第19話 不自然な行動
学園を出て、王都を並んで歩く二人。
傍から見れば、恋人のように見えなくもない距離感で女性が男性を好いているのが伺える。
ニコニコと笑顔がこぼれているからだ。
そのまま気が向くまま、途中で珈琲を買って歩き続ける。
「大通りを外れるとやはり平日。人が一気に減りますね」
「そうだね。殆どの人は今働いているからね」
「ですよねー。私たちみたいにこそっと職場を抜けてデートなんてしてる人早々いないですよね~」
ルンルン♪ と頭の上に出てても可笑しくないぐらいに上機嫌な田村。
軍を抜けてからの話を聞いたところ、今は保険医だが国家が運営する病院の院長からうちで働かないかと人脈が豊富で引き手数多らしい。
そんなわけでもし今の職場をクビになっても職場には困らないらしい。
同じくらいに結婚を前提としたお付き合いを望んでくる男性も多いらしく、玉の輿に乗ることも可能らしい。
まぁ……可愛い面が沢山あって美人でキャリアもエリート。
田村と結婚すれば将来安泰間違いなし! と考えれば当然かもしれない。
結局男女共に容姿は大事! と言うこと……ぐぬぬぅぅぅぅ!!!
悔しく……なんかぁなぁいからぁ!!!
ちなみにまだ純潔らしい……。
話を聞いて色々と歩きまわっていると、目の前から自分たちと似たようなカップル――訂正して男女が歩いてきた。
「紅さん」
小声でボソッと呟く田村に「うん」と田村だけに聞こえるように返事をする。
二人の男女との距離が縮まる。
揚羽は田村の手を握った。
四人の距離が縮まる度に少しずつ嫌な雰囲気が強くなってくる。
ただの気のせいだといいんだけど、と心の中で願いながら、すれ違う。
――ビュ~。
風が吹いた。
「もぉ~ダーリンったら焼きもちやかないの!」
胸元が露出した二十代の金髪ギャルが揚羽に聞こえる声で言った。
続いてすぐに男の声が聞こえたので揚羽と田村は立ち止まって振り返る。
「てめぇ! 今美香のことイヤらしい目で見ただろうが!」
なるほど。
その仕打ちがこれというわけか。
叫ぶ男の手には魔法で作られた魔法剣が握られている。
ただし剣先は折れている。
「否定はしないけど、それで人の首切り落とそうとしないでくれませんか?」
すれ違う刹那。
男の不意打ちに近い一撃は電光石火の如く目にも止まらない速さだった。
だが切れたのは首ではなく剣。
くぐってきた死線の数が一人だけ桁外れだった。
その経験の差が諸に出た瞬間でもあった。
「だいいち……」
となりにいる田村と美香と呼ばれる女性を見比べる。
一人は異性を惑わす果実。
歩く度に揺れるソレは唾を飲みこむほど。
一人は別の意味で異性を惑わす種。
果実の甘い部分がなくそのなんだ……下着がいらないらしい。
「言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ!」
「まだ頑張れば希望はあると思います」
その言葉に美香と呼ばれる女が即座に反応する。
「うるさい!! 黙れ! 変態!」
炎の玉が揚羽たちの頭上に落ちてくる。
だけど、炎の玉は一秒も持たず空中で消滅してしまった。
「私の火球が消えた!?」
(幾ら今は弱体化しているとはいえ、火属性魔法を極めた紅さん相手にそれは無謀)
田村は客観的に今の状況を把握し始める。
(プロ選手が怪我したからアマチュア選手が簡単に勝てる方程式はこの世にない)
「こいつ情報と違う。……そこそこの魔法も使えるみたいだ」
「それ以前に魔法兆候が一切見えなかった」
「軍だ! 軍も情報操作をしてるんだ! 美香気を付けろ!」
二人のカップルが戦闘態勢に入り、警戒心を露わにした。
「やっぱり俺狙われてる?」
「みたいですね。狙いは紅さんの暗殺みたいですが、失敗に終わったみたいですね」
どこか緊張感のない会話にカップルがイライラし始める。
イライラすればするほど、周りが見えなくなるとも知らずに罠に嵌っていく二人は同時に動く。
「風の太刀。封魔一閃!」
風を切り裂く音よりも速く一直線に揚羽の首を目掛け向けられた剣先。
「舞えサラマンダー!」
炎の竜が剣に纏わり付き、相乗効果によるパワーアップ。
だが――。
「遅いわ」
剣先が揚羽の首を捉えたと思われた瞬間。
剣先が揚羽から離れていく。
「ぐっ!?」
元いた場所まで蹴り飛ばされた金髪短髪の男は鋭い眼光を飛ばす。
だが、蹴り飛ばした張本人は臆することなく一歩前にでる。
「紅さん。ここは私が」
「そう? なら任せた」
揚羽は一歩下がって戦いの行方を見守ることにする。
「キラ! 風炎の舞で行こ!」
「わかった」
若さを前面に出す男はキラという名前らしい。
勢いが良いと言えばよく聞こえるが、悪く言えば単調。
風と炎の剣が田村に襲いかかる。
「魔法陣展開。魔法術式
田村を中心に霧が生まれる。
薄い紫色の霧は田村にとっては無害であり、ただの水に過ぎない。
「目くらましか? そんな霧じゃ俺は止められないぜ!」
威勢がいいキラは自慢の体力を見せつけるように素早く動き田村の隙を狙い何度も攻撃してくる。
田村の意識がキラに向いた瞬間を狙い、霧を利用し気配を消した美香が不意打ちを狙ってくる。
実に素晴らしいコンビネーション攻撃。
「なんでアンタは癌の味方をするの?」
「癌ですって?」
「そう。そいつはこの国の癌。だから排除しなければならない」
「それは貴女たちにとってはでしょ?」
「違う! お前の後ろにいる男は――」
瞬間。
二人の攻撃を躱すことに専念していた田村の表情が険しいモノへと変わった。
優しい笑みが似合う保険医から、怒り・憎しみを抱えた戦士の顔になった。
「黙れ! お前に紅さんのなにがわかる! 最愛の人の為、殺すしかなかった運命の苦痛がお前になんかにわかるか!」
「なら貴様は軍がマヌケなせいで家族を目の前で殺された気持ちがわかるか!」
「キラの言う通り! アンタだってマヌケな軍のせいで大切な家族が死んだんでしょ? だったら私たちの気持ちわかるはずよ!」
「ふざけないで! 全てを軍のせいにして楽な道を生きようとするのは間違っているのよ! 軍だって完璧じゃない! それに気づきなさい!」
激しい感情がぶつかり合う戦場は、怒りに呼応するように戦いのスピードが上がり、激しいものになる。風と火が舞い踊る。まるで踊っているようだ。
ただし時間経過とともに、魔法発動者の呼吸が荒くなっていく。
それは終焉が近づいていることを示す。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「コイツ……堅い……これだけ斬りこんでかすり傷だけなんて……」
ぐはっ……。
突然口から血を吐き出す美香。
「ど、どうした?」
「……がはっ!」
吐血が止まらない。
その状況にようやくキラが気づく。
「毒か! この霧遅延性の毒だったのか! くそっ!」
キラは隠し持っていた煙玉を使った。
田村は揚羽の元に戻り戦闘態勢を解除した。
二人はアイコンタクトで意思疎通を行い、二人を見逃すことにした。
白い霧が晴れたあとには。
痛々しい戦場の傷だけが残った。
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