第18話 罪の意識

 ガシャン。

 

 そんな金属が擦れる音が謁見の間の入り口付近から聞こえました。

 

 私が目を向けるとそこには二人の騎士が入ってきていました。

 

 聞こえたのは彼らの鎧の音でしょう。

 

 一人は口元が血で濡れており、疲弊が顔に出ています。

 

 しかし、もう一人の鎧や佇まいは隣の者とは別格であることは素人の私でも簡単に分かりました。

 

 既に剣を抜いているので尚更ひしひしと伝わってきます。ただならぬ雰囲気が一気にこの場に充満しました。

 

 私は息を呑みます。

 

 ですが、一つの可能性が頭を過ぎりました。

 

 ……フリード様の助けでは?

 

 そう考えて、私は彼らに声をかけようとしましたが彼らの驚きに染まった目が私の声を止めました。


「ま、魔女が生きています。王子も……無事です。どうしましょうか、ユナイロ様」

 

 一人の騎士は目が泳いで混乱しているようです。


「あ、あの‼ フェルフリード様の配下の方たちですか?」

 

 二人の騎士たちは私の声を聞くや否や警戒心を露わにして身構えます。


「わ、私は敵じゃありません‼ フェルフリード様は重傷です‼ 早く手当てを!」


 しかし、彼らは動こうとしません。私を睨んだまま剣を構えています。


「あれがあの魔女なのか。……信じられん。なんだ、あの隙だらけな姿は。さっきまでの威圧の欠片もない」

 

 ユナイロと呼ばれている騎士はそうポツリと呟きました。


「私は王国騎士団のユナイロ。貴様は何者だ‼ 王子の何だ!?」

 

 王国騎士団のユナイロ様。

 

 よかった……やっぱりフリード様の配下の方のようです。


「私は……」

 

 言いかけて、口を閉じてしまいました。

 

 ですが、すぐに前を向いて答えます。


「私はロアと申します。私は……フェルフリード様に助けられたのです。一生かけても返せないほどのご恩を賜りました」

 

 家名は言いたくなかった。私は捨てられたのだから、名乗る資格なんてない。

 

 フリード様の顔を眺めながら答えます。

 

 それだけで不思議と力が湧いてきます。

 

 私の返答を受けたその騎士は不気味な笑みを浮かべました。


「そうか。そういうことか」

「ユナイロ様、いったい……」

「まぁ、見ていろ。わざわざ戦う必要はない」

 

 何やら二人で話し込んでいるようです。


 私としては早くフリード様を助けていただきたいのですが。


 と、そこでユナイロ様が腰に携えていた短剣を抜き投げてきました。その短剣は地面を転がり私の手が届く距離で止まりました。


「こ、これは?」

「王子のことを思うなら自害なされよ」


 …………は?

 い、いま、この御方はなんと?

 じ、じが……聞き間違いではありません。

 この御方は自害……と。


「自害……な、なぜですか」

「憎悪の魔女である貴様を助ければ王子はどうなると思う?」

 

 気付いてはいけない。そう私に訴えかけてきます。

 

 だけど、考えずにはいられませんでした。

 

 勝手に頭が駆け巡っていきます。

 

 何とか抵抗して、できるだけ遠回りしようとしますがユナイロ様は無慈悲にも突きつけてきました。


「王子は反逆者となり手配される。貴様はそれを望むのか‼」

「わ、私はもう魔女では‼」

「その短剣から自分の顔を見てみろ‼」

 

 大きな声に反応してビクッと肩が震えて鼓動が速まります。


 ヴィアモンテの館で牢土牢に閉じ込められていたときのことが流れるように思い出してしまいました。


 あの理不尽な恐怖を。


 錯乱状態となった私の頭は思考を巡らすことができず言う通りに動いてしまいます。


 本心ではいけないことと分かっているのに、身体が勝手に……。


 フリード様の頭をそっと地面に置いて、手を伸ばせば届く距離なのに四つん這いで短剣の前に移動します。

 

 そして、震える手で短剣を手に取りその刀身を覗き込みました。


 そこに映っていたのは、もちろんですが私の顔。


 真っ黒な瞳。

 ……真っ黒。


「ああああああああああ‼」


 勘違いしていた。

 

 私は……偶然抑えられただけ。魔女は消えていない!今も私の中に……。いつ、目覚めるか……。


「はぁはぁ……もういや、なんで……私ばっかり……」

「いいのか‼ お前は恩人である王子に仇を返すのか‼」

「はぁはぁ……わ、私は、私は……」

 

 そのとき、アグロボロネアに最後に言われた言葉を思い出しました。

 

 私がその希望を終わらせる。

 私が、居場所を求めればフリード様は全力で作ろうとしてくれる。

 

 だけど、私の居場所はフリード様の居場所を壊さないと作れない。

 

 私の幸せは……この方の幸せを壊さないとなり得ない‼


「あ、あ……私は……この世界に……嫌われている」


 私は短剣の切っ先を自分の首に向けます。


 握りしめます。

 

 強く強く、これでもかというほど強く強く強く握りしめます。柄がミシミシと悲鳴を上げています。

 

 私の手も震えています。


 力を入れているから、ではありません。


 これは恐怖。


 私は、死を恐れているのです。

 

 あれだけ死を待っていた私が。

 

 こんなことなら……希望なんて……いらなかった。

 

 生にしがみつこうとする希望なんて……。

 

 全部、彼女の言う通りに……。


「うーーー‼ ふーーふーー‼」

 

 涙を零しながら覚悟を決めます。


「早くしろ‼ 自分の罪を自分で終わらせられるのだ‼ これ以上に幸福なことなんてない‼ 王子に感謝して早く逝け‼」

 

 そのとき、私の奥底に眠る何かの鼓動を感じました。

 

 この感覚、だめ……。

 

 眠ったばかりの憎悪の魔女が再び目覚めようとしています。

 

 頭の中に世界への憎しみがじわじわと湧き出てきます。

 

 これに呑まれれば、自我がなくなる。


「もう……これ以上、誰も傷付けたくはありません‼」


 私は目を瞑り、勢いよく短剣を喉元に突きつけました。

 

 これで終わります。全てが上手く収まります。

 

 ですが、直後にカキーンという音が響き渡りました。

 

 恐る恐る目を開けると短剣の刀身が砕けていました。

 

 そして、目の前には剣を振り抜いたフリード様の姿が。


「ロア殿。何をしているのです?」


 その顔は怒っていました。

 

 無表情での問いかけでしたが、怒っていると私には分かりました。

 

 私はその顔を見て、図々しくも“生きたい”と願ってしまいました。

 

 あれだけ死を望んでいたのに……。

 

 だけど、だめです。私を、魔女を守ってしまうとフリード様は……。


「わ、わたしは……フリードさまのいばしょを……しんだほうが……」

 

 むせび泣き、歯がカチカチと震えつつも何とか声を出します。

 

 自分でもこれだけの言葉では何を伝えたいか、よくわかりません。

 

 ただ、声を出して何かを懇願しているように自分のことながらそう感じました。

 

 私は動揺している心を必死に宥めて大声で全部吐き出します。


「私が生きているとフリード様の居場所がなくなってしまう‼ これを魔女と呼ばずしてなんと呼ぶのですか‼ もう、嫌なのです。私のせいで誰かが傷付くのは……嫌なのです‼」

「ロア殿。一つ言わせてください。あなたは魔女ではない。私の気遣う気持ちは十分に頂きました。ですが、そんなに自分を責めないでください。確かにあなたを守ろうとするのはあなたのためだ。しかし、同時に私のためでもある。私は私の意志で行動する!」

 

 そして、フリード様は一息置いてこう言ってくれました。


「私の、いや俺の居場所はあなたがいる場所だ。もう二度と誰にも壊させやしない‼ たとえあなた自身であっても」

「……フリード、様」

 

 私は力抜けて刀身がなくなってしまった短剣をその場に落としてしまいます。


 急に目眩を感じました。

 

 疲労が限界に達したのでしょうか。


 平衡感覚が全くありません。


 何とか笑顔を作りましたが、完全に力が抜けて視界が暗闇に閉ざされました。

 

 そのとき優しく温かい何かが私の頭を包み込んでくれました。


「王子‼ 何を‼ 錯乱されましたか!? ぐっ……」

 

 恐らく騎士の一人が何か言いかけようとしましたが途中でその言葉が止まってしまいます。


「ロア殿、こんなところで申し訳ございません。すぐに終わらせます。待っていてください」

 

 その優しい言葉が最後、私の意識は完全に沈み込んでしまいました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る