第27話 憎悪の魔女

 処刑日当日。


 王都の広間に柵が立てられ、その中に杭が立てられた。


 そこにフィリリオーネは縛られている。縛られた際に猿轡や目隠しは外された。


 だが、フィリリオーネは俯いたまま呆然としている。


「リオンたちと一緒。でも、ごめんなさい。私はまだそっちに行けません」

「何をブツブツ言っている‼」


 騎士の一人が棒でフィリリオーネの脇腹を小突く。


「がっ‼」


 痛みに悶絶するフィリリオーネ。


 そうしている内に杭の下に彼女の足下までに達するほどの薪が置かれていく。


 一人の兵が桶を持ってきてその中の液体を薪にかける。


 臭いですぐに分かった。油だ。


 着々と準備が進んでいく。


 柵の外には見物人がどんどん集まってきて兵たちが抑えている。


 柵の中のフィリリオーネから前方には高台があり、そこには玉座があった。柵越しからでもフィリリオーネからでも見上げればよく見える高台。


 すると、歓声とともに王族たちがそこに登壇した。


 父である現王がそこに座り、右には兄のデイグホッド、そして左には青髪のフィリリオーネも知らない少年が立っていた。


 あの位置に立つことが許されているということは王子の一人なのだろう。


 現王は歳のせいか、痩せており白髪の領も増え顔色が優れていない。自我があるのかすら怪しい。王冠をしていなければ病持ちの老人と間違えられてもおかしくないだろう。


 デイグホッドは相変わらず無様な姿のフィリリオーネを見て満足そうに憎たらしい笑みを浮かべている。


 少年は今にも泣き出しそうな悲しい表情をしていた。


 だが、フィリリオーネ自身はデイグホッドだけに憎悪の目が向いていた。その瞳はもはや死人のそれだ。瞼の下には真っ黒な隈ができ、瞬きもせずに真っ直ぐに彼を眺めている。


 それに気圧されたデイグホッドは逃げるように声を上げる。


「さっさと始めろ‼ 忌まわしい魔女の処刑を執り行うのだ‼」

「ハッ‼」


 数人の兵たちは急いで松明を持ち所定の位置につく。


「やれ‼」


 そのデイグホッドの掛け声とともに松明が薪に放り投げられた。


 勢いよく燃え始める薪は次第にフィリリオーネの足まですぐに届いた。


 足が炎に晒されながらもフィリリオーネは笑みを浮かべる。が、それはすぐに怒りの形相に変わった。


 笑顔の裏にあった憎悪が解き放たれたのだ。


「お前たちは‼ 私の大事なものを全て奪った‼ これで終わりだなんて甘い考えは持たないことです‼」


 そのとき、足下で燃え盛る炎は生きているかのように動いてフィリリオーネの全身を包み込んだ。


「収まらない‼ この国を滅ぼすまでは‼ あなたたちは未来永劫‼ 私に怯え続け、苦しんで死んでいくのです‼」


 そのとき、フィリリオーネを包み込む火が分離して玉となってデイグホッドに襲いかかった。


「なっ……があああああああああああ‼」


 虚を突かれたデイグホッドの顔半分に直撃し衝撃で後ろに倒れてしまった。


 ジタバタと火を消そうと悶え苦しんでいる姿にフィリリオーネはほくそ笑む。


「こんなものでは済みません。もっと、もっと‼ 私の憎悪はもっと凄惨に悲惨にあなたたちの希望を摘み取ります‼ この国に平穏は訪れません‼」


 そこでフィリリオーネの意識は完全に途絶えてしまった。


 完全なる死。


 だが、それがフィリリオーネの最後に作り上げた魔法が発動するための条件。


 国のための魔法の研究をしていた彼女が最後に作り上げたのが国を滅ぼすための魔法。自身の命を代償に発動する魔法。

 

 そのとき、火の中から瘴気のような靄が出現し上空に集まっていく。そして、その靄はやがて形をなし黒いドレスに身に纏ったフィリリオーネの姿となった。

 

 その光景を目の当たりにして人々は何も反応を示せていない。

 

 頭が追いついていないのだ。


「魔女ですか。いいでしょう。私は憎悪の魔女アグロボロネア。全てを憎み滅ぼす者」


 フィリリオーネ、いや彼女の憎悪を受け継いだ魔法(アグロボロネア)。


 彼女が周囲に憎悪を威圧として放った。


 すると、見物人たちがどんどんと血反吐を吐いて苦しげに倒れていく。それによって大混乱が生じて人々は逃げ惑い、まとまりがなくなった。


 制止をかける騎士までもが倒れていく。


 王都でのこのような失態は国にとって、王家にとって大打撃は間違いない。


 だが、それは王族が生き残った場合の話だ。


 アグロボロネアは高台の王家の者たちに視線を移す。


 そして、先程と同様に憎悪を向けようとする。が、動きが止まってしまった。


「ッ……リ、オン」


 震えてしゃがみ込んでいる青髪の少年の姿がリオンに重なって見えてしまったのだ。


「チッ‼」


 せめてデイグホッドに引導を渡そうと憎悪を向けるが彼は倒れたまま動かない。息はしているようだが顔半分を焼かれ気を失っているようだ。


「……悪運だけは強いようですわね」


 そのとき、アグロボロネアの身体の輪郭が歪み始めた。維持が難しいのかかなり揺らめいている。


「依り代がなければ……数分しか維持できないようですわね。まぁ、いいでしょう。私の憎悪がどれ程か身に染みたことでしょうし」


 アグロボロネアは現王のかつての父の姿を見る。老いぼれたその姿だが、いつの間にかその揺るぎない瞳は元に戻っていた。


 それにアグロボロネアは軽く微笑みを返す。


「では、本日のところはお暇させていただきますわ。これからどうぞよろしくお願いします。……精々、苦しんでください。ご機嫌よう」


 そう会釈して憎悪の魔女の姿は霧散した。


 だが、王族たちには混乱を抑えるという後始末が残っている。


 それにアグロボロネアは消滅したわけではない。


 フィリリオーネの最後の魔法である憎悪(アグロボロネア)。彼女の意志である憎悪のみを受け継いだ魔法。魔法であるが故に実体がなく適当な依り代に取り憑き国を仇為す不滅の存在。


 その全てを滅ぼすまで彼女の憎しみは尽きることはない。


「ウフフフフフフフフフフフ」


 消えたのにもかかわらず、その存在を知らせるかのように彼女の不気味な笑い声は王都内を木霊した。




 ばっとベッドから飛び起きた私は周囲を見回します。


 いつもの家と同じ光景。


「夢?」

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