第4章 迫る魔の手
第28話 平穏
「はぁはぁ……」
胸に手を当てゆっくりと乱れた呼吸を整えていきます。
その間、ポタポタと汗が布団に滴っています。
「え?」
……違いました。これは、汗ではなく涙。
「……朝?」
ようやく窓から漏れる朝日に気が付きました。
「とても……とても悲しく怖い夢」
内容は覚えていませんがそれだけは分かりました。
何故なら、今も尚、私の手は震えていますから。
私は震える手を動かして伝っている涙を拭います。
そのときに揺れる私の茶の髪が目に入ります。
「……あっ」
そこで、自分の視界が鮮明であることに気が付きました。
私は慌てて枕元を探って落ちていた目隠しの布を手に取ります。
先程とは違う意味で鼓動が激しく打っていました。不安と恐れが私の中で渦巻いています。
目を覆い隠してキュッと結ぶことでようやく息が落ち着きました。
「……少し抜けていますね。駄目です! しっかりしないと!」
気持ちを変えてせっせと洗濯の準備を始めます。
あのお城の出来事から一年が経ちました。
あれからすぐに私の、魔女の手配書が王国中に触れ渡りました。フリード様の手配書は回っていませんでした。
いえ、回す必要はないと言った方が正しいでしょうか。
フリード様は魔女との戦いで戦死したと王都で発表があったようです。
王子が反逆したとなれば王家の権威にかかわるため死んだことにした方が都合が良かったのでしょう。
これは私の考えではなくフリード様の推測ですが。
フリード様はそんなことよりも私の手配書が回っていることの方が驚いていました。
予測としては自分との相打ちで魔女も死んだことになっていると考えていたとのことです。
ポツリと「……あれで生きていたのか」とフリード様はポツリと何やら漏らしていましたが私には到底理解できないことなのでしょう。
手配書が出てからは遠く離れたとある村の空き家を使わせて貰っています。
私はともかくフリード様は衣服の素材が高価なもので最初はここの村長に怪しまれましたがどうやら駆け落ちだと思ってくれたようで良かったです。
駆け落ち……自惚れてはいけません!
私は赤面しかけた自分を諫めるように両手で自分の頬をパチパチと叩きます。
もっと、もっと、フリード様に相応しいようになりませんと‼
初めは蜘蛛の巣が張っており何かを動かすだけで埃が舞うほどの物置同然だったこの家も見違えるほどに生活感の溢れたものとなっています。
もう掃除や料理などの家事全般に右往左往していた私ではありません‼
とは言っても私だけの力ではありません。大部分が村の奥様方のおかげです。
目の見えない私を気遣って何から何まで教えてくれました。……罪悪感もありましたが。
村の人たちは私を盲目だと思っています。目隠ししている以上はそう思われても仕方がありません。
こんな目隠しをするのはこの真っ黒の瞳のせいです。
私の手配書には名前こそありませんでしたが似顔絵が描かれていたのです。
まさに私そのもの。まるで模写したかのような完全な出来。
金色の髪はもちろんのことその他がおまけのように感じるほどの特徴的な真っ黒な瞳。だからこそ、この瞳がばれるわけにはいきません。
……手配書がなくてもこの瞳は見せられるものではありませんが。
念には念を入れて髪も明るい茶色に染めました。
手配書に書かれている特徴的な部分は全て変えました。
これで手配書の人物だとばれる可能性は極めて小さくなったはずです。
私は村近くの川辺まで辿り着き、洗濯板で一日の洗濯物を洗っていきます。
フリード様が働きに出てくれているので私が家の中だけは支えていかないといけません。
私のために全てを捨ててくれた恩に報いるため一日、一日を大切に過ごしていきます。
「こんな日がずっと続けばいいですのに」
そのとき、子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてきました。
「こっちだよー」
「まてー‼」
「あっ‼」
三人の子どもたち、男の子が二人と女の子が一人です。
私を見つけたのか走ってきました。
「ロアー何しているの?」
フウという名の少女が私の手元を見ながらあどけない声で尋ねてきます。
ちなみに、この村では家名は隠してはいますが本名を使っています。
本来ならば偽名を使うべきなのですが……名前を聞かれたときに咄嗟に偽名を名乗る要領など私にはなかったのです。
流石と言うべきかフリード様は偽名を使っていましたが。
私はぶんぶんと自分のミスのことを思い出すのはやめてフウに笑いかけます。
「洗濯物よ。こうやって汚れを取っていくのよ」
「へぇ~しないとどうなるの」
「うふふ、しないとねくさーくなるのよ」
自分の鼻を摘まんで大袈裟に言います。
「お父さんみたいに?」
「……それは言わないであげてね」
「洗濯なんてつまんねー。俺は早く狩りに行きてーよ。なんで連れて行ってくれないんだよ」
恐らく槍で突き刺すような身振りをしながら少年のロンは言いました。
「もっと大きくなってからじゃないと。危ないのよ」
「ふんだ! 動物なんかに俺が負けるかよ‼」
「ぼ、僕は行きたくないよ……」
「だからお前はひよっこなんだ‼ もっと身体を動かせって」
「こらー‼ いじめないの‼」
三人の子どもたちのじゃれ合いの声を聞きながら思わず微笑んでしまいます。
楽しい。楽しいです。
いずれは私も……って私ったら何を考えているのでしょうか‼
「ロア、手伝ってあげる‼」
すると、男の子たちも集まってきて洗濯物の取り合いが始まった。
「うふふ、ありがとう」
「私もロアみたいなお嫁さんになりたいの!」
「お、お嫁‼」
「あーロア、顔赤くなってる‼」
あ、赤く……しょ、しょうがないじゃないですか‼ わ、私だってまだ年齢十三なのですよ! 見た目は大人だけど……あなたたちより少しばかりお姉さんなだけです。
ううう~早く大人になりたい。
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