エピローグ②
梨璃子は屋上のベンチに座り空を眺めていた。雲一つない青空は最近梨璃子の身の回りで起こったことの全てを無かったことにしてくれるように穏やかだった。
あの
「なんでこんなとこにいんの? 探したんだけど」
「……あなたこそなんでこんなとこにいるの? また制服まで着て……」
入り口からズカズカと歩いてくる紫蘭に呆れた視線を送ると、紫蘭は梨璃子の言葉を無視して隣に腰を下ろした。
「先に部屋に行ったんだけど、いなかったのはそっちだろ。今日も休まず学校来るなんてほんと真面目だね、スメラギさんは」
紫蘭は呆れたようにそう言うと、はい、と梨璃子の分のパックのカフェオレを渡して自分は早速飲み始めた。
「ねえ、ちょっと待って。部屋行ったって、なんでそんな不法侵入をさも当たり前みたいに言ってるのっ⁈」
聞き捨てならない紫蘭の言葉に梨璃子が思わずツッコミを入れると、
「なんで、って、部屋かここしかスメラギさんに会える場所知らないし」
と、紫蘭は少しも悪びれずにそう言った。
「それは、そうかもしれないけど……」
梨璃子はどこか納得いかないまま、貰ったカフェオレをズズズと吸った。
「ほんとにないね」
「?」
紫蘭の視線の先を追うと、梨璃子の右腕を見ていた。あの日、男に力を借りる代わりに失くしてしまった腕輪を指していることに気づくと、梨璃子はまだきちんと謝っていなことを思い出した。
「ごめんなさい。あなたに貰ったものなのに、あなたの許可なくあげてしまって……」
梨璃子が申し訳なさそうに頭を下げると、紫蘭は気にしていないと首を横に振った。
「元々嫌なこと連想させちゃうものだったんでしょ。だったら無くなって丁度よかったんだよ。もう蘇芳も証を見せろーなんて言わないと思うし。気にしなくていいって」
「でも……」
紫蘭は本当に気にしてなさそうにそう言うと、だが梨璃子は未だ紫蘭の左腕にはまっている腕輪を見て、複雑な気持ちを抱く。
(……別に、お揃いみたいだったなって思ってるわけじゃなくて、だからなくなってちょっと寂しいとかでもなくて……)
モヤモヤとした気持ちを胸に渦巻かせながら梨璃子がじっと紫蘭の腕輪を見ていると、紫蘭が呆れたように溜息を吐いた。
「ほんと、こんなの良いって言うのスメラギさんだけだよ。そんなに欲しいならもう一回作ってあげよっか? まあ、外れないけど文句言わないでね」
紫蘭はそう言いながら、梨璃子に右腕を出すように促した。梨璃子はまだ気持ちの整理がつかないまま、だが体は正直に右手を差し出していた。
「で、でも、何もないのに、貰うのって、なんか……」
(だって、それって、プレゼントみたいになっちゃうしっ……)
梨璃子が内心複雑な思いでそう言うと、紫蘭は感心したように目を丸くする。
「スメラギさんってほんと変わってるよね。皆、理由ないのに欲しがるじゃん。じゃあやめとく?」
「それはっ……欲しいっ!」
「……」
(って、何言ってるの私っ‼)
思わず食い気味に返事をした梨璃子に、紫蘭は我慢できないと言わんばかりに笑い出した。梨璃子は恥ずかしさに思わず手を引っ込めそうになったが、紫蘭の長い指がそれを許さず、梨璃子は小さく唇を噛んだ。
「じゃあさ、なんか理由になりそうなことないの?」
紫蘭は梨璃子の右腕を両手で囲みながらそう言った。紫蘭の
「そんな急に言われても……」
「じゃあ、スメラギさんのサボり2回目記念日、とか、あとはー」
「そんなどうでもいいことで……って、あ」
(忘れてた。そっか、今日って……)
梨璃子は今日が自分にとって一年に一番大事な日だったことを思い出した。
「なんか思いついた?」
集中しているのか、紫蘭は梨璃子の腕から視線を外さずにそう問うと、
「今日、私の誕生日なの」
と、梨璃子が言った。その瞬間、梨璃子の腕に僅かな重みと共に腕輪が現れた。以前渡されたものよりも幾分かスリムになり、前回と比べると少しだけ洗練されたように見えるのは欲目だろうか? と梨璃子が貰った腕輪をマジマジとみていると、
「そっか。誕生日おめでとう」
と、紫蘭が綺麗に微笑んだ。
罪人候補生《ギフテット・ワナビーズ》 瀧川伊織 @tanaka_m
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