一足先に学園に戻ることにする。

 そう。

 田村が敵を殺さなかったのはただの情けを掛けたからではない。

 情報をこちらが掴むためだ。

 その場合、敵を追い込むのに外傷より内傷の方が都合が良い。

 外傷は目に見えるが内傷は目に見えない分、解毒するまではそっちに気が回り尾行に気づくのが遅れるからだ。毒の成分や効果を把握されていたらそれまでだが、今回はその心配もなさそうだ。あとは揚羽の役目だ。


 そんなわけで――。

 

 ようやくこちらが掴んだ尻尾離すわけにはいかない。


 しばらくしてキラと美香がとある場所に入って行く所を見た。

 どうやらここが二人の隠れ家らしい。

 そこは揚羽にとって言葉が詰まる場所であった。

 そしてにわかに信じがたく信じたくない光景もあった。

 二人が逃げ込んだ先は王都中央区にある空軍基地。

 そこでは検問兵が二人の姿を見ると道を開けていた。

 つまり特別監視区域の一つである空軍基地が二人の隠れ家だということになってしまう。それは……。


「まさかここが既に落ちていたのか……」


 オルメス国の重要施設であり重要な情報と人が往来する場所の一つがまさか本当に……。

 揚羽は思わず息を呑み込んだ。


「これ以上の深追いは止めておくか」


 予想はしていたけど、まさかそんなこと。

 などと頭の中で思っていただけに想定外に近い出来事に揚羽は慎重に行動することを決めた。ここで熱くなってようやく掴んだ敵の尻尾を手放すことは愚策。

 自分にそう言い聞かせて敵に悟られないように学園へと戻った。



 帰り道。

 警戒はしていたが、特に問題は起きなかった。

 しかし……。


『揚羽先生へ。


 戻ったら私の所に来てください。


 無断外出の件でお話しがあります。』


 と書かれた手紙がデスクの上に置かれていた。

 差出人はスポーツ刈りでいつもビショと髪を決めスーツが良く似合う山下主任だった。


「うげぇ~」


 それを見た時、心の底から拒絶の声がでてしまった。

 






 二時間を超える教員指導という名の説教が終わった揚羽が職員室に戻ると、学園長室から出てきた人物と偶然にも目があった。


「お疲れ様です」


 教師が無断外出とは言語道断と説教され疲れ果てた揚羽は声を振り絞って挨拶をした。周りの目もある以上どのような状況でもお客様に挨拶は当然のことである。


「お、おつかれ……だ、大丈夫? 顔死んでるけど……」


「はい……」


「めっちゃ疲れてるように見えるけどなにがあったの?」


 近くに来て、心配してくれる女性に揚羽はこう答える。


「あそこの恐いお兄さんに怒られた」


「揚羽先生! 人を指さすなんて教師として失格です! いいですか! 教師と言う者は――おや? これは失礼いたしました。私ここで教師をしております山下と言います。変装されていて気づくのが遅れてしまい申し訳ございません。まさか田中総隊長様の前で新人教師の楚々をお見せすることになるとは」


「お気になさらないでください」


 うわぁ~。

 二人共猫被るの上手……そして気まずい。

 などと揚羽が一人心の中で思っていると、


「ご飯でも行く?」


 と、小声で誘われた。

 今の状況から抜け出せるならなんでもいいやと精神的に疲れた揚羽はなにも考えずに小さく頷く。


「申し訳ございませんが、少し彼をお借りしてもよろしいでしょうか?」


「それは構いませんが、どんな理由で揚羽先生を?」


「学園長から最近カウンセリングを頑張っている新人教師がいると聞きました。国家が運営する学園だからこそ、生徒に対してどのような熱意で職務に務めているのか興味を持っています。ですので、直接お話しを聞いてみたいと思いまして」


「す、素晴らしい! そのような理由でしたら些か余計なことを言わないか心配ですが、どうぞ連れて行ってください」


 そして。

 顔を近づけ。


「絶対に余計なことは言わないようにしてください」


 と小声で釘を刺された揚羽は苦笑いを見せて頷いた。

 そうして田中と一緒に揚羽は職員室からでた。

 その時聞こえた声は、


「この学園終わった……」


「大丈夫か? 頼むから……変なこと言うなよ……」


 と、周りの職員からの信頼のなさを表していた。


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